45 勇者に情が移った
「待てっ!」
俺は勇者達を止めていた。
思わず出た言葉だ。
自分でもちょっと驚いている。
俺の声に、先頭を行く勇者ハルトが足を止めた。
ラミとハピが「何で?」といった表情で俺を見る。
ダイからは『情が移ったか?』などと念話を送ってくる。
そうだ、ダイの言う通りだ。
彼らの前の世界での状況を聞いて、情が移ってしまったらしい。
それに勇者達は、魔物のラミやハピでも、憎悪の目で見ていない。
こいつらは貴族に言われて魔物を討伐したり、ダンジョンを討伐しに来ただけだ。
魔物への理解もある。
人間の中にも盗賊みたいな悪い奴等が居るように、魔物の中にも良い奴と悪い奴が居ると考えているっぽい。
そう考えたら、勇者といっても普通の人間達より良い奴に思えてきた。
俺は意を決して注意を促した。
「そこにトラップがある。両側の壁から炎が出る。気を付けろ」
「うわっ、マジか!」
そう言ってハルトは、地面の作動の仕掛けを大きく飛び越え、トラップを回避した。
そして「ライ、サンキュー!」と笑顔で返す。
ハピが近付いて来て、俺の耳元で小声で言った。
「あいつら人間ですわよ、それに勇者ですわよ。ライさん、どうしちゃったのですわ」
「ああ、知ってるよ。俺もどうかしてると思うよ。でも今は俺のやりたいようにさせてくれ」
「良く分からないでけど、了解ですわ」
「すまんなハピ」
ハピはそのままラミの耳元で、何か話している。
恐らく今の俺の言った内容を知らせたんだろうな。
助かるよ。
俺は勇者のレベルを考えて、出来るだけ弱い魔物が出現する場所を選んで案内した。
それで分かったのだが、彼らは魔物の種類による強さの差を把握していなかったようだ。
相手の強さが分からないから、初めからそこそこの力で挑んでいるのだ。
結果、オーバーキルとなっている。
しかし一度倒した魔物の強さは理解していて、次からは魔法の無駄使いもしなくなった。
そして広めの場所で休憩を取ることになった。
そこで俺は驚いたのが、ハルトの持つマジックバッグだ。
普通は高いものでも一樽分が良いとこだ。
それでもかなり高価な魔道具なんだが、ハルトのマシックバッグは樽どころじゃない。
倉庫くらいの収容量が、あるんじゃないだろうか。
肉を焼くからと、丸々一匹のブッシュ・バックを取り出したのだ。
そして肉を切り取ってまた収納していた。
「なあ、ハルト。そのマジックバッグはどれだけ入るんだ?」
容量を知りたくて聞いたのだが、返ってきた言葉は俺の想像を超えていた。
「神様から無限収納って聞いたんだけど」
駄目だ、最早俺の頭のレベルを超えている。
やはり勇者だ。
そう理解することにした。
そしてバグベアーの部屋に来た。
扉はちゃんと直っている。
さて問題はここからだ。
「ハルト、この中にバグベアーが出現するんだが、中に入ると扉が閉まる。狭いから入れるのは二人くらいまでだな。それでだ、だれが入るかの人選だな」
「そうか。うーん、ライは入ったことあるのかい?」
「ああ、あることはあるな」
「なら僕と一緒に入ってくれないかな」
そうきたか。
仲間の女じゃなくて俺か。
するとダイからの念話。
『二人っきりなんて、これはチャンスだぞ。今の勇者なら楽に倒せる。あと数ヶ月もすると今より強くなるだろうから、これが最後のチャンスかもしれないぞ』
確かにそうだ。
勇者を倒して魔物を倒し、扉が開いたら勇者は魔物に倒されたと言うだけだ。
それで俺の返答。
「分かった、ハルトに付き合おう」
全く疑うような事もない。
初めて会ったばかりだというのにだ。
無限収納出来るバッグを見せておいて、ちょっと油断しすぎだね。
普通は狙われるぞ。
こいつらは馬鹿なのか、世間知らずなだけなのか。
俺が思うに、単にお人好しなだけなんだろうな。
「ライ、準備は良いか?」
「あ、ああ、俺はいつでも良いぞ」
勇者ハルトと俺は、バグベアーの部屋へと突撃した。
扉が閉まると直ぐに、バグベアーが壁から湧き出した。
「ハルト、危なくなったら手を貸すが、基本は一人で戦ってみてくれ。ハルトの実力が知りたい」
「そういう事なら最初から全力でいくよ」
ハルトは剣を構えて魔法詠唱を唱え出す。
ハルトの握る剣が光り出す。
もしかしたらあれが光魔法というやつか。
勇者しか使えないという魔法だ。
しかしハルトが攻撃するよりも早く、バグベアーが手に持った棍棒を振り下ろした。
ハルトはそれを盾で受けるが、バグベアーの力を抑え切れない。
後方へ飛ばされて壁に背中から激突するが、それを耐えて見せた。
「次は僕の番だ!」
そう言って、光輝く剣を真横に振り抜いた。
バグベアーはそれを棍棒で受け止める。
「あまい!」
そう言ってハルトは、その棍棒を切り裂いた。
驚いて後退りするバグベアー。
そこへもう一度光輝く剣を叩き込む。
ただし今度は、頭上から真下へ切り下ろした。
「エクストラ・スマッシュ!」
剣はバグベアーの頭にぶち当たると、火花を散らしながら、縦に真っ二つに両断した。
するとバグベアーは煙となって消える。
後には何の変哲も無さそうな、一本のナイフが残った。
ドロップ・アイテムだ。
ハルトは「やった、ドロップ・アイテムだ」と言って、直ぐにナイフを拾っていた。
ドロップ・アイテムのことは知っているようだ。
「ハルト、俺は何の手出しも必要無かったよ。さすが勇者だな」
別にお世辞ではない。
半年間でこれなら充分凄いし、威力も申し分ない。
扉が開くと真っ先に人間の女二人が、ハルト目掛けて駆け寄って来た。
どうやらハルトは二人から好かれてもいるようだ。
ここまで見ていて、どうしても勇者達を殺す気にはなれない。
それなら殺さずに様子を見ているか。
いずれ彼らと戦う事になるかもしれないが、その時はその時だ。
俺としては彼らが勇者として魔王に挑んで、最終的には相討ちが望ましいのだがな。
次の投稿は明日の夕方の予定です。
面白かったら「いいね」ボタンよろしくお願いします。
(評価ポイントとかブックマークとは違います。ランキングに何ら影響しませんけど是非!)