霙(みぞれ)に立つ
くぐもった演奏の音、玉石混交の歌声、鳴り響く低音。ごちゃまぜになった音楽の波をかき分け、スタジオの外に出る。外といっても、二階建てのビルに張り付いた外階段の踊り場だ。錆びきった手すりにアウトドアチェアと、灰皿が置かれただけの簡素な休憩スペース。アウトドアチェアは一体いつからいるのか、シミだらけでいつもうっすらと砂にまみれている。こいつにどっかと腰掛ける輩を見るが、私からすれば正気の沙汰ではない。
昨今、徐々に音楽スタジオも禁煙になってきているというが、私達が行きつけのこのスタジオ「トッド」は、オーナーが愛煙家ということもあり、屋内のそこかしこに灰皿が設置されている。おかげでこの休憩スペースにはあまり人が来ない。スタジオの喧騒からも少し離れることができ、外気を感じられるこの場所を私は気に入っていた。たまに、鉢合わせた男から連絡先を聞かれたりするところが玉に瑕か。私からすれば、そうした連中はそこのアウトドアチェア以下の存在だ。
私はアウトドアチェアを横目に、階段の手すりにより掛かりスマホを取り出す。
通知は一件、天気予報アプリの「雨のち雪」の予報だけだ。
血気盛んな夏が終わり暑さの勢いもすっかり衰え、世界が冬支度を始めたことを肌で感じられるようになった。空を見上げると雲が絨毯のように覆い尽くし、その隙間からこちらを照らすため日光が顔を出そうとしている、そんな天気だった。懸命に雲間を探しているがその努力も虚しく、昼間というのに周囲の薄暗さは増してきている。
(はぁ……ますます気分が落ち込む天気だな……)
私は心の中でそう毒気づくと、ポケットからくしゃくしゃの煙草とライターを取り出し、口に一本咥える。カチッという音と共にライターからゆらりと炎が立ち上り、じりじりと煙草の先を赤く照らしていく。それをぼんやりと見つめながら、息を深く吸い込む。少し間を置き、ため息混じりに煙を吐き出してライターをポケットにねじ込んだ。
空に消えていく煙を眺めながら、ふと上京した頃のことを思い出す。父さんと母さんの心配そうな顔が煙のスクリーンに映し出されていく。私は、幼少から音楽で成功することを夢見ていた。キッカケはテレビでみた海外の女性ギタリスト。格好良く楽器を振り回し、何もかもを突っぱねて自分の情熱に身を焦がす、その様子に釘付けになった。私も自分の演奏を通して、こんなふうにたくさんの人を私の熱気で、熱風で燃やし尽くしてしまいたいと思った。幼い心に灯ったその炎は、終ぞ消えることなく私を突き動かし続け、将来を案じて反対する両親を押し切るように、私を上京させた。
そうして三年。夢を共にする素晴らしい仲間と出会い、諦めず懸命に活動を続け、努力が実る場面もちらほら出てきてはいるがやはり現実は厳しい。ファンはついてくれているもののまだまだ成功したなんて、とても胸を張っては言えない状況だ。
(来年も、実家に帰ったらまた色々、心配されるだろうなぁ……)
そんなことをぼんやりと考えながら、消えてゆく煙を見送った。年々両親の心配は膨らんできている。私だってこのままこの生活を続けて良いのか、悩むことが多くなってきた。学生時代の友人達も、ちらほら独身から既婚者に昇格しはじめている。別に結婚がしたいとか羨ましいとか、そういうわけではない。ただ、夢を追うその年月に伴って、背中から現実が追いかけてくるような、そんな気分に苛まれている。
私はこのままでいいのか。
考え事で混線しはじめた頭の思考回路を解くように、私はまた煙を吸い込み、ふぅっと空に吐き出す。悩み、葛藤、心を外側からつつく棘のようなものが、煙に溶けて吐き出され、少し楽になる。
バンドを組んでいるメンバーは全員、歳が近いこともあり、やはり周囲の環境変化に悩むことが多いという話も増えた。私を含め四人のメンバーは幸運にも三年間、誰一人抜けることなく、音楽で成功するという想いを強く持ち続けている。夢を叶えようという熱い気持ちがあるからこそ、全員が同じ方向を向き、苦楽を乗り越え活動を続けてこられた。そんな彼らでも、周囲との温度差を感じ、葛藤している。しかし、私達の間ではどう成功するかという話し合いこそあれど、この先どうしていこうかという不安を前提とした相談が始まることはない。
今の活動が成功に繋がるはずだ。決して諦めない。誰もがそう想い、団結しているからこそ私達は私達でいられるのだ。これが私達の強みだと思うし、私は本当に恵まれていると思う。だから、旧友が結婚しようが、大企業に就職できたという吉報を聞こうが、両親に将来どうするのかと心配されようが、私は私でいられるのだ。
私はこのままでいい。私達はこのまま、真っ直ぐに突き進めば良い。はずだ。
未来はわからない。いわゆる、幸せというものを手にするために、どう「今」を生きていくのが正解かはわからない。私の「今」は、私達の「今」は、果たして正しい道か、誤った道か。その真偽を判断することはできないのだ。だから、不安は必ず顔を出す。絶対に不安は顔を出してこちらを覗き込むのだ。
そうして悶々と紫煙をくゆらせていると、ふと冷たい感触が頬を刺激した。その刺激が刹那、思考を断ち切る。
なにかと思い撫でてみると、指先に小さな氷の粒を感じる。手のひらの体温で温まったその粒は、すぐに溶けて消え、水になる。
(あ、雪……)
空に目をやっていたはずが、一面曇り空となっていることに全く気がつかなかった。どうやら日差しは雲間に飲み込まれてしまったらしい。そして、頬にはたしかに雪を感じたが、ポツポツと雨が降っている。雨と雪が一緒に降る、霙 というやつだ。
頭の中に向いていた思考の羅針盤が、外に向く。
霙は雨と雪が一緒に降る。そして、雨が雪になる。逆に、雪が雨になることもある。結局、どちらか多数の方に飲み込まれ、雪だの雨だのといった天気を形づくる。雨が多数派なら、地表に降り立とうとした雪の多くが知らないうちに周りの雨に飲み込まれ、降り積もることなく溶けて流れていくのだろう。その中には、そのまま雪として積もりたかったやつもいるかもしれない。でも、気づかないうちに雨となり、身を任せて流れる心地よさにうたた寝をしてしまう。白く降り積もり、日差しをキラキラと反射する自分の美しさを知る由もなく。
(まったく、おかしなことを考えてるな)
そう思いながらも、なんとなく今の自分に重ねてしまう。周囲が、いわゆる「普通」と呼ばれるような生活を手にしていく。就職し、結婚し、子供が生まれ、家庭を持ち、家を建て、老いて子に看取られながらその生涯を終える。無意識のうちに、人はそのレールに乗っかっていく。それが悪いというわけではない。良し悪しではない。
私には、どうにもそれが、つまらないんだ。
自然と周囲の流れに飲み込まれていく。友人がアドバイスという筆を持つ。両親が心配という筆を持つ。そして、描かれていく理想的な生活、人生。私がそれを望むなら、それで良い。でも、私はそうして描かれていく未来のための絵の具にはなりたくなかった。
私は、私がなりたかったもの、私がやりたかったことを、見失いたくない。
私は霙の中で最後まで、私自身を保つ雪でありたい。
友人に、両親に心配をかけ続け、これまで以上に悩む事が増えるだろう。そしてふと、周りに降り注ぐたくさんの雨、そこに溶け込めば楽になれるという誘惑が、口を開けて待ち構えているはずだ。いつだって、少しブレればあっという間に溶けてしまうのだ。
気づけば煙草はほとんどが灰になってしまっていた。私は空を見上げ、最後の一口を吸い込み、思考を全て煙と一緒に吐き出していく。煙のスクリーンに映るのは、想いを同じくしたメンバーの顔。夢を諦めない力強さと、このままで良いのかという不安や葛藤を抱えた表情だ。
それを見て、私の心の奥底で何かが灯った。巡り巡った思考が、悩みが渦を巻き、ふと湧き出た決意という炎に向って収束され飲み込まれていく。ごうごうと燃え盛る炎の奥に、あの時に感じた純粋に夢を追う煌めきを感じた。
ああ、そうか、いつのまにかあのときの炎は、これほどまでに小さくなっていたのか。
煙に映ったメンバーの表情が熱風に飛ばされていく。
私は決して諦めない。自分を、皆を信じて。四人でこの道をひたむきに突き進むことこそが、私達にとってのゆるぎない真実だ。この道の先に待つ未来がどんなものでもあろうと、素晴らしいものに決まっている。そして、この想いを、感情を、真正面からみんなぶつけよう。そう思うと、胸の奥で燃え盛る炎に勢いが増した。一秒でもはやく、仲間のもとに戻りたい。
非常階段の扉に手をかける。霙の中からひときわ白く輝いた雪の結晶が、風に流されそっと手を重ねる。私は力強く、未来への扉を開いた ――――。




