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魔王とアトラは犬人と猫人の住む集落から更に南へと歩く。
緑生い茂る山を越え、背丈の低い草が生える平地へとやってきていた。
平地を見回し、魔王はアトラに向かって問い掛ける。
「それで人間の街とやらは何処に在る?」
「少々お待ちください。上空を偵察して……」
魔王の問い掛けに対して返答する最中。辺りを見回したアトラは、視線の先に馬車を見つけた。
「魔王様、あそこに見える馬車を奪いましょう」
「なるほど、馬車の御者に街まで案内をさせるのか」
「その通りでございます。魔王様も足をお休めするのに丁度良いかと存じます」
「ふむ、では行くか」
「はっ!!」
魔王とアトラは視線の先に見える馬車に向かって行くのだった。
男は街や村を巡って商売をする行商を生業としていた。
街で商品を仕入れ、村でそれを売捌き。村で商品を仕入れ、街で商品を売捌く。
そうやってそれぞれの需要と供給を見極め商いをする。それが行商人だ。
そんな行商人の悩みの種の一つでも在るのが山賊や盗賊の類である。
長く行商をしていれば何回もそれに出会うことになる。そして今現在、男はその類に絡まれて居た。
「人間、この馬車は何処に向かって居る?」
空から飛んで来た黒髪の身なりの良い男は行商人の隣に座って問い掛ける。
行商人は突然何が起こったかわからず硬直する。そして問い掛ける黒髪の男とは反対の方向で音がすることに気が付いて振り向くと、これまた身なりの良い白髪の男が行商人の隣に座って居た。
「この荷馬車には食料は積んでいるのか?」
そんな二人の質問に対して行商人は大声で返す。
「なんなんだ、アンタ達!?」
その質問に魔王はこう答える。
「俺は魔王だ」
そしてアトラも同じ様に答える。
「魔王様の側近のアトラだ。それでこの馬車は何処に向かって居る?」
魔王に魔王の側近を名乗る奴らが行商人の馬車に乗り込んで来た。
そんな予想の斜め上の返答に対して、行商人は困惑しながら返答する。
「あの……降りて貰えませんかね……」
「何故、降りる必要が在る?」
「いや、ウチの馬車なんで……」
行商人が魔王に対して困惑しながらも返答するとアトラが言葉を返す。
「何を言って居る、人間。魔王様はこの世界を統べる王。ならばこの世界に存在する全てのモノは魔王様のモノ。つまりこの馬車も魔王様のモノということになる」
「えぇ……」
行商人はそんなアトラの横暴な言葉に困惑することしか出来なかった。
こんなことなら山賊や盗賊の方が少しはマシではないかと思いながらも行商人は諦めて話を続ける。
「その……この馬車は魔法都市に向かって居る最中です」
行商人の言葉を聞いて魔王は質問する。
「魔法都市? そこにはどんな食べ物が在る?」
「食べ物ですか? 魔法都市ですので食べ物よりも魔道具が有名ですね」
「魔道具は食べれぬだろう。食べ物は?」
「キアーヌという食事処が有名ですね」
「そのキアーヌというは旨いのか?」
「いえ、キアーヌは店の名前で出してるのはステーキとか一般的な料理ですよ」
「ほう、旨いのか?」
「私は高くて行ったことは在りませんが評判は良いですね」
「そうか、ではそこに連れて行け」
「えぇ……」
行商人は平気で無茶苦茶な要求をする魔王に対して、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちで一杯だった。それでも荷馬車の積み荷にはそれなりに価値の在る商品が積まれており、それを容易に手放して、この場から逃げ出すことは出来なかった。相手は山賊や盗賊では無く、人の話をまともに取り合わない頭のおかしな二人組。目的は自分の積み荷では無いならばどうにかして穏便に済ませよう、これ以上波風を立てないよう対応することに決めた。
「そうですね。ではそこに参りましょう」
――もう考えるのは止めて話を適当に合わせて切り抜けよう
行商人は思考を停止しそれ以上深く考えることを止めた。