67 魔王の怒りを買いそうだった
まだ辛うじてだが息をしているなら、助けてやろうかとババルトに近付くとラミが声をかけてきた。
「ライさん、そいつは無理だよ。噛みついた時に毒を送り込んだんだよ」
「は? ラミ、お前、毒持ちだったのかよ!」
「え、だって私、毒蛇の魔物だよ。噛み付けば毒を送るだろ、普通。飯を食べる訳じゃないんだからな」
毒は魔法攻撃だけじゃなかったのか。
再びババルトに目をやると、口から泡を吐いて動かなくなっている。
するとラミはピクリとも動かなくなったババルドの顔面に、これ見よがしに足を乗せ、血塗られた顔で雄叫びを上げた。
「ッシャアア!」
格好はつけているが、ラミの左腕はだらりと下げられたままだ。
後でポーションで治療してやるか。
仕方ないとは思うが、ラミの奴、殺しちまいやがったか。
すると族長を失ったオーク達が動揺し、ざわつき始めた。
そのざわつきも次第に「自分が新しい族長に相応しい」と言った声に変わっていく。
それも一人や二人じゃない。
こいつらどんだけ族長になりたいんだよ。
しかし不味いな、この場を何とか収めないと乱闘が起きる。
近くにいたオークを捕まえて、前の族長は何処にいるか聞いてみた。
「前、族長、殺された」
マジか!
それは困ったぞ。
代わりの族長をたてないと、この混乱は収まらないぞ。
オーク達がこの中庭に次々に集まって来た。
するとさらに騒ぎは大きくなる。
そのオークの集団の中に、前に俺が倒したオーク兵を見つけた。
確かジャンピング・ニーアタックをぶちかまして、白目を剥いて気絶したオークだ。
「おい、貴様、お前だ白目オーク」
「俺か?」
俺はそのオークを引っ張り出した。
そして――――
「静まれ!」
俺の声に反応してオークが俺に注目する。
しかし、まだ一部のオーク達がざわついている。
すると――――
「てめえら静かにしろってんだよっ、ライさんの言ったのが聞こえねえのかよ!」
と、ラミが怒りで叫んだ途端、場はシーンと静まりかえる。
すると機嫌が良くなったラミ。
「おう、それで良い。聞き分けの良い奴は好きだぞ」
そう言ったラミを見るオーク達の顔は、若干恐怖心が漂っていた。
静まった所で俺は口を開く。
「今日からこのオークが族長だ。文句がある奴はいるか、遠慮なく名乗りを上げろ―――誰も居ないのか、それなら決定だ。えっと、名前はなんだ?」
そこでダイから『そいつの名前も知らないで族長にしたのかよ!』と突込みが入ったがスルーだ。
このオークの名前は“オウドール”と言うそうだ。
これでババルドのいた北の“凍え山”とか言うオーク族も、このオウドールが仕切る事になった。
「そうだな、二つの部族を合わせてオウドール族とするか。俺達魔物パーティーとオウドール族で、“魔物オウドール混成軍団”とする。一応貴様らにも聞いておく、死にてえ奴は――――間違えた、文句ある奴がいたら今ここで手を上げろ!」
誰も手を上げない。
俺がオーク達を見回すと、逆に目を逸らされる。
良し決まりだ。
「オウドール族長、後は任せたからな。期待してるぞ」
俺がそう言うとオウドール。
「良いのか、本当に俺が族長で?」
「何を言ってやがる、お前しかいないだろ」
オウドールが嬉しそうだ。
「ほら、オウドール。皆の前で挨拶しろ」
オウドールは頷くと、数歩前へと出た。
するとオウドールの周囲に空間が開ける。
そしてオウドールは大きく息を吸い込むや、口を開いた。
「今から俺が族長だ。逆らう奴は容赦しねえ、分かったか!」
「「「おお!」」」
一斉に返事が返ってきた。
こうして騒ぎは収まりを見せた。
後で知ったことだが、オークの二つの部族が統一されるのは、非常に珍しい事らしい。
この大陸には大きなオーク部族の勢力が三つあり、その二つが統一されるということは、実質的な勢力を比べれば一目瞭然で、この大陸のオーク族の頂点に立つ事になる。
それを考えたら、誰もが族長になりたがるのも納得がいく。
そしてそれから数日もすると、金鉱山での収入が俺の元に送られて来た。
人間側から、つまりレンドン子爵から俺の取り分が送られて来るのは分かる。
しかし何故かオーク側からも送られて来た。
それもオークの取り分の殆どの金がである。
わざわざ大がかりな輸送部隊を組んで、その大金を持って来たのだが、その部隊がどうもおかしい。
だって百人はいるし荷物も多い。
俺が輸送部隊の隊長に「何で俺の取り分がこんなに多いんだ」と、問い詰めても命令されただけで知らないの一点ばりだ。
さらに俺がそんな事をやっている間に、オーク達が何やら荷物を降ろし始めたらしい。
「ライさん、オーク達が何か始めましたですわ」
ハピの言葉を聞いて俺も知った。
見に行けば、俺の家の近くに天幕を張り出した。
「おい、そこで何してる!」
俺がちょっと強い口調で言うと、慌ててオークの一人が走り寄って来て言った。
「ここ、エルドラ、駐屯地、設営、です」
そこでもう一度隊長を呼び寄せ詰問する。
「駐屯地ってどういうことだ」
「ライ殿、魔王軍の前哨基地だ」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「おい、魔王軍ってなんだよ」
「ああ、魔物オウドール混成軍団を略して“マオウ軍”」
「略すな!」
そうは言ってみたのだが、言われたオークは困った様子。
「と言われてもなあ。名称が長いから、オーク族の近隣に伝えたら勝手に略されたんだよ……」
そんな呼ばれ方してみろ、裏で仕切ってる俺がまるで魔王みたいじゃねえか。
本物の魔王が殴り込んでくるぞ。
俺の名前をかたる偽者はどいつだってな。
「なら一切略すな、良いな?」
「ああ、わかった」
「それから、駐屯地はいらない。撤収しろ」
「それは無理だ。人間の貴族がライ殿の近くにしろって言ってたからな」
レンドン子爵だな。
金鉱山の取引条件に、領内にオークの滞在というのがあったな。
金鉱山の監視役のオークだ。
それでオークは街で問題を起こすから、俺の家の側にしろとでも言ったんだろ。
「分かった。なら人数は十人までだ。それ以上は却下する」
結局、俺の家の近くには、オークキャンプが出来上がった。
オーク達はここから毎日金鉱山へと、監視役として通う事になった。
しかし考え方を変えれば、留守を彼等に頼めば、安心して家を空けられる。
それは非常に助かる。
あとは魔王が攻めて来ない事を願うだけだ。
次の投稿は明日の夕方頃の予定です。
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