63.博愛の聖女
オーギュストは睡眠薬で眠っている二人に猿ぐつわをつけてから、無造作に女将の首根っこを掴んで麻袋に突っ込んだ。
次に料理人の両足を片手で掴んで同じ麻袋に突っ込むと、手際よく袋の口をロープで縛る。
「これでよし。この二人を今回の商品と偽って連れて行けばいい。シリルは取り引きに立ち会った事は?」
「ある……」
オーギュストは笑顔だが、本心が見えない笑みなせいかシリルは緊張しているようだ。
「それは重畳。今回この二人が来れないから一人で商品を届けに来たという事にして、奴隷商人に接触しよう。朝になったら村人にバレてしまうだろうから、今から出発しようか。サキやアーサーなら夜道を魔法の光で照らす事も可能だろう?」
「うん、それくらいならできるよ。……あ、そういえばこの村の人達も誘拐に加担してるの? だとしたら放置するのは心配なんだけど……」
サクサクと計画を立てるオーギュストに待ったをかける。
もし村全体が犯罪組織なら、大がかりな捕り物になるんじゃないだろうか。
しかし、リアムの答えを待つまでもなく、オーギュストが答える。
「恐らくそれはないね。正確には村人は黙認する代わりに少し恩恵を受けている……というところだろう。本当に村ぐるみであれば、ここに他の村人もいたはずだ。実行する者がいなくなれば、自分の手を汚して危ない橋を渡ろうとはしないものさ。これまでならもし発覚しても知らなかった、気付かなかったで済んだだろうから。違うかい?」
「その通りだ」
オーギュストの言葉に頷くシリル。
「決まりだね。マティスとシリルは馬車の用意を頼めるかな? 私はこの袋を運ぶから、残りの荷物は子供達に手分けして運んでもらおう」
麻袋をヒョイと小脇に抱えると、フラつきもせずにスタスタと部屋を出ていった。
人を二人も抱えているというのに相変わらずすごい力だ、一度オーギュストの背筋とか腕力とか測ってみたい。
「それじゃあ私はシリルと馬車を取ってくる。サキ達は荷物を頼むよ、そこに隠れているアルフォンスもな」
マティスが開いているドアの方に声をかけると、アルフォンスが姿を見せた。
「おやおや、俺は女性に重い荷物を持たせるような野暮な男だと思われていたのか? そんな事をするはずないだろ。マティスの荷物は重いから俺が持って行くさ、俺が女性に重い物を抱えさせるとしたら、俺への気持ちだけさ……フッ」
最後に息を吹きかけ、前髪がフワリと舞い上がる。
「ヤダ、アルフォンスってば可愛い……!」
「「「サキ……」」」
思わず漏れた言葉に、狼獣人兄弟から呆れた目を向けられる。
シリルは信じられないモノを見たかのように、目を限界まで見開いて固まっていた。
「ふふん、相変わらずサキは正直だな。マティスの荷物はこれだな? サキの荷物も持って行こうか?」
「ううん、自分の荷物くらいは自分で持つよ。ありがとう、アルフォンス」
キャッキャとやり取りをする私達を見て、マティスはため息をひとつ吐くとシリルを促す。
「おい、馬車を取りに行くぞ」
「あ、ああ……。それにしても、聖女って博愛主義なんだな……」
部屋を出て行くシリルの、妙に感心したような呟きが聞こえた。




