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魔王散歩  作者: 九重雅
55/61

55 傲慢のルーシー


 ある日の早朝、ロバートはいつもの様に二階の自室で目を覚まし、服を着替えて厨房へと降りて行く。

 スープに火を入れ、厨房の様子を確認しながらホールへ向かい、店の出入り口のカギを開ける。

 厨房に戻って朝の仕込みを始めれば、開店前に来客を知らせるベルが鳴る。だがロバートはそれに気が付いても仕込みの手を止めず、店に入って来た少女が厨房へと顔を出すのを待つ。


 「おはよう。ロバート」 


 「ああ、おはよう」


 ロバートとルーシーはそんな簡単な挨拶をしながら、それぞれの仕事を始める。

 ロバートは食材の仕込みと準備、ルーシーはホールや店の前の清掃。

 開店前の準備が粗方終われば、ロバートは簡易な朝食を作りルーシーに振舞う。

 トーストにベーコンエッグを乗せた一皿。ルーシーは朝食を食べたら、皿を厨房の方へと片付ける。

 そんなことをしていれば店に客がやって来る。来客のベルが聞こえたルーシーはホールへ向かって行き、接客を行う。


 「いらっしゃい、今日も紅茶とフレンチトーストでいいのかしら?」


 「ええ、お願いね。ルーシーちゃん」


 「わかったわ、いつもの席で待ってなさい」


 店にやって来た年配の女性に対してそんな接客をして注文を取ると、それを厨房のロバートへ伝える。それと同時に別の客が店に入って来て、ルーシーはすぐに対応する。


 「いらっしゃい、コーヒーとハニートーストでいいかしら?」


 「それで頼むよ、ルーシーちゃん」


 「そう、なら席に座って待ってなさい」


 そうやって慣れた様子でルーシーは接客を行う。

 ロバートがルーシーを雇って一年程が経って居た。客に対しての口調や態度は一年経っても変わらないが、掃除や配膳等の給仕係としての仕事はしっかりと出来るようになっていた。

 それに加えて彼女の容姿は評判が良く、ルーシー目当てで店に訪れる客も来るようになり、昼時の営業は行列が出来るほど繁盛するようになった。

 店の評判も良く、客足も伸び、農業都市に自身の店を構えてからここまでの繫盛店へと成長したのは、孤児だったルーシーを雇うという善行が女神様に認められたモノなのだろうと思いながらもロバートは日々を過ごしていた。




 昼間の客足が引いた昼過ぎにはロバートの店は『閉店』の札を掲げていた。

 最近では朝と昼の営業で手一杯の為、夜の営業はロバート一人では手に余り、昼過ぎには店を閉じていた。一仕事終えたロバートとルーシーは遅めの昼食を食べながら休憩する。


 「なぁ、ルーシー。人手を増やそうと思うんだけど誰か知り合いに料理が作れる奴は居ないか?」


 「そんな知り合いが居ると思う?」


 「教会で誰か居ないのか?」


 「子供しか居ないわよ」


 「お前くらいの歳の奴は居ないのか?」


 「成人になったら皆、それぞれで出て行くらしいわ。冒険者、衛兵、商人。たまに教会に仕送りが贈られて来るって話を聞くわね」


 「そういえば、お前って何歳なんだ?」


 「さぁ、考えたことないわ」


 「誕生日も知らない孤児だもんな。まあ、そんなこと知らなくったって人生何とかなるか」


 そんな他愛の無い世間話をしながら昼食を済ませる二人。

 昼食を終えたロバートは何気なく視線を店の外へと向けると一台の馬車が店の前に止まるのに気が付いた。豪勢な作りの馬車がこんな場所に誰が来たのだろうと、ちょっとした好奇心で店の中から外を覗く。豪勢な馬車の周りには農業都市の兵士が四人体制で四方を囲み、その一人が停車した馬車の扉を開けると中から人が居りてくる。降りて来た人物を見たロバートは驚いた表情を浮かべていた。


 「王子様じゃねぇか……こんな所に何しに来たんだ?」


 煌びやかな装飾が飾られた服を着た若い男は馬車から降りると、ロバートの店の方へ護衛を連れて歩いてくるのが見える。


 「冗談だろ? ウチに来るのか? そんな訳……」


 王子の進行方向は明らかにロバートの店に向かって居た。在り得ないと思いながらも、それに気が付いたロバートはすぐにルーシーに声を掛ける。


 「ルーシー、食べ終わったなら片付けて厨房の方で隠れてろ」


 「隠れる? 何を言ってるの?」


 「いいから早くしろ。お前の接客じゃ絶対に問題が起きる」


 ルーシーは呆れた顔をしながらも空になった二人分の皿を持って厨房の方へと向かった。

 それを確認したロバートは店を飛び出し、王子の前に畏まった様子で出迎える。


 「チャールズ王子。このような場所に何か御用でしょうか?」


 「お前がこの店の主人か?」


 「はい、ロバートと申します。それで御用は何でしょうか?」


 「最近、城下で評判の良い料理屋が在ると聞いてな。こうして直々に確かめにやって来たという訳だ」


 「この様な城下の小さな店の料理は王子には相応しくないかと思いますが……」


 「ならば相応しいモノを出せ。それが料理人としての務めだろう?」


 そう言って王子が前に歩き出そうとすると、護衛の兵士がロバートを店の中へと押し、王子の道を確保する。そして無理矢理に店に入った王子は店内を見回しながらロバートに問い掛ける。


 「給仕係は居ないのか?」


 「給仕係ですか? 今は出ております」


 「そうか、まあよい。料理を出せ、金は出す」


 そう言って王子は適当な席に座り、護衛の兵士が金貨を一枚、料理の代金としてロバートへ手渡す。

 断ることも、王子に不相応の料理を作ることも許されない状況に困惑しながらもロバートは諦めて腹を括る。


 ――やるか……


 王族に対して最高の料理を提供することを決心したロバートは「すぐに御作り致します」と言って厨房へと入って行った。

 厨房に入ったロバートが料理を始めると、奥の方の二階に続く階段の陰に隠れていたルーシーが話かけてきた。


 「お客?」


 「ルーシー、静かにしてろ。大事な客だ、接客も俺がやる」


 「そう」


 そんな短い会話をした後、二人はそれ以上話をしなかった。

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