200 凄い奴がいた
必死に逃げたのだが、直ぐに守備兵に追い込まれてしまった。
仕方なく民家に侵入し、怯える住人を横目に、反対の扉から駆け抜け外に出た。
そこは大通り。
良し!
王城に行こうと向きを変えたところで固まった。
王城に向かう通りの先には、恐ろしい数の敵兵がこちらに向かって走って来ている。
そして俺の姿を見つけると、またしても遠吠えが始まった。
これはマズいと思い、反対方向へ逃げようと振り向く。
だがそこは閉ざされた正面門。
つまり行き止まり。
遠吠えにより横道の路地裏からは、コボルト兵がわらわらと湧き出して来る。
当然のことながら俺の出て来た路地裏からも、コボルト兵が次々に飛び出して来た。
この状況、完全にアウトじゃね?
俺は槍を頭上に上げて叫んだ。
「待て待て、俺は和平交渉に来たんだ。話を聞いてくれ!」
しかし返答は……
「絶対逃すな」
「生きて帰すな」
「殺せ〜!」
殺気立っているじゃねえか!
それに逃げ道が無い!
前からは数百のコボルト兵、左右の路地からも守備兵が来ている。
後ろは頑丈な正面門。
この状況、やれることは限られてくる。
和平交渉は後回し。
ここで死んだらそれも出来ないからな。
俺は頭部だけ変身する。
近付いて来た守備兵が、驚いた様子で俺を見ている。
人間だった頭が狼の頭へと変化し、鋭い牙が伸びていく。
頭部が完全に狼になったところで、正面のコボルト兵部隊に向かって俺は吠えた。
「ヴォオオオ〜〜ン!」
ハウリングだ。
空気が振動で歪む。
通りの石畳には亀裂が入り、次々とめくれ上がる。
俺の正面に近い場所にあった建物は、次々に崩れていく。
そして俺の叫びが敵兵に到達するや、数百人のコボルト兵が吹き飛んだ。
自分で言うのも何だが凄い威力である。
だけど俺の真横辺りから後ろは、威力が一気に落ちていくようだ。
後方にいた敵兵は、まだ戦えそうな者も多い。
俺は槍をロンクスピアに変化させ後方の敵兵も確認。
生きている者が多い。
しかし殆どの兵士は戦意喪失しているようだ。
これなら誰にも邪魔もされずに和平交渉が出来る!
俺は頭部の変身を解き、再び正面に向き直り、堂々と王城へと歩き出した。
ハウリングをまともに受けた王城側の兵士は、なかなか酷い有り様だ。
加減したつもりだが、身体が弾けてしまった者が多い。
中には生き残った者もいるようだが、長くは持たないだろう。
ましてや俺を気にする者などいない。
しかし……
「ちょっと待ってくれるか」
前方の死体の山から声がした。
良く見ると、何者かが自分に覆い被さった死体を投げ飛ばしている。
細身の年老いたコボルト兵のようだ。
しかし他の兵士とは違い、鎧等の防具は身に着けていない。
唯一、ひと振りの剣を持っているだけだ。
俺はひと目見て、その老コボルトが普通じゃないことを悟った。
全身から湧き出る闘気とでも言ったら良いのか。
ただ、その老コボルトは笑顔で立っているだけなのだが、その者からは恐怖しか伝わってこない。
無意識に槍を構える。
すると老コボルトが話し出す。
「坊主、今のは凄い魔法だな。ワシも始めて見たよ。それで、お前が鮮血の魔王なのか」
俺は即答した。
「ちが〜うっ!」
すると老コボルトはこう言った。
「それは残念だが、その人狼の首はもらうぞ」
一瞬で周囲の空気が殺気に満たされた。
「お前、何者だ?」
そう俺が言うと老コボルトは笑顔のまま返答。
「お前はちょっとやんちゃし過ぎたんだよ。上からの命令でな、お前を始末しなきゃいかん。悪いがここで終わりだ」
老コボルトは剣を抜いた。
一目見て分かるほどの業物の剣。
抜いた剣に雪が近付くと溶けていく。
こいつは凄いのが出てきやがった。
恐らく剣の腕は他のコボルト兵を抜きん出ている。
それに俺のハウリングを生き残りやがった。
俺は槍をショートスピアの形状に変えた。
懐に入られる恐れがあるから、少しでも短い形に変更したのだ。
老コボルトが間合いを詰めて来る。
俺はそれを邪魔するように突きを連続で繰り出す。
もちろん全て剣で受け流された。
そこで俺は槍先で円を描くように回し、相手の剣を絡め取ろうとした。
逆に剣で回されて、危なく槍を弾き飛ばされそうになる。
慌てて一歩下がる。
すると今度は老コボルトが攻撃に出た。
右に左にと方向を変えて斬り込んで来る。
それは腕や足だったり、胸や頭だったりとあらゆる箇所が狙われた。
俺は何とかさばきながらも、勢いに押されて大きく下がる。
その下がった所がいけなかった。
敵の負傷兵が集まる中だったからだ。
負傷兵は攻撃してこなかったが、とにかく動き難い!
すると老コボルトは何の躊躇もなく、負傷兵の集団を斬り捨てた。
俺が驚いていると老コボルトは笑顔で言った。
「邪魔だったんでな」
血も涙もないとはこいつを言うんだな。
俺は再び反撃に出た。
本気の攻撃だ。
すると老コボルトが笑顔でつぶやく。
「ほほ~、なかなかやるじゃないか。ならこれはどうだ?」
そう言って間合いをとり、今までとは違う型で剣を構える。
これはきっと何々流とかいう流派の構えなんだろうな。
俺にはさっぱりだが。
膝を曲げ腰を落とし、地面に着くんじゃないかという構え。
年寄りにはキツそうな構えだな。
なら対抗してやる。
俺も膝を曲げ、槍の石突部分を地面に着け、身体を前のめりに構えた。
すると嬉しそうに老コボルト。
「ほう、見たことない構えじゃないか」
「お互い様だろ」
次の瞬間。
老コボルトの剣が地面すれすれに迫る。
やはりそうきたか!
俺はショートスピアの形状をロングスピアに変更しながら思い切り突いた。
お互いに地面すれすれからの攻撃だ。
しかし今の間合いは、形状変化させた俺の槍の方が広い!
老コボルトから笑顔が消える。
俺の槍が先に老コボルトに到達した。
剣で受け流すにはもう遅い!
老コボルトは僅かに身体を捻り、槍を躱そうとした。
槍の穂先がドリルのように回転しながら、老コボルトの左肩を掠める。
パッと鮮血が舞う。
僅かに老コボルトの表情が歪む。
続いて鋭い剣先が俺に迫る。
避け切れない!
左肩に痛みが走る。
肩口を抉られた。
二人でほぼ同時に大きく後ろに下がる。
老コボルトはもう笑っていない。
「坊主、こいつは予想以上だよ。ワシに一本打ち込むとは驚いたよ。こいつは殺しがいがあるってもんだ」
老コボルトは少し苦しそうに見える。
出血からみるに、左肩の傷が深いのかもしれない。
逆に俺の左肩の傷は大したことない。
人間なら重傷だが、俺はライカンスロープだからな。
俺は少しカマを掛けてみた。
「その傷でまだやるか?」
しかし老コボルトは苦笑いを浮かべて言った。
「そうもいかないんだ。邪魔者が来ちまったからな」
俺はハッとして王城の方に視線を移す。
隊列を保ったまま、こちらに向かって来る部隊が見えた。
近衛兵か……
全員がお揃いの鎧と武器を携え、大きな盾を構えながら進んで来る。
百人ほどの精鋭部隊だ。
この老コボルトに加えて近衛兵となると、かなり危険な状況に追い込まれる。
特にあの大きな盾は曲者で、ハウリングが防がれるんじゃないかと不安が過ぎる。
近衛兵まではまだ距離がある。
ならばまだ手がある。
俺はくるっと回れ右をするや、正面門へ向かって猛ダッシュした。
逃げるが勝ちだ!
チラリと見ると、老コボルトは追って来ない。
ただ苦笑いしている。
それならいける!
門兵達が慌てて俺を阻止しようとする。
だがそこへ頭上から何者かが降って来た。
「邪魔だ、どけどけ!」
そいつは敵兵の一人を押し潰して着地すると、叫びながら剣を振るって門兵達をなぎ倒していく。
ラミだ。
空を見上げればハピが弓で、門の上の兵へと攻撃を始めている。
ハピがラミを運んで来たようだ。
これはいける!
俺は門に走り寄る。
そして腕の筋肉を盛り上げ、門の閂を鷲掴みにすると、力任せに投げ放った。
さらに門の扉に手を掛ける。
力を込めると、重い門扉がゆっくりと開いていく。
あと少し!
「うりゃああっ」
とうとう門扉を開け放った。
そのタイミングでラミが跳ね橋のロープを剣で断ち切った。
跳ね橋がガラガラと落ちると、街と外への道が繋がる。
すると外から喚声が俺の耳に飛び込んできた。
この時を待ち構えていたのだ。
集結した我が軍団が正面門へ向けて突撃を開始した。
その先頭にいるのは――――
「ライ、水臭いぞ!」
「助太刀するね~」
「ライ~、来ちゃった〜」
「ウオ〜ン」
勇者パーティーの三人とダイだった。