52 英雄になるようだ
ダイは新規での獣魔登録をした。
ダイアウルフの死亡届の処理を行ったら、新規の獣魔登録上の名前は再び『ダイ』で通ったのだ。
生きている獣魔の名前が重ならないなら良いらしい。
だが今回の狼種はダイアウルフではない。
ギルド員曰く『銀狼』だそうだ。
今は白っぽい色だが、大人になれば毛が生え変わって銀色になるそうだ。
毛皮が高価で取り引きされるから気を付けろと言われた。
ダイならその心配は不要だとは思うが、今はまだ幼狼だし新しい身体に慣れていない。
しばらくは補佐しないとな。
それから俺は壊れた槍の代わりに、新しい槍を注文した。
金にちょっと余裕があるから、オーダーメイドだ。
ただし出来上がるまでに時間が掛かる。
そして十日間ほどしてからだった。
陽が昇る前に、自宅に使いが来た。
領主であるレンドン子爵からの呼び出しだ。
しかしこんな時間に使いを寄越すとは、依頼を始める前の、確実に家に居る時間を狙いやがったな。
仕方がない、覚悟を決めて行くとするか。
ただ今回、獣魔は留守番させようかと思う。
特に連れて来いと言われてもいないし。
また戦わされても困るからな。
というわけで、今回は俺一人で出掛けるつもりだ。
危なくなったら、迷わず変身して逃げれば良い。
簡単に装備を整えて、さて出発しようかと思ったら、子爵の使いの者が外でまだ待っていた。
「もしかして、この馬車に乗れってことか?」
俺が馬車に近付くと、近くにいた兵士が馬車の扉が開いた。
「ライ様、どうぞお乗り下さい」
用意が良いな、おい!
「獣魔は連れて行かないが、構わないよな?」
そう聞くと「獣魔に関しては何も言われてません」との返答。
なら俺一人で、レンドン子爵の屋敷に行くとするか。
屋敷に着くと俺は、応接室みたいな部屋に通された。
今回は謁見の間じゃない。
応接室には誰もない、俺が一人だけだ。
そこで待つ様に言われた。
椅子がベッドみたいにフカフカでちょっと驚く。
どうせまた一刻くらいは待たされるだろうと思い、フカフカの椅子で飛び跳ねて弾力を楽しんでいると突然扉が開いた。
レンドン子爵と側近達だ。
一瞬だけ驚いた表情をして俺を見るが、何事もなかったように俺の対面の席に着く。
レンドン子爵は相変わらず少年の様な姿をしている。
そして俺を真剣な眼差しで見る。
俺も慌てて姿勢を正した。
レンドン子爵は「ふう」とタメ息をつくと、唐突に話を始めた。
「ちょっとね、面倒な事になってきちゃったんだよ。ええっと、その前に確認で聞いておくけど、ダンジョン討伐したんだよね?」
「ああ、心臓みたいな宝石は叩き割った。それが討伐と言うなら俺が討伐したって事になるな」
「やっぱり、間違いないか。そうなるとライ、君はあっちこっちから引っ張りだこになるよ」
どういう意味だろうか?
「すまんが、俺には理解出来ないんだが」
「そうだね。例えば、他の領主から爵位を与えるからうちの領地に来ないかーとか。また別の領主からは娘と結婚しろーとか」
ああ、なるほど。
力のある者を自分の領地に引き抜こうとするっていうのか。
「そういうのは俺、間に合ってるんで」
「アホ、私に言ってどうする!」
側近達は笑いを堪えるのに必死だ。
何故か受けたようだ。
プンスカするレンドン子爵に、側近の一人が耳打ちする。
そして気を取り直した様子で、再び話を始めた。
「実はね、実際に接触しようとしている人がいるんだよね」
「俺は会う気はない。断ってくれて構わない」
すると困った顔をしながらレンドン子爵は言った。
「だいたい接触を試みてきたのは、地方領主ばかりなんだけどさ、その辺は私から断れるんだけどね。中には断れない相手が混じってるんだよ」
「子爵より爵位が高い相手とかか?」
「いや、いや、そんなレベルじゃないよ。相手は我がトルベリア王国の王様なんだよね~」
まずいな。
それは避けないといけない。
魔物が人間の王に会うとか、やっちゃいけない事のひとつだろ。
でも人間として生活している俺は、拒否するという選択肢はないんだよな。
「王様に俺が会ったとして、俺はどうなるんだ?」
「“英雄”の称号を賜るんだよ」
称号?
「その称号ってのは何だ。もらうとどうなるんだ」
「う~ん、難しい質問だね。簡単に言えばね、国がライを英雄と認めるみたいなもんかな、それから、その称号があると貴族待遇ってところかな。まあそれくらいしか良いとこはないよ。あとは“名誉”の問題くらいだね」
人間の名誉なんていらないんだが。
それに偉くなって威張りたい訳でもないしな。
人間の中で偉くなっても意味がない。
今のままで良いのにな。
「それって断れないんだよな?」
「言うと思ったよ。でも王国で暮らすなら断れないよ。幸いだったのは、私の領地内で家を買ったことだよ。その時点でライは我が領民だからね。大抵の貴族のお誘いは、私が代わりに断ってあげるよ。それと王様であっても、他の領地の領民を寄越せ、なんてのは簡単には出来ないからさ」
う~ん、家を買ったのは正解だったのか?
でも俺は、このレンドン子爵の領民になってしまったのかよ。
どうなんだろ?
「それで俺はいつ王様の所へ行けば良いんだ」
「出来るだけ早い方が良いけど、一応だけど護衛をつけるね」
やめてくれ、人間の護衛とか邪魔でしかない。
「いや、獣魔がいるから護衛はいらない」
そうは言ってみたのだが、そうもいかないらしい。
「レンドン領地から送り出すのに、護衛が一緒じゃなきゃ体裁がとれないんだよ。悪いけどそこは我慢してよ」
そう言われてしまえば仕方ない。
どうせ護衛兵士以外にも文官貴族が引っ付いて来て、そいつらの護衛も一緒に来るんだろうしな。
レンドン子爵は「ああ、言い忘れた」と前置きした上で言葉を付け足した。
「英雄の称号を貰うとね、王様から報奨金が貰えるよ」
報奨金だと!
「い、幾らだ?」
「良く分かんないけど、金貨三十枚くらいじゃないの?」
「わかった、直ぐに出発しよう!」
人間の生活で学んだ事、第一位は『金は天下の回りもの』だ。
次の投稿は明日の朝の予定です。
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