201 和平交渉じゃなかった
門を開いたからには、我が軍団の攻勢が始まる。
それに獣魔達に勇者パーティーが居れば、コボルト程度なら簡単に蹴散らしてくれるだろう。
そして味方部隊が一気に正面門から街中へとなだれ込んだ。
「ハルト、すまないな!」
そう俺が言えば、歯をキラリと輝かせて「そう言う話は勝利したあとでな」と言って、ハルト達は近衛兵に向かって走って行った。
リンも手を振りながらそれに続く。
そしてヒマリがウインクしながら走って行く。
嬉しくなって俺も真似して返そうとしたのだが、何度やっても両目を瞑ってしまうではないか。
驚きである。
さすが加護持ちは違うな。
気が付けば軍団とコボルト部隊が街中で乱戦となっている。
どうやら俺の出番は無いようだ。
そこへ後ろから声が掛かる。
「ライ殿、遅くなりました。やっと到着致しました」
この登場の仕方は一人しかいない。
振り向けば眼鏡をクイッとするインテリオークが立っていた。
いつも後ろから現れやがるな。
「丁度良いタイミングだよ」
「そうですか。しかし折角援軍を連れて参りましたが、どうやらそれも必要なさそうですね。さすがライ殿でございます」
そこで疑問を投げかけてみた。
「何で勇者達も連れて来たんだ?」
わざわざハルト達を連れて来なくても良かっただろうに。
そもそも和平交渉だからな?
するとインテリオーク。
「エルドラの街で獣人族を集めていたら声を掛けられまして。説明したところ是非お手伝いをと、お願いされてしまいました。断る理由も有りませんから、付いて来てもらったという訳です」
う~ん、この間の件からなんだか態度が急変したような。
まあ、手伝うって言うならそれに越したことはない。
見れば物凄い勢いでコボルト兵を押し返している。
壁を守っていた兵達も街に降りて来るようだ。
さて、俺は俺の仕事をしますか。
「俺を和平交渉の場につかせろっ。突撃~!」
そう叫んで王城への道を切り開こうと突撃した。
すると味方の兵達も叫び始める。
「和平交渉の突撃グワ。皆殺しグワ~!」
「和平交渉~、ぶっ殺せ!」
「一人も逃がすな、皆殺しにして和平交渉だ!」
一気に士気が上がった気がする?
俺は乱戦の中を走り抜けた。
気が付けば誰も付いて来れていないが、構わず俺は王城へとたどり着いた。
当然ながら王城への門は閉まっている。
周囲を見回すと二階だか三階の窓から入れそうだ。
しかし登れそうな足場が見つからない。
そこへハピが来てくれた。
「ライさん、お城の中へ運びますわよ」
「頼む!」
俺はハピと一緒に三階の窓に侵入した。
殆んどの兵士が出払っているのか、城の中はもぬけの殻状態だ。
俺達がコボルトキングを探していると、最上階辺りでやっと兵士を見つけた。
二人の近衛兵だ。
扉の前で立哨していたのだ。
俺が情報を聞き出そうとするが、ハピが瞬殺してしまう。
手が早えな!
扉前での立哨と言う事は、中の部屋にはお偉いさんが居るんだろうな。
俺は扉を蹴破った。
すると案の定、部屋の中には王様っぽいコボルトと側近らしきコボルトが居た。
ここで戦いになるかと思ったのだが、王様らしいコボルトは降伏の選択をした。
「私はコボルトキングだ。ここへ来たということは、あの老害を倒したのか……それならコボルト族は降伏する。だから部下や民をこれ以上傷つけないで欲しい」
こうして俺達はあっさりと勝利を手にした。
コボルトの伝令が王命を伝え、街中での戦いも終止符を打ち始めた。
しかし俺には聞かなきゃいけない質問がある。
「魔王はどこにいる」
コボルトキングが眉間にシワを寄せて返した。
「それは貴方ではないのですか、鮮血の魔王よ」
「ちが~~うっ!」
「ち、違うのですか」
「滅ぼされたいか!」
あれ?
そう言ってくると言う事は、やはり魔王はここに居ないのか。
そんなやり取りをしていると、インテリオークが現れた。
そして敵兵が降伏し始めたと伝えてくれた。
そこで俺はテーブルと椅子を用意し始める。
するとインテリオークが不思議そうに聞いてきた。
「ライ殿、何をしようとしているのですか」
俺は当然の様に答える。
「和平交渉の準備に決まっているだろ!」
部屋にいた者達が俺を見て固まった。
瞬きさえ忘れて俺を凝視する。
俺は何かやらかしたか?
そこでインテリオークが割って入る。
「それは和平交渉ではなく、勝者から敗者への戦後要求ですね」
「意味は同じだろ?」
「違います」
俺は後頭部をハンマーで叩かれた様な「ガーン」といった衝撃を受けた。
だが俺にも意地があるのだ。
「いや、これって和平交渉の場だろ?」
「いいえ、戦後の賠償要求の場ですね」
「字で書いたら一緒だよな」
「違います」
さらにウォーハンマーでぶん殴られた衝撃が走った。
その気持ちを音で表すならば「ガビーン」だろうか。
それじゃあ、和平交渉って何だよ!
俺は黙り込んでしまった。
そこで再び話が進む。
コボルトキングがインテリオークに何か質問をしている。
そして説明を聞いたのか、納得した様子でつぶやいた。
「なるほど、呼び方に問題があったようで失礼しました」
そう言うとコボルトキングは俺に向かって言った。
「軍団長と呼ばせているのですね。これは失礼しました。鮮血の軍団長」
えっと……
微妙な線できたな、おい。
もうどうでも良くなって、全てをインテリオークに任せ、俺は部屋を出て行った。
俺は特にやることもないので、占領した「ナバ」というこの街を馬車で見て回った。
街の造りは人間の街と変わりない。
劇場やドッグレース場まである。
さすが大都市である。
街中では味方兵士が、コボルトの残党狩りを行っていた。
民家に逃げ込んだ兵士がいるらしい。
しかし俺はそれを止めるように指示する。
その程度の兵士を放っておいても問題ないからだ。
逆に街を荒らすことになり、住民から恨みを買って面倒臭い事件に発展しかねない。
そっちの方が心配だ。
引き続き街中を見て回っていると、ハルト達が中央広場で休んでいたので声を掛けた。
「ハルト、助かったよ。それにリン、ヒマリ、こんな遠くまで悪いな」
するとハルト。
「なあに、俺とライの仲だろ。遠慮するなっての」
やはり俺とハルトとの距離が縮まったよな?
「そ、そうだな。ハルトも遠慮なく俺を使ってくれ」
そこでヒマリが嬉しそうに話し掛けてきた。
「ね、ね、ライ。港があるんだってね、この街。海が見えるんでしょ、海」
するとリンも興奮した様子で言ってきた。
「そ、そ。海だよ海。この世界の海を見てみたいよ~」
海を見た事ないみたいだ。
「分かった、それなら港に行って見るか」
全員一致で港へ行って見ることにした。
港は街の外のあるのだが、既に味方部隊が港湾施設を抑えているから問題ないはずだ。
馬車にハルト達を乗せて港を目指す。
街から離れるので、一応コボルトの案内役を連れて行った。
港へは四半刻ほどで到着した。
真っ先に声を上げたのはリンとヒマリだ。
「海に香りがする~、ヤバい、涙出そう」
「見て見て、凄い綺麗。エメラルドグリーンだよ」
なんか凄く感動しているみたいだ。
ハルト曰く、この世界の海は彼らが居た世界よりも綺麗なんだそうだ。
彼らの世界の海は汚れてしまってるらしいが、この世界の海はそれが無いという。
ハルトは“汚染”という言葉でそれを表現した。
そういえば、この海の先はどうなっているのだろうか。
この海を船でずっと進むと、何があるんだろうか。