89 棺を探した
俺を先頭にして、ラミ、ハピ、アオ、ダイが教会内へ突入した。
続いて俺の護衛らしいオーク三人が入り込む。
オークはどうしても俺から離れないらしい。
悪い気はしないが邪魔な時もある。
中へ進入したが、特に誰かいるわけでもない。
室内は薄暗く、ジメジメした空気が漂っていた。
カビの臭いが鼻を突く。
天井が人の数倍はある高さで、窓の位置もかなり高い。
その上に窓は少なく、大きさも小さい。
その小さな窓から僅かに室内に陽が差し、何とか暗い部屋を薄暗く保っている。
ガラーンとした室内には、壊れた椅子がいくつも転がり、床は腐りかけて歩く度にギシギシいう。
いかにもアンデッドな魔物が居そうな雰囲気だ。
「気を抜くなよ。バンパイヤは暗闇に同化する。出来るだけ明るい場所を歩くんだ」
俺の言葉に皆が武器を構え直し、暗闇を凝視する。
室内の中央辺りに来たが、特に変わった感じはない。
「ダイ、何か解るか?」
ダイに聞くと難しい顔で返答された。
『匂いが混じりあってよく分からんな』
「それなら、奴等は棺で休む。棺を探せ」
と言ってみたは良いが、何も無い部屋だ。
棺があるか無いかなど、一目で分かる。
何も無い。
くそ、空振りか。
諦めて教会を出ようとすると、ダイから念話が送られてきた。
『ライ、この辺から匂いが漏れてくるぞ』
ダイがかつて祭壇だったところを嗅ぎまわっている。
そこに何かあるのか?
「ダイ、ちょっと退いてみろ」
俺はダイを押し退けて、祭壇の周辺を探り始めた。
すると床に、何かを引きずった跡を見つけた。
もしかしてこの祭壇がずれるのか?
「ラミ、この祭壇は動かせるようだ。動かしてもらえるか」
するとラミ。
「なんだ、そんなことか。私に任せろ」
そう言って祭壇に両手を当てて力を込める。
ズズズズ……
動く、動くじゃねえかこの祭壇!
これは間違いない、この下にバンパイヤがいる!
そう確信した時だ。
バリバリッという音がして、ラミが床に飲み込まれた。
床板が腐り落ちたのだ。
慌てて駆け寄り声をかける。
「ラミ、大丈夫か!」
すると半身を床に埋めたまま、ラミは恥ずかしそうつぶやいた。
「べ、別に太ったからじゃないからな……」
あ、こいつ太りやがったか。
次いでハピがラミをジッと眺めながらつぶやく。
「太った、ですわね」
何故かアオが言葉を被せる。
「デブ」
そこでラミが何かを言い返そうと口を開けた所で、動きを止めた。
不思議に思って声をかける。
「ラミ?」
するとラミは、床に埋まった下半身を見ながら言った。
「何かよぉ、足場が動くんだけど」
「どういうことだ?」
ラミは破れた床の隙間から下を覗き込み、自分の足場を確認しながら返答する。
「何だかよお、箱みたいな上に立ってるんだけど、その箱が動くんだよ」
それを聞いて俺はピンときた。
「多分その箱が……棺だ」
その途端、ラミが真上に飛んだ。
いや、撥ね飛ばされたのか。
ラミはくるっと体を回転させ床に着地。
代わりに床下からは、黒い煙のような影が飛び出した。
黒い煙は空中で人の形をとり、そのままゆっくりと穴の向こう側に降り立つ。
そして床に降り立った影は徐々に実体化した。
それは黒いマントに黒い上下服に身を包んだ、冴えない中年男の姿。
しかし、この男こそバンパイヤ。
それも煙の形態をとれるというならば、こいつはバンパイヤの中でも上位種。
それはライカンスロープ抹殺の使命を帯びた、ライカンハンター専門のバンパイヤということに直結する。
「みんな、下がれ!」
全員がそいつとの距離をとる。
失念していた、ライカンハンターが出張って来るってことを。
そして落ち着いた様子で、バンパイヤの男が口を開く。
「これはこれは、皆さまお揃いで。まずは自己紹介といきましょうか。私、バンパイヤの“ライナルト・バッハシュタイン”と言います。私の眠りを邪魔するとは、なんて無礼な人間ども……これは失礼しました。魔物と人間の混成ですね。ふふふ、そちらから来てくれるとは助かります。でも人間は二人ですか、困りましたね、どちらでしょうか。うーん、二人とも殺してしまえば一緒ですね」
そうか、こいつは俺の顔を知らないのか。
窓を見上げれば陽が沈みかけていて、差し込む陽の光はかろうじて壁に落ちる程度。
時間帯的にはギリギリだ。
「撤退する!」
俺が叫ぶとバンパイヤが床を蹴った。
早い動きだ。
着地した先、それは正面入り口前。
逃げ道を塞いだのか。
しかし裏口がある!
「裏口へ行くぞ!」
しかし、部屋の隅にあった瓦礫の中から何かが出現した。
そいつは裏口の前に仁王立ちして、こちらを睨む。
それを見たラミがつぶやいた。
「ベルケじゃねえか……」
ベルケ、ゴーレム使いの金等級冒険者だ。
確か「この街はつまらん」とか言って、エルドラの街を出て行ったはずなんだが。
俺がベルケに声を掛ける。
「そこをどけ」
するとベルケ。
「わりいな、そうもいかねえんだよ。俺の主にゃ逆らえねえ」
そうか、ベルケめ、バッハシュタインとかいうあのバンパイヤのエサになっちまったか。
「ベルケ、そうなると俺達はお前を殺さなきゃいけない」
ベルケは笑いながら返答する。
「ふははは、そりゃあ良い。殺れるものなら殺ってみな。言っとくが俺は強いぜ?」
ベルケが顔の前で指を組み、詠唱する。
そして――――
「大地の精霊よ、来たれ!」
すると床の穴をさらに広げて、床下から人丈二倍のゴーレムが二体現れた。
異変に気が付いた裏口外のオーク達が、教会内へと突入しようと裏口扉を開けようとするが、それをゴーレムが阻止する。
そしてもう一体のゴーレムが俺達に迫る。
「ハピ、アオ、二人にゴーレムとベルケは任せる。ラミは俺とバンパイヤに当たる」
俺がそう指示を出すと、ダイが念話を送ってきた。
『俺はどいつと戦えば良い?』
そうだったな。
「そこで見てろ」
「ワフッゥ?」
俺はバッハシュタインとかいうバンパイヤに対峙する。
退路を塞がれた以上、戦う以外に道はないか。
「待たせたな、お前は俺とこのラミアが相手する」
するとバッハシュタイン。
「ちょっと物足りないですが、良いでしょう。せいぜい私を楽しませてください。クックック」
その言葉に怒ったラミが剣を振りかざす。
「バッカジャナイン、貴様など私一人で十分だよっ」
ラミ、間違ってるぞ。
バッハシュタインだからな。
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