62 人をだますのは最高の遊戯だった
ターナー伯爵は興奮した様子で、“必斬のナイフ”を食い入るように見ている。
「おっと、ターナー伯爵、勝手に“必斬のナイフ”に触らないでくれ。これは非常に珍しく、貴重なアイテムなんだ。何でも、とある貴族に金貨千枚で売ってくれと言われたそうだが、勇者ハルトはそれを断ったそうだからな。さすが勇者ハルトだよな」
念の為、勇者の持ち物という事を強調しておく。
ターナー伯爵なら汚い手を使いかねないから、その予防線だ。
「金貨千枚でもか……それで、どんな魔道具なんだ。早く教えてくれ」
これでこのナイフが金貨千枚以上の値打ちがあると印象付けられたな。
さて、次の段階だ。
「そうだな、ならば手っ取り早く実演しよう。その前に用意して貰いたい物がある」
ターナー伯爵の部下に、金属製の鎧兜と果物を持って来るようにお願いした。
しばらくして金属製のヘルムと数種類の果物が用意された。
さすが金持ちだ。
ヘルムはしっかりと頑丈そうな作りだ。
テーブルの上に金属製のヘルムを置き、その中に果物を詰める。
中に入れたのは美味しそうなメロンだ。
そこで俺はナイフを手に持って言った。
「このナイフが“必斬のナイフ”と言う理由だが―――」
そう言って俺はナイフで金属製の鎧兜を切りつけた。
「―――狙った物だけが切れるからだ」
そこで鎧兜の中身をターナー伯爵に見せる。
すると中に入っていたメロンが真っ二つ。
“果物ナイフ”、それは果物しか切れないナイフだ。
「おおおっ、これは、これは凄い!」
ターナー伯爵は大興奮だ。
これで相当このナイフに執着してきたよな。
しかしこいつ、相当なドロップ・アイテムオタクだな。
「ターナー伯爵、これだけじゃないぞ」
俺は使用人にリンゴを持たせて立たせる。
しかし持ち方は両手でリンゴを覆う様に持たせた。
そうなるとリンゴを切るには手が邪魔になる。
そしてこう言った。
「標的はそのリンゴ。それ以外は傷付けない。見てろ」
俺は派手な格好で“果物ナイフ”を振り回す。
リンゴを持った使用人が「ひっ」と声を洩らした。
俺がナイフを振り終わるが、リンゴを持った手に異常は見られない。
そこで俺は一言。
「リンゴを見てみろ」
ターナー伯爵は慌てて使用人の手元に近付き、奪う様に林檎を受け取った。
「おお、凄い、凄いぞ。リンゴが四等分に切れてるぞぉっ!!」
ターナー伯爵は大喜びだ。
これで前振りは終了だ。
俺はゆっくりと椅子に座る。
「これが勇者ハルトから預かった果物―――」
「果物?」
「―――“必斬のナイフ”だ」
そう言って、そのナイフをさっさと布に包む。
するとターナー伯爵が慌てて俺に詰め寄って来た。
「あ、あ、待ってくれるか。そのナイフ、ぜひとも私に売ってくれ!」
掛かったな。
俺は平然と布に包んだナイフを懐にしまう。
「そうだ、勇者ハルトから言われていた事があった。確か金では譲るなってな」
それを聞いたターナー伯爵はワナワナと震えながら、少し怒鳴り気味に言った。
「金貨千二百枚、いや千五百枚出してもか!」
マジか!
ちょっと心が揺れるが……
「勇者ハルトは、金は腐るほど持ってるらしいからなあ。なんせあんだけ強いんだ。幾らでも稼げるだろ」
「ならば、ならば、どうしたら譲ってくれるというのだ」
はいはい、思惑通りじゃねえか。
「勇者ハルトは魔道具となら交換しても良いって言っていたな。俺に全権を任せてくれると言ってたから、良い魔道具があれば交換しても良いぞ」
それを聞いたターナー伯爵は笑顔になる。
「よおし、そられなら話は早い。付いて参れ!」
おっと、まさか魔道具の倉庫とかに連れて行ってくれるのか!
俺はターナー伯爵の後に付いて、魔道具があるらしき場所へと向かった。
厳重に管理されたとある部屋。
案内された部屋は倉庫というよりも、展示室だった。
「どうだ、私のコレクションは!」
棚に綺麗に並べられた、数々の魔道具らしき品物。
オドロオドロしい物品やら、ピカピカな武器まで、多種多様はな品物が飾られていた。
もちろん部屋を明るく照らすのも魔道具だ。
そこでターナー伯爵。
「一応言っとくが、ここにある魔道具をどれでも交換して良い訳じゃないからな」
俺の知った事じゃない。
俺はその中から、良さそうな物を選ぶ事にした。
「ん? このコップは……」
盗まれたコップが、堂々と飾ってあるじゃねえか。
それに気が付いたターナー伯爵が、気まずそうな顔をしている。
笑いが込み上げてくるのを堪えながら俺は言ってやった。
「おや? 何だか見覚えのあるコップだな」
ターナー伯爵の顔が歪む。
「そ、それはだな、えーっと、や、闇市で手に入れた物なんだ」
ラミやハピが嘘をつく時と同じリアクションだな。
ま、話を変えてやるか。
「そうか、おっ、この弓はどういう物なんだ」
「おお、その弓か。それはな、マジックミサイルの弓だよ。矢が必要ないんだ。矢が無くても無限に射れる弓だぞ。これを手にれるのに―――」
「じゃあ、こっちは?」
「ああ、そのワンドはパラライズ魔法が呪符されているんだ。そのワンドはなんといっても装飾が―――」
「これは?」
「そ、それはだな、視認阻害のマントだな。完全に消える訳じゃないがな」
「ほほう、視認阻害なのか。それは良いな……ならその三つと交換だ」
ターナー伯爵の動きが止まる。
そしてカラクリ人形のような動きで、顔をこちらに向けて言った。
「へ? 三つだと?」
「何度も言わせるな、今の三つだ」
俺はターナー伯爵がつべこべ言っている間にも、三つの品物を集め出す。
持って帰る気満々なのだ。
「待て、その三つは全部ダンジョン産のドロップアイテムだぞ。見ろ、どれも魔法石がないだろ、ダンジョン産の品物の証拠だ。その三つと交換だと?」
ダンジョン産をわざわざ選んだんだよ。
「あの“必斬のナイフ”は過去に似た様なアイテムは現れてないって聞いたぞ。つまりレア・アイテムらしい。この程度のアイテム三つと交換なら安上がりだろうに」
ハルトにはゴミアイテムって言われたけどな。
「レ、レア・アイテムなのか……で、でも三つはどうかと思う。せめて二つにしてくれないか」
ターナー伯爵は必死だな。
こっちは笑いを堪えるので必死なのにな。
「勇者パーティーは三人だぞ。アイテム三つ貰わないと喧嘩になるだろ。まあ俺はどうでも良いことなんだがな。伯爵が嫌というなら仕方ないな。この件はなかった事にするか」
俺が部屋から出ようとする。
「待て、待て、待てと言ってる。誰も嫌とは言ってない。その条件で交換する!」
必死な伯爵を見てると笑いが込み上げてくる。
くそお、笑いたい!
今の俺はきっと物凄い顔をしているな。
「そ、そうか、ならば交渉成立だ……ぷっ」
「どうした?」
顔面の神経がつりそうだ。
「い、いやああ、何でもない……くっ」
俺は懐から出した布を渡す。
ターナー伯爵は直ぐに中身を確認した。
ちゃんと取っ手が布に包まれたナイフが入っているのを見て、安心したようだな。
「ちゃんと渡したからな、これは貰っていくぞ」
俺はそう言って貰った魔道具を抱えて、スタスタと部屋を出た。
逃げるようにして。
次の投稿は明日の昼頃の予定です。
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