表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

最強のぼく

作者: Tatsu。

 ぼくの名前は(あゆむ)。みんなからよく、弱そうな名前だと言われる。だけどそう言われるのは本当は名前が弱そうとかいうんじゃなくて、もしかしたらぼくが身体(からだ)がとっても小さくて気が弱そうに見えるからなのかもしれない。


 お父さんはぼくにいつもこう言う。


「どんな時も気持ちで負けたらダメだ。心が負けていないんだったらどんな時も負けたことにはならないんだ」


 実際には身体の大きな人や性格が乱暴な人に勝つことは難しい。でも、夢の中ではぼくは無敵だ。

 夢というのは心の中の世界だ。心だけの気持ちの世界ならぼくは絶対に誰にも負けない。

 この前、夢の中で宇宙人がUFOに乗って地球に攻めてきた。お巡りさんも世界中の兵隊さんも大騒ぎだ。

 宇宙人は圧倒的に強くて、その侵攻を止めることは誰にもできない。


 そこでぼくの登場だ。


 ぼくは宇宙人に一人で立ち向かう。

 見たこともないようなすごい武器を使って暴れ回る宇宙人。


 でも。


「目からビーム!」


 ぼくはそう叫んで炎のように真っ赤な光線を目から発射した。

「目からビーム」は宇宙人のお尻に命中! 宇宙人のお尻は火がついて燃え上がった。

 宇宙人は「アチチチチッ!」と叫びながらUFOに逃げ込んだ。そして、「おぼえてやがれ!」と言い残して宇宙に逃げ去った。


 ある時は夢の中で地球が滅亡するような巨大隕石が降ってきた。山のように大きな隕石だ。

 でも、ぼくはこの巨大隕石を両腕で受け止めた。そして宇宙に投げ返した。こうして地球は救われた。


 夢の中だけはぼくは本当に最強だ。でも現実の世界は違う。


 ぼくの家はお父さんとお母さんとぼくと犬のペケの4人家族だ。

 犬という生き物は強さの順番をすごく気にする生き物のようで、ペケの中での強さの順番は、一番がお父さん、二番がお母さん、そして三番がペケでぼくがビリとなっている。

 だからペケはぼくによくいたずらをする。

 物音を立てずにそっとぼくに後ろから近づくと、いつもいきなりお尻に噛みつく。


「ぎゃあああっ!」


 びっくりしてぼくがそう叫ぶと、いつもペケは「イシシシッ」と可笑しそうに笑っている。

 ペケの犬種はオールド・イングリッシュ・シープドッグという。

 見た目は瞳が毛で隠れた全身ふさふさの大きなぬいぐるみのような姿だけど、ペケは性格がとっても悪い。

 ぼくはペケに負けたつもりはないけど、実際に身体の大きなペケに勝てる気はしない。


「おい、ペケ! いつかぼくの「目からビーム」でお前のお尻を燃やしてやるぞ!」


 お父さんもお母さんもペケのことは叱らない。いつも笑顔で可笑しそうにぼくとペケのやり取りを見ている。


「ぼくは強いんだ! ペケになんて負けないぞ!」


 そんなぼくの言葉にお父さんはこう言った。


「負けないことが強いということじゃないんだ。本当の最強の人間というのは誰とでも仲良くなれる人間のことなんだぞ」


 そんなわけがない。ペケのように性格が悪い犬と仲良くしてもどこが最強なんだ。


 ぼくへのペケのいたずらはこの後もずっと続いた。

 ある時、おやつを食べようとしていたぼくのお尻に、いつものようにペケが噛みついた。


「ぎゃあああっ!」


 いつものように驚いて叫ぶぼくと「イシシシッ」と笑うペケ。

 お前になんておやつを分けてやらないぞ! と思ったぼくだったけど、ふとお父さんの言葉が頭に(よぎ)った。


『誰とでも仲良くなれる人間が本当の最強なんだ』



「ほら、食べるか?」


 ぼくは無意識にペケにおやつを分けていた。

 ペケは凄く気まずそうな顔になった。ぼくからおやつを分けてもらえるなんて思ってもいなかったんだろう。

 ペケは黙っておやつだけを咥えると、この場にいるのが気まずかったのか、とことこと部屋から出ていった。

 それ以来、ペケはぼくのお尻に噛みつかなくなった。


「おい、ペケ、今日も歩のお尻に噛みつかなきゃダメじゃないか」


 お父さんはふざけて笑いながらペケにそう言う。

 でもペケはもうきっと、ぼくのお尻に噛みつくことはないだろう。多分……。

 お父さんの言っていたことがちょっとだけ分かった気がした。

 そう言えばお父さんはいつも笑っている。怒ったところを見たことがない。きっとお父さんは最強の人間なんだ。

 ペケもいつも「イシシシッ」と笑う。でもアイツは絶対に最強じゃない。ただ性格が悪いだけだ。


「歩、どうやらペケに勝てたようだな」


 フフフとお父さんは微笑む。

 勝ったわけじゃない。少しだけ仲良くなっただけだ。

 でも、ちょっとでも仲良くなれたということは強くなったということなのかもしれない。


 夢の中の宇宙人も「目からビーム」で追っ払うんじゃなくて仲良くできたならきっとぼくは最強だ。いや、軍隊も敵わないような宇宙人なんだ。あんなのと仲良くなれたなら本当に最強だ。


 世界中でも色んな国や人たちがあちこちで争っている。喧嘩(けんか)しても何もいいことはない。世界中が仲良くなれたならそれはきっと最強だ。


 夢の中の宇宙人は「おぼえてやがれ!」と言っていた。きっとまた、地球に攻めてくるだろう。

 でも。ぼくはあの宇宙人とも仲良くなってやる。

 そしたらおそらく、ぼくは宇宙でも最強だ。


 でも、まずは現実世界だ。友達から仲良くなろう。

 ぼくのことを「弱そう」という友達全員と仲良くなろう。そしたらきっと、ぼくのことを「弱そう」という友達はいなくなる。


 お父さんは言った。


「誰とでも仲良くなるってことはな、喧嘩(けんか)で勝つ以上にすごく難しいことだぞ。でも、それができた人間は本当にすごい人間なんだ」


 やってやるさ。ぼくは本当に強くてすごい人間になるんだ。


 お父さんはこう言葉を続けた。


「でもな、ペケに勝つのは簡単なことだ。 お尻に噛みつかれたら「ぷーっ」とおならをしてやればいい。犬ってのは鼻がすごくいい生き物だ。お前の毒ガス攻撃を喰らえばペケはイチコロだぞ」


 そうか! その手があったか! お父さんは最強なだけでなく天才だ!

 今度ペケにお尻を噛みつかれたらぼくの毒ガス攻撃を喰らわせてやろう。

 ペケには今までいっぱい噛みつかれた。だから一度だけ成敗だ。毒ガス攻撃を喰らって目を回したペケのことを「イシシシッ」とぼくが笑ってやろう。

 そしてその後は、ぼくは誰とでも仲良くなれる人間になる。最強の人間になるんだ。


 最強の人間か……。じゃあ、ぼくの行く末は日本の総理大臣か。

 きっとこの国は元気で楽しい国になるんだろうな。


 でもその前にまずはペケの成敗だ。

 ペケはもう、今はぼくに噛みついてこない。

 だけどぼくは一度だけ、ちゃんとペケのことを懲らしめてやるんだ。ペケのことを「イシシシッ」と笑ってやるんだ。いたずらされて笑われた人間の悔しさを思い知らせてやるんだ。


 毒ガス攻撃に目を回したペケと「イシシシッ」と笑うぼく。想像しただけでもとっても愉快だ。


 ペケよ。ぼくは待っているぞ。ぼくのお尻に噛みつきにこい。仲直りはその後だ。

 ペケに毒ガス攻撃を喰らわせるその瞬間を、ぼくは今か今かと待っている。







   おわり。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ペケ、憎めないキャラって感じがします。 終始、楽しいお話でした。
2024/01/01 13:10 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ