203 プルプルは夢の食べ物だった
王城の大広間で食事をとることになった。
その前にと、使用人が着替えの服を持って来た。
そう言えば海水を浴びてるし、戦いで服はボロボロだったな。
俺は何の躊躇も無く渡された服に着替えたんだが、それが想像してた服とは違い過ぎた。
やたら金色や黒色を多用したデザイン。
身体を動かすとドクロの装飾が揺れ動き、その目がキラキラ光る。
さらに床を引きずるほどに長いマント。
そのマントの背中には狼のエンブレムが描かれている。
そして腰のベルトには、以前に英雄の称号を貰った時の副賞である、英雄の称号入りの小剣が吊るされている。
もちろんキラキラである。
まさか、インテリオークの仕業か……
俺は文句を言おうとインテリオーク探そうとした所で、使用人が呼びに来た。
食事の準備が出来たらしい。
仕方なく大広間へと向かうのだが、途中で獣魔達と合流する。
ラミとハピは将官の様なデザインの恰好をしていた。
それにダイまで同じ様な服装だ。
そこまでするか?
サイズがピッタリなのは、現地で作らせた服ではない証拠。
つまりこの地まで輸送して来たってこと。
絶対にインテリオークの仕業だよな。
大広間に近付くと、音楽が聞こえてきた。
それに歌声まで廊下に響き渡る。
大広間に到着すると、部屋の中では楽団が静かな音楽を奏でていた。
楽団まで連れて来たのかよ!
そこには縦に長いテーブルがあり、既にハルト達は席に着いている。
三人とも貴族が着るような服で、ゆったりとワインを飲みながら音楽を聴いていた。
確かにハルト達は立派な服装だが、かえって俺の服装が目を引いてしまうよな。
予想はしていたが俺達が部屋に入って行くと、その服装にハルト達は驚きの目を向けてくる。
特に俺の恰好な。
だがハルト達は直ぐにサッと視線を逸らす。
そういうのやめて、何かかえって辛い。
こうなったら開き直る。
それぞれが案内された席に着いていくのだが、何故か俺の向かう先からは、派手なデザインの椅子が迫って来る。
暗色のデザインに、ドクロをモチーフとした玉座である。
使用人が手招きで「こちらの席にどうぞ」とか平気な顔で言ってきた。
――――どうぞじゃねえよ。お前、頭大丈夫か?
そう口に出そうになったが、自分の姿を思い出してその言葉は飲み込んだ。
誰が見ても俺の方がおかしい。
俺は椅子の前で立ち止まる。
ラミとハピは普通の椅子。
しかしダイはお子様用の高椅子だな。
つまり俺だけが地獄から贈られて来た様な玉座……
音楽が徐々に緊迫した曲調に変わっていく。
そして――――
「座れるかっ!」
俺が声を張り上げた途端、ワルキューレが騎行しそうな曲に変わり、ソプラノが部屋に響き渡った。
戦いが始まりそうな雰囲気じゃねえか。
使用人達の動きが止まり、静まり返った部屋に曲だけが流れる。
何だか逆に意気消沈させられてしまった。
俺は落ち着きを取り戻して席に着いた。
諦めたとも言う。
再び曲調が穏やかなものに変わると、再び使用人達も動き出した。
長テーブルには獣魔達と俺、そしてハルト達三人だけが着いている。
他には来ないようだな。
あとは護衛兵が何人か、部屋の隅に立っている。
バルテクの店に慣れた俺にとっては、この雰囲気は何だか嬉しいのだが、服装と椅子が邪魔でしょうがない。
料理が運ばれて来て、やっと空腹を満たせる。
料理の味は普通かな。
やはり人間社会の味に慣れた俺には物足りないがな。
ただし海鮮に関しては抜きん出ていた。
薄味だろうが食材が新鮮なのは、それだけで旨いというもの。
それに川で取れる魚よりも、海の魚の方が全然旨い。
海から遠いエルドラでは食べられない料理だな。
料理の中には、コボルト族の主食なるものがあった。
麦と肉のミンチから作った小粒の食べ物で、カリカリとした食感で、ドグフーと呼ばれるドライフードらしい。
不味くはないが、やはり俺はパンやイモの方が良いかな。
唯一ダイだけは気に入ったようだな。
最後にデザートが出てきたんだが、これがリンとヒマリに大受けだった。
「ね、ね、これってプリンじゃない?」
そうリンが声を上げれば、ヒマリが興奮気味で返す。
「だよね。このプルルン感、やっぱプリンだよね!」
気が付けば楽団からは、明るいアップテンポの曲が流れていた。
黄色の上に黒いものが乗っていて、皿を揺らすとプルンプルンと揺れる。
奇妙なデザートだな。
鼻を近付けると、薄っすらと卵の匂い、そして芳ばしい甘い香りがする。
卵料理か?
ヒマリとリンがスプーンですくって口に運び、両頬を押さえて至福の表情。
「異世界でプリン食べれるなんて思わなかったよぉ」
「う〜ん、おいちい〜」
俺もスプーンですくって口へと運ぶ。
「おおおっ、何だこの食感は!」
思わず声を上げるくらい衝撃的だった。
流れる音楽も度肝を抜く曲調に変わり、ここぞとばかりにシンバルが部屋中に鳴り響く。
何より旨い!
俺は残りのプルプルを一口で頬張った。
ああ、皿を舐めたい!
リンとヒマリが俺の食い方を見て笑っている。
俺はお構いなしに使用人に声を掛けた。
「プルプルのお替り頼む!」
ちょっと驚いた様子の女使用人だったが、「はいっ」と返事をすると、たどたどしい足取りで厨房へと走って行った。
新人の使用人みたいだな。
しばらくすると、再びあのプルプルが運ばれて来た。
楽団の演奏がまるで「劇的な再会」の様な気分にしてくれる。
釣られて俺はプルプルとの再会に感動する。
そして新人使用人が「最後の一つでした」と言って、皿に盛られたプルプルを俺の前へと運んで来た。
嫌でも盛り上がる雰囲気に、俺はプルプルの皿に手を伸ばす。
ソプラノの声が高らかに響く。
そこで新人使用人の「あっ」と言う短い悲鳴。
次の瞬間、新人使用人がバランスを崩し、手に持った皿を放り投げる様に手放した。
俺のプルプルが!
ドラムが小刻みに鳴り続ける。
俺は大切なモノを守る勢いでプルプルに手を伸ばす。
時間がゆっくり進む感覚の中で、身体ごと皿に手を伸ばす。
もう少し、もう少しで手が届く、という所で長いマントを踏んでしまった。
前のめりにコケる俺。
だが俺は、しっかり皿は受け止めた。
俺の勝利!
しかし楽団の曲は運命を奏でる様な曲調だった。
そう、皿からこぼれ落ちた俺のプルプルは、無惨にも床で潰れていた。
終わった……
この街、滅ぼすべきだろうか。
俺はその日ずっと機嫌が悪かったらしい。
最終話は明日の投稿となります。