9.紳士なオーギュスト
店内は街中を歩いている時に見たような服がたくさんハンガーにかけられていた。
靴やバッグ、下着も奥に置かれている。
確かにこの店にアルフォンスが一人で入って来たら、女性客は嫌がるだろう。
双子に関してはチラチラと視線を向けられているものの、私と一緒なせいかあまり気にされてはいないようだ。
「サキ、最低三着の服と、寝る時の服を二着、あとは靴と…………下着も」
下着と言うのが恥ずかしかったのか、ユーゴはプイッと顔を逸らした。
十一歳って言ってたもんね、女性の下着の話は恥ずかしい年頃だよねぇ。
なんだか微笑ましくて、ニヨニヨしてしまう。
心なしか周りの女性客もほっこりしているように見えるのは気のせいだろうか。
「サキはこの辺りが似合うんじゃないかな? 冒険者として活動するなら、こっちのズボンと合わせられるやつも必要なんじゃない? あ、でもこれだと地味過ぎるからこっちの方がいいかも。サキはどっちが好き?」
ユーゴと違い、リアムは積極的に服を選んでくれている。
おかげでサクサクと買うものが決まり、マティス達をあまり待たせずに済んだ。
そう、入り口付近から動かなかったユーゴと違い、リアムは下着まで一緒に選んでくれたのだった。
子供だから気にしないのか、逆に大人だから下着くらいじゃ動揺しないのかは判断がつかなかったが。
「お待たせぇぇぇ!? あ、わ、わ、もしかしてアルフォンスのお父さん!?」
店を出るとスーツを着た猩猩獣人が一人増えていた。
しかもアルフォンスより身体も顔も大きくて、全体的に毛が長い。
「おや、もしやこちらのお嬢さんが……?」
アーサーより低いバリトンボイスと、可愛い見た目に興奮してしまった。
『主よ、よもやこの猩猩獣人まで可愛いなどと言い出すのではあるまいな』
アーサーのじとりとした視線が突き刺さる。
「べ、べつに誰に迷惑かけてるわけでもないからいいでしょ!」
そう言った瞬間、アーサーを抱っこしているマティスまで何とも言えない顔をした。
それとは対照的に、アルフォンスの父親は私を興味深そうに笑顔で見つめている。
「ほほぅ、本当にフェンリル様が話している言葉を理解しているんだね。私はアルフォンスの父親のオーギュストだ、よろしく。マティス、後は食料を買うだけみたいだし、馬車置き場の前で待っているから一緒に帰っていいかい? 色々話を聞きたいし」
「ああ、わかった」
「それじゃあ後で」
オーギュストは地面に座っていたアルフォンスを、片手でズルズルと引きずって連れて行った。
さすが猩猩獣人、やっぱり力が強いんだね。
それにしても、アルフォンスに比べると随分紳士って感じだったなぁ。
「マティス、あれいいの?」
「ああ、さっきの女性が言った事を話したら説教すると言っていたから、私達が行くまで説教されるんだろうな。学者の家系なだけあって、説教しだすと長いんだ。私達にできることは、できるだけ早く買い出しを済ませて戻ってやる事だろう」
「じゃあ早く買い物を終わらせなきゃ!」
『あの者はどれだけ説教されても平気な気がするがな』
食材や家にないという調味料を買い足して馬車置き場へと戻ると、正論で殴りつけられているアルフォンスの姿が。
ただし、そのお説教を受けている本人の態度は『暖簾に腕押し』『糠に釘』、そんな言葉がぴったりだった。