91 アオが魔王にした
「貴様……まさか、魔王なのか……」
魔王という呼び名の威力が凄すぎる。
一瞬で奴の表情が変わった。
俺は魔王じゃないけどな。
俺は質問には答えず、この場をどうやって切り抜けるか思考が錯綜する。
差し込む陽の光は、もう窓より高い位置にまできている。
つまり夕暮れ時ってことだ。
そこでずっと黙っていたダイが念話を送ってきた。
『壁だ』
壁?
そうか、その手があったか。
この時間帯なら、まだ間に合う。
俺は視線を巡らし走り出す。
バッハシュタインが我に返り剣を構える。
しかし俺は奴にではなく、壁に向かって走った。
それを見たバッハシュタインが叫ぶ。
「何をする気だ!」
奴を無視したまま俺は腕の筋肉を盛り上げる。
そしてそのまま壁に槍を突き入れ、力任せに薙ぎ払う。
「ウォオオオオオッ!」
腐り掛けた壁はその一撃でバラバラと崩れ落ちる。
すると薄暗かった教会内に、夕陽が差し込み始めた。
次の瞬間。
耳を塞ぎたくなるほどの叫び声が、部屋中に響いた。
「ぐわああああっ」
バッハシュタインだ。
マントで顔を隠しながらの悲鳴。
陽の光りをもろに顔に浴びたらしい。
顔が爛れ始めている。
バンパイヤに対して、陽の光ほど効果的な攻撃はない。
最早バッハシュタインに逃げる場所などない。
「全員で壁を壊せ!」
俺がそう叫ぶと、オーク達も交じって壁を壊し始める。
すると徐々に夕陽が室内を明るくする。
バッハシュタインの全身からは、燻る様に煙が出ている。
それは先ほどの自ら変化させる黒い煙ではない。
灰色の煙。
燃えている。
奴の身体が灰と化している。
俺はラミの所へ行き、ヒールポーションを傷口にかける。
低級のポーションだから、完治はしないが命は繋がる。
人間なら死んでいるが、ラミア種はこの程度じゃ死なない。
しかしかなりの重傷で、苦しそうだ。
「ラミ、お前の手で決着を付けろ」
そう言ってラミに肩を貸して立たせる。
そのままヨロヨロとバッハシュタインの横まで歩かせる。
奴はもう抵抗する力もないようだ。
煙を全身から吹き出しながら、苦しそうに床に丸まってしまっている。
俺はラミに剣を握らせ、その剣に聖水を掛ける。
「ラミ聞こえるか?」
ラミは声は出さずに頷く。
「いいか、奴に止めを刺せ。こんなにした奴に負けてはいられないだろ。お前が決着をつけるんだ。ラミア種としての誇りを見せろ」
ラミは力を振り絞って剣を持つ手に力を込める。
しかし可哀そうなくらい弱々しい。
俺は剣を握るラミの手を支え持つ。
「行くぞ、良いか?」
俺はラミの剣をバッハシュタインの背中へと誘う。
ラミが持つ剣がゆっくりと背中に埋まっていく。
「あぁ……ああぁぁ……」
もう、バッハシュタインの叫び声も弱々しい。
抵抗も出来ないようだ。
ラミが剣を奥まで差し込んだタイミングで、残りの聖水もバッハシュタインの頭にかけてやった。
すると徐々に炎は全身へと移っていく。
「グググ……私は、魔王に、魔王に戦いを挑んだのか……ぐぐぐ」
ふん、勘違いしたまま消えるんだな。
そして陽が沈む前には、完全に燃え尽き灰だけになった。
「ラミ、お前の勝ちだ」
俺がそう言うとラミは薄っすらと笑顔を見せた。
そのままラミを壁を背もたれにして座らせる。
あれほどの強者のバンパイヤが今やただの灰だ。
その灰の中に白色の何か見つけた。
拾ってみると牙だ。
それも二本ある。
一応ポケットにしまう。
アオは自分のポーションで、何とか傷を癒したようだ。
オーク達もなんとか無事だ。
負傷者は出たが死者はいない。
これでギルドに報告すれば依頼達成なんだが、何と報告すれば良いのやら。
アオに見られているからな、やっぱり討伐したと正直に言おう。
教会を出ると、赤く染まった空が俺達の長い影を大地に落とした。
「ラミ、家に帰ろう」
馬車が教会まで迎えに来ている。
留守番オーク、ナイスジョブだ。
俺がラミを馬車の荷台に寝かせると、ラミが俺を見つめながら消え入りそうな声で言った。
「は、腹が減って、死にそう……」
「……」
遠くで鳴くカラスの声が、赤く染まった大地に響くのだった。
俺は今、オーク達の馬車に乗っている。
それは俺を「魔王」呼ばわりしたオークの説教のためだ。
三人のオークが揺れる馬車の中、俺の前で平伏して半刻が経つ。
正直もう言う言葉が尽きた。
何度この言葉を言っただろうか。
「魔王と呼ぶなっ、二度と物が噛めない様にするぞ!」
「魔王さまお許しを!」
「…………」
大丈夫、時間は沢山ある。
帰りの道中、俺はずっとオーク達の教育に集中したのだった。
数刻で無事にエルドラの街に到着。
真っ直ぐに冒険者ギルドに向かった。
バンパイヤのエサとなっていたベルケも連れて来たのだが、一旦エサとなった者は長くは生きられない。
定期的に主に血を吸われないと、生きていけないのだ。
恐らく数日中に死ぬ。
それでもエサになったベルケは、バンパイヤが居たという証明になる。
可哀想だがギルドに突き出す。
上手くいけば、何か情報を得られるかもしれないしな。
アオと二人で受付カウンターへ行き、事情を説明してベルケを引き渡す。
バンパイヤと戦闘になり、倒した事まで説明した。
さすがに金等級二人が、バンパイヤを倒した事に驚いているようだが、オーク十人と獣魔が一緒だったと説明したら理解してくれた。
そこで牙の事を思い出した。
俺は受付カウンターの上に、バンパイヤの灰の中にあった牙二つを置く。
「これを買い取り出来るか?」
俺の言葉に受付嬢が牙をジッと見つめる。
しばらくして急にハッとした表情になり、座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。
「バ、バンパイヤの上位種の牙じゃないのっ!」
騒がしかったギルド内が一瞬で静まり返る。
恐る恐る周りを見れば、時間が止まったかのように、ギルド内の全員が俺とアオを見たまま固まっている。
な、何なんだよ。
シーンと静まり返る中、アオがポロリと言った。
「魔王だから」
俺は殺意のこもった目でアオを睨んだ。
すると受付嬢。
「ライさん、そんな二つ名で呼ばれてるの?」
すると俺の代わりにアオが答える。
「うん、オーク達からマオ――――んぐ……」
俺はアオの口を塞ぐ事に成功した。
俺はそのままアオを引きずる様にして、笑顔でギルドを後にしたのだった。
俺と魔王の戦いは、まだ始まったばかりだ。
引き続き「いいね」よろしくお願いします。