45.ジェルマン王太子
「あの、ジェルマン王太子には正妃がすでにいると聞いてますが?」
そうじゃなくてもあなたとは関わりになりたくないです、喉元まで出かかったそんな言葉は何とか飲み込んだ。
この手のタイプはプライドを傷つけられると、余計に面倒くさくさるのが目に見えている。
「気にするな。神託を受けた聖女であり、フェンリルの主であるならば王妃をすげ替えたとて誰も文句は言えんだろう。強力な魔法を操るフェンリルを手中に収めれば、国のためになるのだからな」
国のためと言いつつ、その視線は私の頭からつま先までねっとりと絡みつくようで鳥肌が立つ。
『消すか?』
「ダメだよ! 一応王太子なんだから! ちゃんと断るから、ねっ!?」
いきなり物騒な事を言い出しすアーサーに、思わず本音が漏れてしまった。
「断るだと!? なぜだ! 断る理由などないだろう!!」
脳内で王太子にグランドキャニオンで紐なしバンジージャンプをさせつつ、申し訳なさそうな笑みを作る。
「申し訳ありません、私に王族の立場は荷が重すぎます。アーサーもそれをよしとしていないので、お断りさせていただきます」
「ふ……ん。まぁいい、今日は聖女の容姿を確認しに来ただけだからな。だが荷が重いなど気にならなくしてやるから安心するといい」
立ち上がり、すれ違いざまにニヤリと笑って私の肩に手を置いた王太子。
その手が、触り方が視線と同じくねっとりとしていて再び鳥肌が立つ。
王太子と二人の護衛騎士が出ていき、ドアが閉まった瞬間、触られた肩を何度も手で払った。
ちょっと触っただけでも気持ち悪いって、ある意味すごい才能なんじゃない!?
『主、我が上書きしてやろう。我を抱き上げるがよい』
「うわ~ん、ありがとうアーサー!」
即座にアーサーを抱き上げると、フンフンと肩のニオイを嗅いでから、マーキングするように頭を擦りつけた。
な、なんか甘えられてるみたいで、すごく可愛い……!
『うむ、機嫌は直ったようだな。それにしても、さっきの男はサミュエルの兄とは思えぬほど愚かな奴だ。この国の未来は暗いな』
「だよねぇ、サミュエルも婚約しちゃうなら、早く他の国に旅に出た方がいいかも……」
別れ際のせつな気なサミュエルの顔を思い出してしまい、頭を振って振り払う。
王族なんて荷が重いって、さっき自分でも言ったのに。
私の肩に頭を乗せてじっとしているアーサーに頬擦りしながら応接室を出ると、べレニス助祭が笑顔で待っていた。
さっきまでは必要最低限の対応しかしてくれてなかった感じなのに、変わりようがちょっと怖い。
その日はさすがに疲れたので、早めに就寝する事にした。
翌日のお披露目は大変だろうとは思っていたけど、お披露目以外でとんでもなく疲れる事になるなんて、この時は思っていなかった。




