88.オーパーツ
魔女の遺した家の中は、アーサーが言った通り時間停止機能でもあるのか、凄く綺麗な状態だった。
しかも家電……電気のコードがないから魔導具なんだろうけど、視界に入ってきたのはあまりにも見慣れた物だ。
「おおぉ……! エアコン! 冷蔵庫! 炊飯器! レンジ! そこの壁に見えるのはお風呂の自動ボタン!?」
「サ、サキ? 冷蔵庫はわかるが、他の物の名前が全部初めて聞いたものなんだが……。知っている物なのか?」
マティスが何か言っているが、私はそれどころではなかった。
恋しいと思っていた家電が並んでいるのである。
『確か魔女は神力を与えられていたはずだからな。この世界の物質であれば、思い浮かべた物を創造する事が可能だったはずだ。主達がいた世界の便利な物に似せて創造したのであろう』
なにそれ! 私もその神力欲しい! スマホとか創造したい! だけど今はない物よりある物を喜ぼう。
これなら勝てる! 電子レンジがあればレシピの幅はかなり広がるし!
炊飯器があれば見張っていなくてもご飯が炊ける!
「私……ここに住みたい……!」
思わず欲望が口から漏れた。
『よいのではないか? どうせ我がいなければ誰もここに来れぬのだ。主ならば感知の仕方を覚えればすぐに一人でもたどり着けるであろう、本来の持ち主はもういないのだから主の物と言っても過言ではないぞ』
「さすがにそれは過言な気がするけど……。本当はここにある物を持ち出して町で暮らすっていう選択肢もあるかもしれないけど、完全にオーバーテクノロジーな気がするんだよね。ただでさえ失われた魔法とかあるのに、こんなの地球の水晶ドクロ以上のオーパーツだもん」
「サキ? さっきから何を言っているのかわからないんだが……」
マティスの言葉に双子とシリルも頷いている。
「あはは、ごめんごめん。オーパーツっていうのは、その場所や時代にはありえない物の事を言うの。さっき言った水晶ドクロっていうのは、当時の技術だと絶対作れないはずなのに、ものすごく大昔に作られている事で有名なんだ。だからここにある魔導具を持ち出したら大騒ぎになっちゃうって事」
「確かにな、そこにある魔導具なんて、冒険者ギルドに飾ってあった絵の魔導具にそっくりだしよ」
シリルが指差した先にあったのは、キッチンカウンターの上に置かれた掌サイズの魔導具。
確かに冒険者ギルドで見た絵とそっくりだ。
「本当だね、確かあのおじさんはこれで魔女に助けを求めたって言ってたから、通信魔導具なんだと思うけど……。これ以外はきっと朽ち果ててるんだろうなぁ、少なくとも一万年は経ってるんだから」
「へぇ、これで通信魔導具なんだ。随分小さいね、冒険者ギルドにあるやつって、もっと大きいのに。魔力流したら反応しないかな、それとも対になってるやつがなければ反応しないかなぁ」
リアムが魔導具を手に取って魔力を流したらしく、付いていた魔石が仄かに光った。
「あ、反応はするみた」『カミーユ、セドリックから呼び出しだよ!』
キッチンの方から青年の声が聞こえ、全員が固まった。
「え? 誰か他にいるの……?」
おそるおそる声のした方へ向かうと、キッチンの棚にもう一つ通信魔導具があった。
「もしかしてこれ、対になってる魔導具? この声の主が魔女? でも男の人の声だったよね。それにカミーユとセドリックって誰だろう」
『カミーユというのは我らフェンリルの前に審判者をした魔女の名だ。セドリックとやらは知り合いだったのではないか? 声の主は知らんが』
「そっか……、一万年も生きたって聞いたけど、孤独だったわけじゃなかったんだね」
今はいない同郷の魔女が寂しくなかったのだと知れて、少し心が温かくなった。
日記なんかがあるともっと色々知る事ができるんだけどなぁ、好奇心に猩猩獣人親子の事をすっかり忘れ、他の部屋に向かうのだった。




