43 勇者とダンジョンに潜った
勇者が現れたということは、魔王が復活したからと考えるのが普通だ。
勇者の加護は、魔王が出現した時にしか現れないらしいからな。
勇者には出会いたくもないが、魔王にだって会いたくない。
勇者は魔物の敵だが、魔王は人間の敵だ。
今の俺達はどうだ?
人間に所属する冒険者ギルドの一員、つまり魔王からは人間の手先と言われかねない。
勇者からは魔物が人間と偽って、人間社会に潜入したと言われる。
俺達の存在は非常にシビアな位置だ。
まずは勇者の訪問に備えなければいけない。
とか何とか言っておきながら、結局は何もせずに時間だけが経過した。
ダンジョンには毎日欠かさず潜ったがな。
そして遂に勇者の訪問の日が来てしまった。
「よし皆、装備の準備は出来ているか?」
全員が頷く。
「保存食は持ったな?」
もちろん全員が頷く。
「もしもの場合の集合場所は覚えてるな?」
やはり全員が頷く。
俺が片手を前に出すと、その上に皆が手を重ねていく。
「俺達最強~!」
「「おー!」」
「ワオーン!」
そんな掛声をしていた時だった。
ダイが何かの匂いに反応した。
『来たぞ、複数の人間の匂いが近付いて来る』
しばらくすると馬車や騎馬が見えてきた。
間違いなく領主部隊所属の馬車だな。
ということはやはり勇者が来たか。
会いたくはないが、どんな奴か見たい気もする。
久しぶりに緊張する。
俺がライカンスロープだとはバレないとは思うが、特殊なスキルを持っているのが勇者だ。
バレた時には逃げる。
加護持ちに戦いを挑んではいけない。
馬車や騎馬が家の前で次々に停車した。
結構な数だ。
俺達は家から出ると、全員でそれを出迎えた。
馬車から最初に出て来たのは人間の女だ。
青色のローブを着ていて、魔法石が埋め込まれた杖を持っている。
魔法使いなんだろう。
だがやたら化粧が濃いし、塗装してあるらしい爪が長い。
次に出て来たのは革製の軽装鎧を着た、これまた人間の女性。
メイスと盾を持っている。
鎧、メイス、盾の全てに聖印が描かれている。
神官戦士のようだ。
しかし、こいつもまた化粧が濃く、髪の毛の色を染めている。
そして最後に出てきたのは若い金髪男。
全身金属鎧を着込んでいるが、首から上は無防備だ。
地面に足を着けるや、頭を振って髪の毛をフワリと揺らす。
「出迎えありがとう。それで僕達に討伐して欲しいダンジョンはどこにあるんだい?」
あ、こいつ腹立つ部類の奴だ。
だがその腹立つ野郎が勇者らしい。
そして魔法使いの女と神官戦士の女は、勇者のパーティー仲間ってところか。
勇者のパーティー仲間となると、かなりの腕前なんだろうな。
特殊スキルとかも持っているか、もしかしてこの二人も加護持ちなのかもしれない。
他の馬車からも兵士達が降りて来た。
兵士以外にも召し使いなんかも多数いる。
その中の一人、貴族っぽい男が俺達の前まで歩いて来る。
一瞬、獣魔にヒビった様子を見せるが、直ぐに平静を装って俺に面と向かって言った。
「お前が魔物使いのライだな」
「ああ、そうだが、何か用か?」
「今から勇者殿のパーティーが、ダンジョンへ入って行く。お前がその道案内をやれ」
命令かよ、腹が立つ~。
だが今は我慢だ、冷静を保て!
「おい、おっさん!」
そう声を上げたのはラミだ。
「ま、魔物が喋った……」
誰もが同じリアクションをするんだな。
ラミはさらに言葉を続ける。
「私らがさ、何でてめえに命令されなきゃならねえんだよ。あんまりうるさいとよ、喰っちまうぞ?」
目の前の魔物にそう言われて、ドシンと尻餅をつくおっさん貴族。
「ひ、ひぃぃ!」
ざまぁみろだ、馬車の中へ逃げて行った。
だがそこへ勇者一行が歩み寄る。
「まあ、まあ、喧嘩しないでくれよ。そうだ、自己紹介からだな。僕はタナカ・ハルト、こっちの魔法使いはスズキ・ヒマリ、そっちの神官がサトウ・リンだ。ああ、そうだ、僕達の居た所では名字が先で名前が後に言うのが慣わしでね」
それにしても変わった名前だな。
こちらも獣魔を含めて自己紹介した。
しかし魔物が喋ることに驚いた様子はない。
そして勇者は平然と話を続ける。
「僕からもお願いするから、ぜひ道案内をしてくれないかな。君達は何回か入ったんだろ」
さらに魔法使いの女と、神官戦士の女も追随する。
「ハルトがそこまで言ってんだから~、道案内位やってくれても良いじゃん」
「そうだよ~、何ケチケチしてんのさ~」
そこへハピがずいっと前に出た。
「こざかしいですわね。チンチクリンの癖にですわ」
そう言ったハピの視線は、人間の女達の胸を勝ち誇ったように凝視している。
ラミに勝てないからってな、人間とそれを比べるとは恥ずかしい奴だ。
人間の女二人は「なっ」とか言いながら、胸元を隠したな。
ラミもラミで、「ふんっ」とか言って腰に両手を当てて、胸を張っている。
胸糞悪い奴等だが、勇者というのは相手が悪い。
ここは堪えて案内役をすることにするか。
「そこまで言うなら俺達が引き受けよう。道案内をすれば良いのだよな?」
すると勇者ハルトが笑顔で答えた。
「ああ、助かる。危険な場所だけど頼むね」
こうして準備もそこそこに、勇者パーティーと俺達魔物パーティーは、ダンジョン内へと入って行った。
勇者パーティーが先頭で、間隔を開けてその後に俺達が歩く。
俺達は道案内だけだ。
ダンジョンに入るなり、魔法使いの女が光の球を出現させた。
すげ~、空中に浮いている。
それは無茶苦茶明るいし、光の球は魔法使いの女が移動しても付いて行くらしい。
“ライト”とかいう魔法らしく、カンテラの代わりに使うそうだ。
いいな、あれ。
少し進むと先頭を歩く勇者が騒ぎ出す。
「何だっ、地面が――うわ!」
「ハルト!」
「ハルト。やだっ、矢が刺さってる」
なんだ、トラップに引っ掛かったのかよ。
ったく、隙だらけの奴だな。
あ~あ、矢がもろに腕に刺さってるよ。
あの矢って金属鎧も射抜くのか。
「大丈夫だ、これくらい……」
「ちょっと待って、ヒールをかけるわ」
神官戦士、凄いな。
ヒール魔法は羨ましい。
「あれっ、傷が完全に治らないわよ」
「もしかして、毒矢なのかも!」
おお、気が付いたか。
それ、毒矢のトラップなんだよね。
「なら、解毒魔法をかけるから、ちょっと待って」
神官戦士、解毒も出来るとか凄いな。
しはらくすると、勇者は完全復活した。
くそ、惜しかったな!
次の投稿は明日の夕方の予定です。
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