20
パン屋を出た魔王は少し歩いてから聖女の方へと振り返る。手に持った紙袋からマドレーヌを一つ取り出して聖女に手渡し、もう一つ取り出してアトラに手渡す。そして魔王もマドレーヌを一つ取り出してそれを食べながら会話を始める。
「さて、人間。俺達との同行を許したお前にはやって貰うことが在る」
聖女は魔王に何をさせられるのか不安に思いながらも話を聞く。
「その……なんでしょうか?」
「この宗教都市には甘いモノが沢山在ると聞いてやってきた訳だが、何処の店も閉まっていた。露店も店もな。何処に行けばマドレーヌ以外の甘いモノが食べられる? そこに案内をしろ」
「……」
聖女は困惑した表情を浮かべながらも魔王から受け取ったマドレーヌを食べながら思考する。
――なんでこの魔族はそんなに甘いモノが食べたいのでしょうか……
そんなことを思いながらも聖女は思考を巡らせて魔王にこう告げる。
「まずお店なのですが暫くは閉店状態になると思いますよ」
「閉店? 何故だ?」
「アナタ方、魔族が宗教都市を襲撃してきた訳ですので、皆さん怖がってお店を開かないんですよ」
「襲撃? 俺達は何もしていないだろう」
「私や騎士団の方々を殺そうとしましたよね?」
「それはお前達が先に攻撃を仕掛けて来たからだ」
「それでも、私達を殺そうとしたことには違いありませんよね?」
「ふむ」
聖女の言葉に魔王は反論の余地はなさそうに口ごもると、アトラが聖女に対して口を開く。
「だが、先に仕掛けて来たのはそっちだという魔王様の意見にも間違いはないはずだ」
「それはそうですけど。人として魔族が侵入してきた場合、排除するのが当然の行動だと思います」
「魔族と見ればすぐに殺すだの、排除だの。これだから人間という生き物は下等生物なのだ。いいか? 魔王様はとても崇高なお方だ。お前達が如何に下等な生き物で在ろうとも、魔王様はお前達の存在を認め、貴様等の矮小な技術すらも誉めて下さる程の度量の持ち主だということがわからんのか」
「そんなの、わかる訳がないじゃないですか」
「はっ、これだから人間という奴は駄目なのだ」
聖女とアトラがそんな口論をする中で魔王は口を挟む。
「で、どうすれば甘いモノを食べることが出来る?」
「魔族を退けたと周囲に報告すれば、またお店を開いてくれると思います」
「そうか、ならばさっさとその報告とやらをしろ」
「ですが、実際に魔族はこうして私の目の前に居る訳で虚偽の報告になってしまう訳です」
「だからどうした?」
「なので、この街の人達を傷付けることは絶対にしないでください。揉め事も起こさないで下さい。それでしたら、アナタ達が求める甘いモノを用意することを約束します」
「わかった。約束する。だがお前達が攻撃してきた場合、俺達はそれ相応の対処をする。いいな?」
「はい。では交渉成立ということで」
聖女はそう言って友好の証として握手をする為に魔王に手を差し出す。
だが魔王はそんな聖女の姿を見て首を傾げ、質問する。
「なんだ?」
「握手ですよ。知らないのですか?」
「知らん。それで何なんだ?」
「友好の証といいますか。そういうモノです」
「そうか」
人間の風習とはおかしなものだと思いながら魔王は聖女と握手を交わす。
そして聖女は自分の名を名乗る。
「私は聖女アナスタシアと申します。アナタのお名前は何というのですか?」
「魔王だ」
「魔王は魔族の王の名称ですよ。もしかして名前が無いのですか?」
「俺は魔王と呼ばれている。だからそれが名前だ」
「そうですか。ではそちらの方も名前が無いのですか?」
「いや、側近のアトラだ」
「不思議ですね。アナタには名前が無く、側近の方には名前が在るなんて」
聖女のそんな言葉に魔王は確かに何故自分には名前が無いのだろうかと一瞬思考するが、聖女の動きに気を取られる。
「それではお二人共こちらへ」
魔王とアトラを先導しようとする聖女に向かって魔王は問い掛ける。
「何処へ行く?」
「アナタ方はここに居てはいけない存在です。なので少しばかり隠れて頂きます」
「隠れたら甘いモノを食べに行けないだろう?」
「安心してください。付いてきて頂ければ目的の甘いモノを好きなだけ食べられますよ」
「そうか。ならばついて行くことにしよう」
そう言って先導する聖女の後ろをついて行こうとする魔王に対してアトラが問い掛ける。
「よろしいのですか、魔王様? 罠の可能性が十分に在り得るかと」
「例え罠だとしても、俺をどうにかできるようなモノが在ると思うか?」
「ですが、万が一……」
「問題無い」
「畏まりました」
こうして魔王とアトラは聖女の後を追って何処かへと向かうのだった。




