53 余興試合が待っていた
俺は一旦家に戻り獣魔を引き連れて、再びレンドン子爵の屋敷に向かった。
するとそこには、すっかり出発の準備が整った兵士達がいた。
騎馬兵もいるし、馬車は複数台の準備がされている。
兵士以外にも使用人のような恰好の人も多数いる。
俺達が到着すると、兵士達が一斉に整列した。
俺が馬車から降りると槍を交差させて、トンネルの様な通路を作る。
その中を通って行けってことだろうな。
しかしその光景は圧巻に尽きる。
整列の動作を見れば、これは普通の兵士とは違うと解る。
良く訓練されている。
俺は獣魔を連れて馬車から降りて、その槍のトンネルを進むと、その先には一台の馬車が止まっていた。
その一際目立つ小綺麗な馬車の窓から、何者かが顔を出して言った。
レンドン子爵だ。
「ライ遅いよ、待ちくたびれちゃったよ。あれ、ダイアウルフが子狼になったんだ。触って良いか?」
そう言ってレンドン子爵は馬車から降りて来ると、馬車を外から窺っていたダイをかっさらって行く。
「えっと……」
次の言葉に詰まる。
まさかレンドン子爵も一緒に行くのか?
馬車に乗ってるって事は、そうなんだろう。
そうか、この精鋭っぽい兵士は子爵の護衛なのか。
それ以外の使用人っぽい人達も、子爵の世話をするためか。
獣魔達の表情を見ると、露骨に嫌な顔をしている。
気持ちは分かるよ、俺だって嫌だからな。
「もしかしてだが、レンドン子爵も一緒に行くのか?」
と俺が確認すると、ダイをモフモフしていたレンドン子爵が手を放し俺に向き合う。
「うん、そうだね。王都での英雄行事に、領主が付いて行かないのは問題だからね」
俺達にとっては一緒に来る方が問題なんだがな。
ダイは凄い速度で逃げて俺達の馬車に飛び乗って隠れた。
しかし騎馬兵に馬車が数台、それに加えてロバに牽かれた荷馬車も数台ある。
まるで戦争に行くみたいだ。
出発の準備を椅子に座って眺めていたレンドン子爵が、準備の終わりと共に重い腰を上げた。
「ライ、じゃあ出発しようか。あれ? 子狼がいなくなった」
レンドン子爵の出発の言葉で、兵士達が一斉に馬や馬車に乗り込んで行く。
俺も慌てて自分の馬車に乗り込もうとすると、使用人の一人が「ライ様はこちらでございます」と言って、子爵が用意した馬車に乗らせようとする。
「すまんが獣魔と一緒の馬車で行く。いざという時にその方が獣魔に命令できるからな」
などと、もっともらしい事を言ってやんわりと拒否すると、王都に入る前には馬車を乗り換えてくれと、逆に説得された。
こんな薄汚い馬車に魔物と一緒に乗り込んでいるのは、王都市民に対して印象が悪いかららしい。
早い話、レンドン子爵の領民として恥ずかしいって事だ。
と言われてもなあ、俺は魔物使いって設定だしな。
取り敢えず今は自分の馬車で行く。
隊列が進みだすと、俺達の馬車の前後に騎馬兵が付いた。
護衛のつもりらしいが、正直言わせてもらうと獣魔達の方が強いから、いざという時には邪魔になるだけなんだがな。
いくら精鋭と言っても、所詮は人間だし。
街道をひたすら進み王都を目指すのだが、兎に角やることがなく暇である。
街を通る都度に休憩はとるのだが、街に立ち寄ったところで、やることなんて食うくらいしかない。
一週間もするとラミとハピが太ってきた。
「なあ、ラミにハピ。このままだと二人はデブガエルになっちまうぞ。それでもいいのか?」
俺のこの一言が効いたみたいだ。
「ま、まさか、この私がデブガエルに変化するだと? マ、マズイな、それは」
「デブガエルは嫌ですわ。でも食べるしか、することがないのですわっ」
暇をもて余してるのは、何も俺達だけじゃない。
兵士やレンドン子爵までもが、ダラダラしている始末だ。
その夜のことだ。
その日は川の側での野営だった。
皆の前に突然レンドン子爵の側近の一人が立った。
「皆の者、聞いてくれ。これより余興を行いたいと思う」
余興とは、何をする気なんだろうか。
ただ、暇をもて余してるから興味が湧くな。
側近は話を続ける。
「これより剣術大会を執り行う。勝った者には銀貨一枚、それは何度でも構わない。勝ち続けた数だけ支払おう!」
途端に男どもから歓声が上がる。
早々と参加希望者が前に出て行き、名乗りを上げていった。
ここに居るのは精鋭兵士ばかりとあって、名乗りを上げた兵士達は、どいつもこいつも体がでかく強そうだ。
そこに混じって女性の名乗り声が聞こえた。
「私は魔物のラミアにして銀等級冒険者のラミ。その戦いに参加する!」
お前は獣魔、銀等級冒険者じゃないから。
ラミの参加表明に場がザワついた。
そこで側近の男が言った。
「あ、魔物の参加は禁止ってことで」
当たり前だ。
ラミが一人勝ちするからな。
ここにいる連中が一対一では、レベルが違い過ぎて不可能だ。
「あら、それでは私も駄目ですわね」
ハピも参加する気だったらしい。
そこへレンドン子爵が、俺に声を掛けてきた。
「ライは出ないのか?」
いや、俺も魔物なんだが。
しかしそれを知らない子爵は、執拗に俺に参加する様に勧めてくる。
良いの、知らないよ?
俺が全部勝っちゃうよ?
獣魔の力量は見せたが、俺の強さを知っている人間は殆どいないからな。
レンドン子爵達も、俺個人の実力を知りたいのだろう。
それなら少しだけ暴れるとするか。
「そこまで言うならやってやるが、怪我人が出ても知らないぞ」
俺のその言葉に、怒りの表情をする兵士が沢山いる。
別に怒らそうと思って言ったんじゃないんだがな。
本当に心配なんだよ?
そこへ兵士の一人が俺の前に歩み出て言った。
「言ってくれるじゃないか。なら、まず俺と勝負してくれるか」
すると周囲の兵士らが急に盛り上がり、あちこちから声が上がった。
「よっ、待ってました“風切りスコット”」
「“風切りスコット”、魔物使いを思い知らせてやれ」
「“風切りスコット”、やっちまえ!」
二つ名持ちがいるのか。
見たところ剣士っぽいな。
人間にしては強そうだ。
そこで側近の男がルールの説明を始めた。
俺とこいつの対戦は確定らしい。
武器は木剣や棍棒なのだが、俺は槍が希望だから、人間の身長より長く細い棒を選んだ。
ルールは相手が気絶するか、参ったするまでだそうだ。
魔法は使っても良いが、攻撃魔法は使用禁止。
俺と“風切りスコット”は試合の準備を進めると、兵士達の間で賭けが始まる。
聞き耳をたてると、圧倒的に俺が負けると見られているようだ。
「ラミ、ハピ、俺が勝つ方にこれを賭けてくれ」
そう言って俺はラミとハピにそれぞれ、銀貨を指で弾いて渡した。
審判役の兵士が俺と“風切りスコット”の間に立ち、改めてルールの確認をする。
“風切りスコット”からの圧が凄い。
説明の間ずっと、睨み付ける様な視線を浴びせてくる。
あまりの必死な表情に、思わず笑いそうになるがなんとか堪えた。
すると。
「おい、何が可笑しい」
あ、バレたか。
俺は口に手を当て堪えながらも、なんとか平然を装って言葉を絞り出した。
「い、いやな、楽しそうだなと、思ってな」
「余裕こいていられるのも今のうちだ。すぐ地面に這いつくばらせてやる」
「ああ、出来るならやってみろ」
そこで試合開始の声が掛かった。
男は「うらあああっ」と叫び声を上げながら突っ込んで来た。
まるでチンピラだ。
しかし、その木剣の振りの鋭さに驚かされる。
見た目のチンピラ度合いと違い、剣速は予想以上に速く、俺は思わず後ろに大きく下がった。
目の前を音をたてて木剣が通り過ぎる。
「うおっ、危なっ」
俺が声を漏らすと、男がニヤリと笑う。
そして何かつぶやき始めた。
次の投稿は明日の朝の予定です。
面白かったら「いいね」ボタンよろしくお願いします。