58 スラム街へ行ってみた
ターナー伯爵が、裏で糸を引いていた可能性が高い。
だが証拠がある訳でもなく、それはあくまでも憶測に過ぎない。
仮に証拠があってもしらを切り通し、権力でもってその証拠を握りつぶす。
それが彼ら人間のやり方だ。
俺としても、どうにか仕返しをしてやりたい。
コップは俺がダンジョンから持って来た物だからな。
まずはターナー伯爵が黒幕だという確証が欲しいな。
実は伯爵の部下が勝手にやったのかもしれないし。
しかし、餌は撒いた。
俺がダンジョン産の装備を持っているという情報だ。
あの口ぶりならきっと引っ掛かる。
こうして俺達は、王都からエルドラの街へと元の道をたどって行った。
さすがにダック族のいた池の近くでの野営は避ける。
しかしそれでも、日ノ出近くになって襲撃を受けることになる。
それはもちろんダック族だ。
これでターナー伯爵の仕業というのが、ほぼ確定したようなものだ。
だが今回は前の時とは違う。
襲撃がある前提で野営したからな。
まずは周囲に張り巡らした鳴子が、カランカランと音をたてた。
そして襲撃に来たダック族を逆に、襲撃してやった。
ガーガー、グワッグワッとアヒルの鳴き声が響き、ダック族が次から次へと倒れていく。
ダックと人間では、人間の方が二倍以上の大きさがある。
体格差というのはそのまま攻撃力に反映する、つまりまともに正面からやり合うと人間の方がダックを圧倒するのだ。
そこに魔物のラミアとハーピーが加わるのだ。
もうこれは一方的な蹂躙でしかない。
気が付けば、ダック族の半数が逃げ出している。
そして俺の目の前には、逃げ遅れた十人ほどのダックが囲まれている。
その中には指揮官らしきダックがいた。
「絶対に逃がすなよ。逃げようとした奴から羽根をむしれ。今日の食事にまわす!」
俺はダック族に聞こえる様に脅しのつもりで言ったのだが、ラミとハピに上手く通じてくれる事を願う。
「そこの丸々太ってるお前っ、早く逃げ出せっつうの!」
そうラミが叫んでいる。
やはり通じてないか……
するとハピも。
「何で逃げないのですわ、もう我慢出来ませんわ!」
ハピが飛び掛かろうとしたその時だ。
「待て、降伏するグワ」
ダック指揮官がそう言ってきた。
その時「ちっ」と舌打ちが聞こえた。
「今、舌打ちしたのってラミとハピか?」
「さ、さあ、わ、私には聞こえなかったな」
「な、何の事か解らないでひゅ、ですわわ」
基本、魔物は嘘が下手だ。
「そう言えばハピ、ダックの隊長と知り合いだったんだよな」
するとハピ。
「そうですわ。以前その隊長の部下を喰ってやったんですわ」
「そういうのは知り合いとは言わねえ!」
まあ良い。
今回は生きたままダックを捕らえるのが目的だった。
誰に頼まれたか聞くためだ。
そこでターナー伯爵の名前が出れば、襲撃の主犯と確定する。
それで早速、個別に尋問していった。
尋問はレンドン子爵の家来がおこなった。
ただし、どうしてもという事で、ラミとハピを貸し出した。
尋問の側で立っているだけで、役割りは果たせるらしい。
光景が目に浮かぶな。
尋問の結果を聞いたのだが、ターナー伯爵の名前は出てこなかったようだ。
まあそうか、自らが指示しないか。
バレないように人を介して依頼するか。
そこまで馬鹿でも無いらしい。
そうなると、ダック達から出た名前をたどるしかない。
だけど、たどったところで依頼人に行き着くとは限らない。
しかしレンドン子爵は、相当頭にきているらしく、俺に向かって言った。
「絶対ターナー伯爵がコップを持ってるはずなんだよ。このままじゃ社交界で笑い者だよ。何とか出来ないかな」
「何とかと言われてもねえ」
俺が返答に困っていると、側近の男の一人が俺の耳元で囁いた。
「ターナー伯爵の何か大事な物でも、盗み返せば良いのですよ」
伯爵相手に無茶を言ってくれるな。
捕まったら間違いなく拷問死だぞ。
捕まらなくても人間社会では、お尋ね者となるな。
それは嫌だ。
するとレンドン子爵。
「ここに金貨が十枚あるけど、どう?」
金貨が十枚だと!
「引き受けよう」
するとダイから即念話がきた。
『盗賊になる気か!』
しかしその時には既に、俺の手には金貨の入った袋が握られていた。
▽ △ ▽
久しぶりに我が家へと戻り、再び旅の準備をする。
実はターナー伯爵の領都には、前に一度だけ訪れている。
かなり大きな街で、非常に栄えていたと思う。
その反面で貧困層が多く住み着き、スラム街が広がっていた。
そしてスラム街を根城とした盗賊が暗躍していた覚えがある。
金さえ払えば人間で言うところの悪も正義となる世界。
そういう世界であれば、逆にやりやすい。
情報も金次第で手に入る。
そう言えばオーダーメイドで作った槍を全然使ってない。
その槍を手に俺達は再び出発した。
目的地はターナー伯爵の領都、クレセントの街だ。
馬車に揺られながら、のんびりと街道を行く。
金に余裕があるから、御者も雇ってしまった。
だから俺達は馬車の荷台の上で、ボーっと空を眺めているだけで目的地へ行ける。
最初は「なんて贅沢な時間の使い方なんだ」と思ったが、それも最初の日だけだ。
一日で飽きた。
何とか時間を潰しながら、やっとクレセントの街へと到着した。
三日月型の大きな湖の内側に出来た街で、見る方向によっては島にも見える。
俺達は颯爽と街中へと入って行った。
やはりこの街でも魔物連れは珍しいらしく注目を浴びるのだが、エルドラの街ほどじゃない。
時々だが魔物を連れた冒険者風の者とすれ違う。
獣魔自体は珍しくないのだが、ラミアやハーピーの獣魔が珍しいのだろう。
すれ違う魔物は狼系が多く、たまにホブゴブリンなどもいるくらいだ。
ラミアやハーピーの様なランクの高い魔物はいない。
情報を集める為にはやはりスラム街だな。
すぐに路地裏へと足を向けた。
スラム街に入って少し歩くと、魔物を連れているから注目を浴びるのは当たり前だが、明らかにそれとは違う目付きの奴等が俺達を監視している。
監視しているのは俺達を襲撃したダック族かと思ったが、たまに僅かに覗かせる顔は人間のものだ。
バンパイヤかもと警戒したが、目は赤くはないから違う。
俺は何気ない素振りから、突然そいつに向かって走り出した。
しかしそいつも猛ダッシュして逃げ出す
意外と反応が早いな。
路地奥に入られると厄介だ。
「ラミ、ハピ、捕まえろ!」
「ガッテン!」
「任せて下さいですわ!」
「ワフゥ!」
ラミが身体をくねらせて、路地に入って行く。
ハピは翼を広げて飛び上がる。
そしてダイが走り出した所で、俺は首根っこを捕まえた。
「お前の幼少の身体じゃ無理だろ」
するとダイは「クゥ~ン」と可愛らしく鳴いた。
ダイの首根っこを掴んだままボーっと待っていると、不審な奴らが俺を取り囲み始めた。
逃げた奴とは雰囲気が違う。
物盗りか?
一、二、三、四人……いや、奥にもう一人隠れているから全部で五人か。
逃げられない様にか、前後左右の道を塞がれた。
そして徐々に近付いて来る。
俺はぐるりと周囲を見回しながら言った。
「俺に何か用か?」
凄い勢いでポイントが上がっています。
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