78 矢が尻に刺さった
ハピが必死に踊る。
必死に踊れば踊るほど、何故か笑いが込み上げてくる。
あれを踊りといっても、本当に良いのだろうか。
そんな疑問さえ浮かんでくる。
呪いの儀式と言われれば、誰もが信じるのではないか。
それと困った事にハピは個性的な踊りに夢中で、タンバリンを鳴らさない。
そのままハピの踊りは、激しさを増していく。
俺も笑いを堪えるのに必死だ。
遂には歌い出しやがった。
「パラララ~♪」
対する標的のホーンラビットは、じっとして動かず、ハピから目を離さない。
警戒はしている、警戒はしているのだろうが。
「パラララ~、パラリラ~♪」
パララって何なの?
こうなると俺にとっては拷問。
あいつには今、笑いの神が降臨している。
そしてハピが思い出した様に“情熱のタンバリン”を叩き始めた。
だが、それが凄い威力だった。
俺は一気に平常心に戻った。
一番の変化はホーンラビットだ。
感情なんて一切無いと思っていたホーンラビットが、縮こまって震えている。
あれはまさしく、恐怖の感情に支配されている状態に間違いない。
その後、直ぐにホーンラビットは気を失った。
気を失うほどの恐怖の舞いって凄いな。
そこでダイとラミの異変に気が付いた。
「おい、まさか、お前らもか……」
ダイとラミまでが恐怖で震えていた。
あのラミでさえ怯えているのは驚きだ。
しかし何とか必死に耐えている。
ホーンラビットが直ぐに気を失ったのに比べたら、まだ軽い状態とは思う。
あ、でも俺は何とも無いな。
良く分からん。
しかし、ちょっと待て。
この“情熱のタンバリン”は“魅了”を与える魔道具のはず。
なんで“恐怖”を与えているのか。
そういえばハピだが、マジックミサイルの魔道具の弓の時も、狙いを外しまくってたし。
マジックミサイルの魔法は基本、外すことはないらしいからな。
ハピは魔道具の性能をねじ曲げるのか。
俺は先程のハピの舞いを思い出す。
駄目だ、俺には恐怖よりも笑いが込み上げてくる!
しかしこれなら使えそうだ。
複数の対象者に恐怖を与える魔法は、色々と使いようがある。
ハピは戻ってくると、震えるダイとラミと護衛のオーク達を見て言った。
「誰にやられたのですの!」
お前だよ!
こうしてハピの新しい攻撃方法が加わった。
その後にも色々と実験してみたが、ただタンバリンを叩いて音を鳴らすのも重要だが、踊ったり歌ったりしたのも効果が高かった。
それと結局は“恐怖”しか発現しなかった。
魅了の魔道具なんだがな。
だけど俺のハウリングもそうだが、味方も巻き込むのは避けたい。
するとダイが、耳を塞ぐ物があれば楽だと言った。
確かにそうだな。
そんな道具はないだろうから、布で耳栓を作るか。
そして実際に作ってみたのだが、布くらいじゃあまり効果はなかった。
手で押さえた方が効果がある。
でも耳栓してその上から手で押さえると、かなりの音を遮断出来た。
取りあえずはこれでやってみるか。
そういえば、しばらく冒険者ギルドで依頼をこなしてなかったな。
タンバリンを試しつつ、依頼をこなすか。
翌日の朝早く、依頼を受けるために冒険者ギルドへと向かった。
ずっと依頼を受けてなかったから、この時間に来るのは久しぶりだ。
相変わらず混んでいる。
金等級の依頼を探すが、えらい少ない。
金等級冒険者自体が少ないから、そんなものか。
そこで銀等級の討伐依頼を選んだ。
トレントの討伐だ。
タンバリンを試したかっただけで、相手は別にゴブリンでも良かったのだが、今回はトレントに犠牲となってもらおう。
そして俺達は直ぐに出発した。
トレントは木の魔物だ。
だから討伐依頼は森の奥。
一日掛けてトレントのいる森へと到着した。
馬車は森の入り口付近に置き、さらにそこから奥へと入って行く。
馬車番はまたしてもオークが一人残ってくれた。
助かるな。
それでも三人のオークが俺達に付いて来る。
そういえばエルドラの街で行動するオークは皆、首からちょっと大きめの識別プレートを下げている。
魔物と間違われない様にらしい。
俺達に付いて来るオーク達も、同じ識別プレートを首から下げている。
しかし森の中で遠くから見たら、そんなの確認出来ない。
下手したら弓で射られるかもしれない。
その点ラミやハピは安心なのだ。
このクラスの魔物に攻撃を仕掛ける高ランク冒険者など、そういるものでもないからだ。
しかしオークならやられかねない。
現に野良オークの討伐依頼はたまにあるし、俺達もその依頼を受けたことあるしな。
そういった意味でいえば、俺達みたいな魔物集団は何時襲われるか分からない。
街から離れれば、離れる程に警戒は必要になる。
そんな事を考えていたら、俺達の後方を歩くオークに弓が射られた。
幸いにも、矢はオークには命中せずに木に刺さった。
「敵襲!」
俺が声を上げると、全員が物陰に隠れる。
木に刺さった矢を見れば、人間の使う矢だ。
となると人間の襲撃者の可能性が高い。
俺達と同じトレント討伐に来た冒険者が、魔物と間違って攻撃したのかもしれない。
オーク達は背中に背負っていた弓を手に持ち、矢をつがえ始めた。
何かの影が木と木の間を移動するのが見えた。
それも複数。
そこでダイ。
『人間の臭いだぞ』
やはりそうだったか。
相手が人間となると、オークを野良オークと勘違いして攻撃してきた可能性がある。
そうなると冒険者の可能性が高くなる。
しかし、ここはエルドラから一日の距離。
鉱山の駐留オークを知らないのか?
少し考えてみた。
そして――――
「ラミ、ハピ、一人も逃がすな、突撃!」
全滅させてしまえば問題なし!
すると珍しくハピ。
「あら、ここはタンバリンじゃないですの?」
それもそうだな。
「そうだなハピ、情熱のタンバリンの威力を見せてやれ!」
「そうこなくちゃですわっ」
そう言ってハピがすっくと立ち上がると、矢がポスっとハピのお尻に刺さる。
するとゆっくりとした動作で矢の刺さった箇所に視線を移すハピ。
矢の刺さったのは羽の生えた下半身、つまり防御力の高い鳥部分だ。
そこは沢山の鳥羽で守られている。
そこでハピは「ふんっ」と下半身に力を入れる。
すると驚いた事に、矢がポロリと抜け落ちた。
そして落ちた矢を拾うや、ワナワナと怒りで震えながら言った。
「ゴラッ、何さらすんじゃ……ですわ!」
そして矢の飛んできた方へと、物凄い形相で羽ばたいて行くハピ。
あのバカ、タンバリンを使わないつもりか!
「ラミ、ハピが相手する以外を処理頼む!」
「任せろ!」
ラミが走り出すとオーク達は俺の周囲を守り始めた。
ほんと良く訓練されてるオーク達だな。
さて、俺はここで待つとするか。
次の投稿は明後日の昼頃の予定です。
引き続き「いいね」よろしくお願い致します。
毎回の誤字脱字報告ありがとうございます。
かなり気を付けているのに毎回4~5はあるとは……
今回こそは!