82 魔法剣を見た
ベルケがゴーレム使いなのは分かった。
だからといって、ベルケが強いかどうかは分からない。
俺の見立てだと、強いとは思えないがな。
だから俺がもしベルケと戦うならば、真っ先にベルケ本人を狙う。
ゴーレムは術者を攻撃すれば、術が解けてゴーレムは崩れる。
だからベルケ本人が弱ければ、いくらゴーレムを出してきても俺なら楽勝だ。
だが、これでアオとベルケの大体の実力は分かった。
人間にしては強い方だとは思う。
あくまでも人間にしてはだがな。
これが金等級の実力なのか……いや、これが本気の戦闘ではないかもしれない。
ダック達は退散したし、さて先を行こうかと思ったのだが、ダック達が逃げた川の上流の方から、何やら不穏な空気が立ち込めてきた。
ダイが念話を伝えてくる。
『来るぞ、気を付けろ』
何かが来る。
川の上流の方から再びダックの声が聞こえてきた。
逃げたはずのダックが、ふたたびこちらに向かって来る。
そのダックの後ろに巨大な影。
人間の倍近くはあるだろうか、巨大なダックがノッシノッシとこちらに向かって来る。
両手剣を片手で握り、行く手を阻む木を一刀のもとに斬り払う。
なんて力だ。
本当にあれがダックなのか?
慌てたのはベルケだ。
すでにゴーレムは土に返してしまい、今はベルケ一人だけ。
「おい、誰か、あ、あいつを止めろ!」
ゴーレム魔法は続けては発動出来ないみたいだな。
やはりベルケはゴーレムに強さを依存しているのか。
俺がラミに声を掛けようとしたところ、今度はアオが馬車から飛び下りた。
「私がやる。見てて」
アオが一人で対応するらしい。
ギルドでの昇格試験で見たが、あれ以上の実力を見せてくれるかな。
ちょっと期待だ。
巨大ダックがアオと対峙する。
他のダック達は前に出てこない。
戦いを見守るらしい。
「ここは、我らダック族の縄張りグワ。荷物と金を置いて立ち去るグワッ」
それを聞いてアオが小さく「ん」と言ったように聞こえた。
何かの掛け声なのか。
その途端だ。
巨大ダックに変化が見られた。
小刻みに震え出したのだ。
「グワッ、な、何をしたグワ!」
巨大ダックは片膝を地面につく。
これも昇格試験の時に見せたスキルだ。
そしてアオがマントをひるがえすと、青く染まった革鎧と腰の剣が目に飛び込んできた。
アオはそのままゆっくりと剣の柄を握る。
そのままキィーンと音を立てて、一気に剣を抜き放つ。
昇格試験の時とは違う剣だ。
蒼く輝く剣。
魔法石がはめられている、つまりそれは魔法剣である。
これはこの片膝をついた状態で、巨大ダックが魔法剣で斬られて終わるパターンかと思ったのだが、意外にも巨大ダックは粘ってくれた。
「これくらいで……グワアアアッ!」
気合で立ち上がるや剣を構えた。
すると僅かに表情が緩むアオ。
そしてボソリとアオが告げた。
「潰れろ」
「グワアアアアッ、グワッ、グワッ!」
突然、叫ぶ巨大ダック。
そして再び片膝をつき、今度は片手までも地面につける。
まるで自分の体重が重くなったかのようだ。
凄い威力だ。
あれをやられたら、俺もヤバいのではないだろうか。
それでも巨大ダックは根性を見せてくれた。
「やられるか、やられてたまるかグワ!」
強引に立ち上がるや、手に持つ大剣を大きく振りかぶると、それをアオの頭上へと振り下ろす。
しかしアオはそれを普通に避ける。
特に早い動きでもなく、並みの人間の速度だな。
それでも避けられるほどに、巨大ダックの動きは遅いのだ。
しかし巨大ダックが振り下ろす時になると、一気に剣の速度が増した。
ドゴーンと音を立てて地面に喰い込む大剣。
衝撃の強さに大剣が耐え切れず、剣が根元から折れて刃が宙を舞う。
喰らったら間違いなく死んでいたな。
今のを見ると、やはり重量を変えるスキル魔法のようだな。
だが大剣を振り下ろした巨大ダックは、打ち下ろした衝撃で手が痺れたのか、「グワッ」と言って両手を開いたり握ったりし始めた。
それをアオが見逃すはずがない。
「隙だらけ」
そうボソリと言って、アオが魔法剣を横なぎに振るった。
アオの魔法剣が巨大ダックの腹を斬り割くや、バチバチと音を立てて火花が飛ぶ。
「グワッ!」
叫び声を上げて後ろへ下がる巨大ダックの白い腹が、見る見るうちに鮮血に染まる。
出血だけでなく、傷口の周囲が焦げている。
雷撃魔法の付与が施された魔法剣か。
スキルは非常に有効なのだが、アオの剣術の腕が残念過ぎてもったいない。
普通なら今の横なぎの剣振りで片は付いていたはず。
そうならなかったのは、明らかにアオの剣の腕が足りていないからだ。
剣先が腹を掠めたに過ぎない。
巨大ダックは片手で腹を抑えているが、もう片方の手にはまだしっかりと大剣が握られている。
周囲にいたダック達が動揺しているのが見てとれる。
誰もが信じられないといった風の表情だ。
こんなチンケな人間少女が、こんなにも巨大な魔物を圧倒しているんだからな。
だが戦いはまだ終わっていない。
巨大ダックが腰から予備の剣を引き抜いた。
こいつが握っていると、体の大きさとの対比から短剣くらいに見えるが、実際は小剣ほどの大きさはある。
アオはぎこちなくも剣を構え直す。
酷い構えだ。
実にもったいないともいえる。
巨大ダックが力を振り絞って剣を振るう。
しかし間合いが足らず、アオはそれを簡単に避ける。
巨大ダックは腹に受けた傷で、踏み込みに力が入らない様だ。
それならもう勝負あったな。
巨大ダックが苦し紛れに何度も剣を振るう隙をついて、アオが間合いの中へと進んだ。
そして「えい」と感情のこもってない気合の言葉で、魔法剣を巨大ダックの脚に突き出す。
アオの剣先は巨大ダックの膝に突き刺さった。
アオは刺さった剣を引き抜くのではなく、真横に斬り抜く。
「グエー!」
悲鳴と共にバリバリと火花が散り、巨大ダックはその場に脚から崩れ落ちる。
膝をやられて体重を支えられなくなったのだ。
さらにゆっくりと近付くアオ。
そして腹と膝を抱える様に倒れている巨大ダックの前に歩み寄ると、アオは無表情のままボソリと告げた。
「バイバイ」
魔法剣が巨大ダックの心臓を貫いて、派手に火花を散らす。
すると巨体が何度か痙攣するも、直ぐに身動き一つしなくなる。
傍若のアオの完全勝利だ。
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