22 魔物の支配地域へ入った
俺はレンドン子爵に向かって直接言ってやった。
「この指名依頼って言うんだったかな。これを受けても良いんだが、条件がある」
途端に護衛の兵士達が剣に手を掛け、側近の男も慌てた様子でがなり立てる。
「な、な、何を言うかっ、へ、平民の分際で条件を出すだとっ!」
ちょっと言い方悪かったか?
マズいな、皆さんお怒りモードじゃねえか。
残念ながら俺の獣魔達は別室で、ここには俺一人しかいない。
となると暴れるには敵の数が多すぎる。
そんな一瞬即発の中、子爵が突然スッと立ち上がり、軽く片手を挙げた。
何かの合図だろうか。
護衛の兵士が剣から手を放し構えを解き、側近も襟を正して落ち着きを見せる。
そういう合図のようだ。
そして子爵は挙げた手を下ろしてから一呼吸置き、初めて俺に聞こえる声で話し始めた。
「えっと、ライと言ったわね。条件とやらを聞いてあげる。言ってみてくれる?」
驚いた。
少年何かじゃない、少女の声だ。
どうりで体の線が細い訳だ。
しかし何で男装なんだろうか?
まあ良いか、それよりも条件を聞いてくれるとは、実は良い奴かもしれないな。
さて、それでは―――
「条件は二つだ。条件その一、俺への依頼として冒険者ギルドを通すこと。これはお互いが裏切らないようにするためだ」
「うんそうね、問題無いわ」
「条件その二、俺達だけで行く」
「それは無理。せめて文官を連れて行ってよ」
「うーん、なら一人か二人にしてくれ。それ以上ならこの話はなかった事にする」
レンドン子爵は少しだけ顔を歪ませる。
そして側近達と何度か耳打ちし、最終的には二人の同行者で了解してくれた。
「それと最後の条件として、俺達のやり方に従うことだ」
「ちゃんと交渉に持ち込められるなら、それでもいいよ」
それなら問題ない、交渉成立だな。
それで話し合いは終わり、その日は子爵の屋敷で一泊し、翌朝にはオークの集落へと向かう事になった。
人間の姿をしている俺だけが、またしても客人待遇で、子爵邸での夜は至れり尽くせりと、今迄に無い体験だった。
特にベットの柔らかさには驚いた。
そして翌朝、俺達を待っていたのは馬車だ。
それも只の馬車じゃない、貴族仕様の揺れが少ないやつだ。
六頭だての馬車で、後ろには荷車が二台連結してある。
人間用と獣魔用だ。
わざわざ別けたのだ。
俺は一緒が良かったが、同行する貴族が嫌みたいだ。
その同行者は使者である文官と従者の二人。
文官はオトマル・オンドラ騎士爵、従者がマーカスでこちらは平民のようだ。
文官はひ弱そうな男だが、従者が曲者だ。
こいつは腕が立つ。
視線や動向が、常に周囲の警戒をしていて抜かりがない。
それは俺達に対しても警戒心を緩めない。
恐らく人間の能力としての、限界位まで鍛えている。
それで魔法や特殊能力持ちだと厄介だ。
その従者は三十歳くらいの男性で、長い黒髪を後ろで結んでいる。
一見すると彼も文官の様な恰好をしているのだが、護身用の小剣ではなく、長剣なんか腰に下げている。
明らかに護衛だな。
だが結果としてこの従者がいて助かった。
馬車の手綱を握れるのは、俺かその従者しかいなかったからだ。
危なく俺一人で、行きも帰りも御者席に座る羽目になるところだった。
そして護衛として騎馬兵が二人、人間の支配地域ギリギリまで付いて来ると言い出した。
護衛の兵士がいると、人間支配地域では何かと便利だと言われ、そこは従った。
護衛の騎馬兵がいるだけで、街中では誰もが道を開けてくれるし、店に入れば厚待遇だ。
それと図々しいようだが、ラミやハピが使える武器防具を貰った。
ついでに俺とダイも小剣を新しく取り換えてもらった。
前の剣は山賊からの戦利品で、元からあまり良い剣ではなかった。
それに比べれば、貰った小剣は量産品ではあるが格段に上質だ。
なんせ今回の依頼は冒険者ギルドを通すから、依頼料がある程度決まってしまっている。
そうなると俺は鉄等級、その報酬はたかがしれている。
それで武器や防具などを貰うことで、報酬の穴埋めをしてもらう訳だ。
でも現金でもらうよりは、こっちの方が金額的には圧倒的に高い。
金属の品は庶民にとって高級品なのだ。
ちなみにラミは長剣と丸盾、ハピはハルバートという長柄武器だ。
ついでに厚手の長い布を貰った。
もちろん胸に巻く為だ。
そして人間の支配地域の端の監視所まで来た。
この先には人間は住んでいない。
出会う人間は冒険者や賞金稼ぎくらいだ。
かといって、ここから直ぐにオークの支配地域という事ではない。
人間やオークの代わりに、魔物が蔓延る土地となる。
違う言い方をすれば、魔物の支配地域とも呼べる。
護衛でついてきた騎馬兵二人もここまでだ。
俺の厚待遇もここで終わり。
ここまでは従者と騎馬兵が、交代で御者をやってくらたが、ここからは俺と従者の二人で交代だ。
しかし従者のマーカスは、俺が客人だからと言って御者席を譲らない。
まあ俺は良いのだが、ずっと御者で疲れないか?
こうして馬車は、魔物の支配地域の中を進んだ。
この辺からは極端に道の状態が悪くなる。
通行が少ない上に、整備する者もいないからだ。
真っ先に文官のオンドラが馬車酔いになった。
人間の中でも、かなりひ弱な方だろう。
俺なら人差し指一本で、ピンッと弾いて殺せそうだ、
そんな中、とうとう魔物に遭遇してしまったようだ。
馬車の速度に合わせる様に、何かがついて来ている。
それも、ちょうど馬車を囲む様について来る。
草木に隠れて姿は見えない。
姿勢が低いということは、四足系の魔物か。
いち早くダイが気が付いて、後ろの荷車から俺に念話を送ってきた。
『狼族が囲んでついて来てるな。だが雑魚だ、放っておいても問題無いだろ』
やはり四足、しかも狼とはな。
俺かダイが一声吠えればいなくなるのだが、人間がいるからそれは出来ない。
特に従者のマーカスは油断ならない。
固有魔法だと言い張るのは、俺の正体がバレそうになった時の最後の手段。
俺は馬車の窓から手を出して、後ろの荷車のダイへ“了解”の合図を送った。
その直ぐ後だ。
マーカスが警戒を促してきた。
「魔物が出たようだ、気を付けて」
ちょっと驚いた。
魔物じゃない人間でも、こんなに早く気付けるのかと。
俺は少しだけ興味が湧いて声を掛けた。
「凄いな、良く気が付いたな」
すろとマーカスは、御者席の窓からちょっとだけ顔を覗かせて、「お互い様だろ」と返答。
こいつ、俺が気が付いていたのを知っていたのか?
恐ろしい奴だな。
次の投稿は明日の朝の予定です。
追伸:
「いいね!」のお願いです。
どういった話の時が面白かったのか、読み手側の好みを知りたいのです。
面白かった話の最後には是非「いいね」ボタンをよろしくお願いします。
一話に着き一度押せます。
全部ではなく、面白かったところで押していただけると助かります。
「いいね」が貯まったら順位の発表をしたいと思います。