54 風切りスコットと戦った
奴がつぶやいているのは魔法詠唱だった。
あの剣速に加えて魔法となると、かなり強敵になる可能性があるな。
そう言えば、マーカスという凄腕の魔法剣士がいたな。
オークに首を刎ねられたがな。
そして“風切りスコット”が魔法を発動した。
一見何も変わったようには見えない。
いや、そうじゃない。
良く見れば、奴の周囲に風の流れがある。
奴を回る様に風が吹いている。
攻撃魔法は禁止だよな。
そうだとすると、何をしようとしている?
う~ん、迂闊に手を出せないな。
すると相手から攻撃してくれた。
木剣を真横に振るってくる。
風に乗せて更に剣速を上げるのか。
確かに速い、速いがこれくらいなら狼の眼をもってすれば、何ら問題はない。
“風切りスコット”が「くそっ」とか言いながら、必死に木剣を振るってくるが、全て回避して見せた。
攻撃が単調過ぎて回避は楽勝だ。
受け流さずとも回避だけで十分対応出来る。
こうなるとあの魔法は、確かに防御魔法なのではと思えてくる。
試しに俺は、軽く長棍で奴を突いてみた。
突いた先の部分が急に重くなり、持っていかれそうになる。
慌てて長棍を引き戻し、さらに大きく後ろへ下がった。
奴が笑みを見せる。
やはり防御魔法だったか。
しかし長棍の先が少し短くなっていやがる。
あの風がこの長棍を切り裂いたようだ。
それで“風切りスコット”の異名が付けられたのか。
確かに防御魔法だが、使い様で攻撃魔法にもなる様な気がするのだが。
「なあ、その魔法って攻撃魔法でもあるんじゃないのか」
俺は長棍を構えたまま、ストレートに質問を浴びせてみた。
すると“風切りスコット”の代わりに、審判の男が答えてくれた。
「ギリでセーフだ」
バカ言ってんじゃねえよ。
それなら俺も容赦しない。
地面の土を掴む。
すると“風切りスコット”。
「目潰しなんか効くかよ」
俺は構わず土を投げつけた。
当然の事ながら、奴の周囲の風が土を阻む。
だが俺の投げた土は、奴の周囲を回ってから外側に飛ばされる。
つまり一瞬だが奴の視角が遮られる。
その一瞬もあれば俺には充分だ。
右腕の筋肉を盛り上げる。
その腕でもって、奴の顔面に向けて長棍を投げ付けた。
要は奴の風よりも速く、強い力で投げ付ければ良いだけの話だ。
俺の投げた長棍が防御魔法の風を突き抜け、“風切りスコット”の顔面に命中した。
「ぐひっ」
変な声を上げて後ろへ倒れ込む“風切りスコット”。
同時に風の魔法は消えた。
周囲の兵士らから驚きの声が聞こえる。
「何だ?」
「今何が起こったんだ!」
「くそ、早くて見えねぇ」
だが風の魔法のせいか、俺の投げた長棍は威力が弱まったようだ。
それに風の流れで狙いが狂った。
もうちょっと力を加えても良かったようだ。
それと命中したのは顔面とは言え頬の辺りだ。
これならまだ『参った』はしないだろう。
俺は間髪入れずに走り込む。
“風切りスコット”が、必死の形相で起き上がろうと上半身を起こす。
そこへ俺は馬乗りになった。
奴が何か言い掛けるがそんな隙を与えない。
魔法詠唱されたら厄介だからな。
「ま、待て――――ぐふっ、げほっ、ほげっ」
三発ほど連続して拳を叩き込む。
右の拳に奴の前歯が刺さった。
「くそ、まだ抵抗するか!」
俺は拳から『歯』を引き抜いて、尚も拳を叩き込もうとすると、大慌てで審判の男が割って入った。
「ストップ、ストップだ。勝負は着いてる!」
「でもまだ“参った”って言ってないぞっ」
俺がそう言うと、審判の男は“風切りスコット”を指差して言った。
「これじゃ参ったなんて言えないだろ!」
俺は奴の顔面を改めて見た。
確かにそうだな。
前歯が何本も折れて血だらけだもんな。
白目剥いてるし顔が腫れてるし。
しかし危なかった。
人間相手は加減が難しい。
油断すると殺してしまうな。
“風切りスコット”は、高級そうなポーションを顔にかけられている。
死ぬ事は無いだろうが、抜けた歯は生えてこない。
ちょっとだけ可哀そうな事をしたと思う。
そこでふと周囲の目に気が付いた。
試合前とは明らかに違う俺を見る目。
何だろうか。
信じられないといった顔?
驚き?
戸惑い?
しばらくすると、兵士らが口々に言い始めた。
「ガチで英雄じゃねえか」
「勇者を超えたんじゃないか」
「魔物使いスゲーな」
どうやら俺の事を認める様な発言だ。
気を良くした俺は、片手を高々と挙げて叫んだ。
「ヴァオオッ!」
兵士らが驚いた顔して俺を見る。
ヤバイ、調子のり過ぎた。
その後、レンドン子爵が「良い試合を見せてもらったよ」と言って、勝利者賞として特別に銀貨七枚くれた。
ラミとハピに賭けさせた金も回収したら、合わせて銀貨十五枚近くにもなった。
ただその後には、誰も俺と対戦しなくなったがな。
その試合後から兵士達は、俺を客人としてだけでなく、武人として接してくれるようになった。
「あの強さがあるからこそ、魔物を従える事が出来るんだ」と言われるようになった。
だからと言って仲良くなった訳では無い。
しかしそれ以来どういう訳か、剣や槍の訓練を兵士にする羽目になった。
ただし旅の間だけだがな。
その中には前歯が欠けた“風切りスコット”もいる。
そんな中、王都まで後少しのところで事件は起きた。
その日は街の宿ではなく、池の側での野営だった。
朝方だろうか、辺りが明るくなりだした頃だ。
朝靄の中、鳥の鳴き声が聞こえだす。
そろそろ皆が起き出す時間。
「敵襲~!」
心地よい静寂を打ち破る叫び声。
俺は飛び起きて周囲を見回す。
ダイが可愛らしい仕草で、鼻をクンカクンカしている。
そんな子狼のダイが念話で伝えてきた。
『風下から来たようだ。臭いがしない。解ってやった奴等なら、気を付けなくちゃいけないぞ』
声がした方向を見ると、すでに戦闘している兵士がいる。
敵の声だろうか、やたらガーガーと騒がしい。
池の方向からだ。
薄暗い中、なんとか確認出来たのは、味方兵士が槍を振るっている後ろ姿。
そこへ次々に味方兵士も戦闘に参加して行くが、一向に撃退する気配がない。
変なのは、敵の姿が見えない事。
不審に思ったダイが様子を見に行ったのだが、何故かニヤニヤしながら帰ってきた。
「ダイ、敵は何だった?」
『驚きだぞ、アヒルが攻めて来たんだよ。ひゃっひゃっひゃ』
子狼になっても、相変わらず変な笑い声を念話で伝えてくるんだな。
しかしアヒルの襲撃とはな。
次の投稿は明日の朝の予定です。
面白かったら「いいね」ボタンよろしくお願いします。