86 指名依頼された
勇者が現れたって事は、魔王が出現したからに他ならない。
魔王が出現すると神託が降りて、勇者の召喚儀式が出来るようになるそうだ。
それで実際に勇者は現れた。
しかし魔王の出現に関する話は、今の所は聞いたこともない。
となると別の大陸に出現してはいるが、俺達の所まで話がまだこないのか。
それとも出現はしているが、まだそれほど強くなっていないから目立たないだけなのか。
いずれにせよ、魔王は存在しているはずだ。
何で俺がそんなことで、ビクビクしなくちゃいけないんだか。
それでも不安要素は潰しておきたいからな。
ちょっとオーク達に怪しそうな土地を偵察させるか。
こうして俺はオークの族長のオウドールと話し合い、少人数での偵察部隊を幾つも編成させ、怪しそうな土地に長距離偵察を飛ばした。
オークだけでなく、ダック、ゴブリンと使えるコマは全て使った。
特に荒れた土地が広がる“荒れ大陸”と呼ばれる地方は念入りにだ。
そっちは人間は住んでいない土地で、亜人や魔物が多く住み着く土地だ。
魔王が居ても情報が外へ漏れにくいともいえる場所。
俺としてはその“荒れ大陸”に居てくれたら、こっちの“偽魔王”情報も伝わりにくくて安心なんだが。
そんな中、エルドラの街に変な噂が広まり始めた。
特に冒険者ギルド内では、誰もがその話をしている。
「西へ行ったんだが、全然見当たらなかったぜ」
「お前もか。俺達パーティーは北へ行ったんだかよ、痕跡すら見当たらねえよ」
こんな冒険者らの会話が聞こえてきた。
何の話をしているのだろうか。
知り合いもほとんどいない俺には、噂の内容を聞く相手もいない。
子狼のダイは人気あるんだがな。
外の馬車で獣魔達を待たせているのだが、馬車から顔を出すダイの回りは人だかりだ。
特に人間の女ばかりが集まっている
そんな光景を横目で見ながら、依頼掲示板を見ていると、ギルド内へアオがトコトコと入って来た。
アオになら俺でも声を掛けられる。
「アオ!」
俺の声に立ち止まりこちらを見るアオ。
「何?」
そこでやっと噂の真相をアオに聞いてみた。
すると。
「ゴブリンがいなくなった」
と、ポツリとアオが言った。
街の周辺からゴブリンが消えた、というのが噂の内容らしい。
身に覚えがありありだ。
オークがこの辺一帯のゴブリンを支配下に置いたため、配下のゴブリン達をオーク支配地域へと移住させたからだ。
ダックも移住させて居なくなってるんだが、そっちは問題にならないんだな。
「ゴブリンが見当たらないってだけで冒険者の注目を浴びるのか?」
俺がそう聞くとアオ。
「そう。何か重大な事が起こる前触れ」
いや、いや、重大な事は起きないと思うぞ。
そこへギルド員が俺とアオの所へ走り寄って来た。
「ライさん、アオさん、ちょうど良いところに来てくれました。金等級冒険者のお二人に、指名依頼があるんですよ」
金等級への指名依頼というのは、かなり高難易度の依頼ということだ。
金等級じゃないと危険ということでもある。
別室で話を聞くと依頼内容は『バンパイヤの情報』だそうだ。
身に覚えがありありである。
金等級でもバンパイヤの討伐は無理だから、あくまでも情報集め。
バンパイヤは強いから戦闘は避けろとのことだ。
そうだろうな、人間が勝てる相手じゃない。
人間が討伐しようとするなら、完ぺきな対バンパイヤ装備の上で、敵の数倍の人数で掛かるしかない。
あ、勇者ならいけるかもだな。
良く銀の武器しか効果が無いという噂を聞くが、そんな事はない。
ただ治癒能力が高いから、普通の武器だと傷が再生してしまうってだけだ。
首を落としてしまえば問題ないがな。
それと銀は銀でも、聖銀の武器でないと効果はない。
聖銀の武器なら再生に相当な時間がかかる。
だけど聖銀は、ライカンスロープにも有効なのだ。
あまり手にしたくはないんだよな。
そんな人間にとっては難易度の高い依頼だが、元々は俺が原因である。
バンパイヤ達が、ライカンスロープの俺を狙って動いているのだ。
しかしギルド員は、そうは言わない。
「このバンパイヤの目撃ですが、ギルドではゴブリンが居なくなったのと関係があるとみています」
いや、違うから。
とんだ勘違いだよ。
俺としては黙っていられず、言葉を挟む。
「何でギルドでは、そう思ったんだ?」
するとギルド員。
「これは非公式ですが、ダック族も消えたという情報も入ってます。二つの種族が消えて、新しく現れたのがバンパイヤです。何か繋がりがあると考えられます」
全て俺との繋がりだな。
「そ、そうか。それで原因をどう考えているんだ?」
するとギルド員は「あくまでも個人の考えですが」と前置きした上で話し出した。
「弱い魔物がこの地を避け、強い魔物が出現する。これはもうあれですよ、魔王が出現したんですよ!」
ちょっと待てーい!
「それはさすがに話が飛躍しすぎだろ!」
「いいえ、そんな事はありますん。過去の文献を調べたら、やはり魔王が出現したときは、その土地に強い魔物が集まり出したと書いてあります」
ぬぬぬぬ……
確かに俺は魔王と勘違いされているし、俺が原因で弱い魔物はこの地から消えている。
俺が原因でバンパイヤがこの地に現れている。
くそ、全部が俺のせいじゃねえか!
何とかしないと。
「ええっと、それで俺達への依頼は、バンパイヤがこの街の近隣に居るか居ないか、それだけを調べれば良いんだよな」
「はい、もし討伐の必要があれば、白金等級以上の冒険者を集めますので。ただし、その時には金等級冒険者にも召集が掛かると思います」
「話は理解した。ならば直ぐに準備する」
これは秘密裏にバンパイヤを倒して、ギルドには「バンパイヤは居なかった」と報告するしかないな。
俺がその場から早々に立ち去ろうとすると何者かに袖を掴まれた。
「私も一緒」
くそ、アオも指名依頼されてたんだ!
引き続き「いいね」よろしくお願いします。