199 首都に侵入してみた
ここはコボルトの首都、「ナバ」の街である。
その会議室では、今後のコボルト族の方針についての、重要な会議が行われていた。
出席者は族長であるコボルトキングを初め、各部門の重鎮達が集まっている。
その中の一人、軍の情報部の男が説明を始めた。
「前回の戦いで我々は、あの強敵のオーク軍団をも退けました。そして情報によると、今回の部隊は恐らく寄せ集め部隊です」
そこで横槍が入る。
軍の強硬派の一人だ。
「そんな奴らは我々の敵ではない。部隊を送り込めば、一瞬で蹴散らして見せようぞ」
しかし情報部の男は反論する。
「その決断の前に、私の話を最後まで聞いて欲しい。確かに敵兵は二線級ですが、その指揮官が問題なのです。ウォール砦の生き残りの証言を考えると、その指揮官は“鮮血の魔王”と呼ばれています」
魔王という言葉に場がざわつき始める。
しかしコボルトキングが口を開くと一瞬で静まった。
「オークキングを倒してオーク族を配下にしたという、あの人狼のことか」
情報部の男が説明を続ける。
「はい、キングよ。その人狼が今回の指揮官です。その者は魔王と呼ばれておりますが、それも真実味を帯びてきました」
するとコボルトキングが、険しい表情で問いただす。
「真実味とはなんだ」
「はい。その人狼ですが、翼の無い鳥連合会も配下に加えたらしいのです。さらには、魔人族とオーガ連合までがその人狼に屈服したらしいのです」
他の重鎮達から「オーガ連合に魔人族までもか」という声が聞こえてくる。
そんなざわめきを無視して、情報部の男は説明を進めていく。
「それだけではありません。なんとその人狼、人間の貴族まで配下にしているようなのです」
そこでコボルトキングは、げんなりした様子で言葉を漏らした。
「確かにそいつは本物の魔王なのかもしれないな……」
だがそこで情報部の男は疑問を投げ掛けた。
「ただ、ひとつだけおかしな点があるんです」
重鎮達の視線が、一斉に情報部の男に集まる。
「それが、人間の勇者パーティーと非常に仲が良いんです」
誰もがその発言に愕然とした。
「有り得んだろ」と言った言葉が聞こえてくる。
情報は確かなのかと聞いてくる者もいた。
しかし情報の確実性は高いと聞いて、魔王の信憑性が揺らいできた。
魔王と勇者は敵対関係にある、というのが常識的な考え方だからだ。
だからと言って、その人狼が魔王では無いとは言い切れない。
それほどまでの実績を残しているからだ。
そうなると、その人狼が魔王なのか真偽を判断するのが優先事項となる。
コボルトキングはつぶやいた。
「そうなると、あいつを出さねばならないのか……」
その言葉に情報部の男が反論する。
「いけません。あの者を地に放つのは得策ではありません。キングよ、どうかお考え直し下さい!」
「だがな、魔王かどうかの真偽は判明するだろう?」
「しかし……危険です」
「危険なのは我がコボルト族の行く末の方だろ」
その言葉に誰も反論する者はいなかった。
そんな会議が終わって直ぐのことだった。
コボルトキングの元に兵が駆け付けた。
それは敵が空から城壁内部へ侵入したというものだった。
それもたった一人だという。
たまたま街中へ着地したところを住民が発見したのだ。
現在、侵入者は逃亡中で、街のあちこちを走り回っているらしい。
それを聞いたコボルトキングは、勢い良く立ち上がるとこう言った。
「くそ、敵の破壊活動か。そいつは生きて帰すな。それと他にもいるはずだ。全て仕留めろ!」
壁内へ乗り込んで来たと言う事は内部の破壊活動が目的であり、隙を見て敵は外側からも攻勢を試みると誰もが思った。
まさか和平交渉という目的で、敵の指揮官である人狼がたった一人で乗り込んで来るとは思いもしないからだ。
こうしてライとナバの街の守備隊の戦いが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
雪が降り注ぐ中の上空は寒い。
俺を脚で掴んで羽ばたくハピもかなり寒そうだ。
今の所、地上からは見つかっていない。
そのまま徐々に高度を下げて街に近付いて行く。
そして人が少なそうな場所に降ろしてもらった。
そして見つからない様にハピは直ぐに離脱。
城壁に近い場所だが、壁の上の守備隊は外の敵には常に注視するが、内側にはなかなか目を向けないものだ。
俺は地上に降りるとフードを深く被り、街の中央を目指す。
雪が激しく降っているおかげで、コボルト住民は家の中に籠っているのか、出歩いている者は少ない。
王城は丘の上にあり、この位置からでも丸見えだ。
そうなれば道に迷う事もないだろう。
そう思っていたんだが、道が迷路のようになっている。
どうやら俺は路地裏に降りてしまったようだ。
気が付けば王城に背を向けて進んでいたり、王城が見えない道に出たりと苦戦していた。
その内、守備隊が街中を走っているのを見るようになった。
何かを探している?
まさか、見つかったのか?
その時だ。
「いたぞ~、あそこだ!」
声の後に「ウオ〜ン」と遠吠えが響く。
すると呼応するかの様に、反対側の通りからも次々に遠吠えが聞こえた。
マズい、囲まれたじゃねえか!
俺は走りだす。
路地裏はコボルトに有利だ。
ならば広い通りに出て、一気に王城へ走り抜ける!
しかしコボルトの足は速い。
引き離すどころじゃなく、逆に追いつかれそうになる。
しかも地理に疎い俺は、段々と追い込まれていく。
それに遠吠えが周囲から聞こえまくり状態。
行き着いた所は袋小路ときた。
しまった、行き止まりかよ!
振り返れば守備兵が五人、俺に槍を向けている。
「待て、早まるなよ。俺は和平交渉に――――」
そう言いかけた所で、槍の穂先が目の前に迫る。
咄嗟に首を捻って躱す。
肩の上を槍が駆け抜けた。
「あっぶね。おい、話を最後まで――――」
再び槍が迫る。
今度は胸元。
左手で外側に弾く。
すると敵兵がバランスを崩して俺に近付く。
「近付くんじゃねえっ」
そう言いながら、鳩尾辺りに前蹴りを入れた。
くの字になってうずくまるコボルト兵。
すると守備兵の一人が遠吠えを始めた。
ヤバい、これ以上人数が増えると逃げ切れない。
俺はマジックバッグから槍を取り出す。
大きさが変わる槍だ。
まずは遠吠えする兵からだ!
槍をロングスピアに形状変化させながら振りまわす。
もう一人の守備兵が、それに巻き込まれて吹っ飛ぶ。
残りは一人。
しかしそいつは落ち着いた様子で、槍を構え直す。
そして一言。
「相手になってやる」
腕に自信があるようだ。
それなら俺も本気でいかせてもらおうか。
槍をショートスピアの形状に変化させて構える。
だがおかしい。
目の前のコボルト兵は隙だらけだ。
まさか誘いか?
先に打ち込ませて、カウンターで反撃するつもりか。
それならその挑戦、受けてやろうじゃねえか!
俺は大きく踏み込んで、相手の胸に最速で槍を叩き込んだ。
あれ?
こいつ、突っ立ったままじゃねえか。
俺の槍はそいつの胸元を貫いた上で、背中に抜けた穂先が輝いていた。
貫通効果の付与魔法が発動したらしい。
怒りが込み上げてくる。
「ザコじゃねえかっ。こんなんで貫通効果発動するんじゃねえよ!」
槍の使い手かと思ったら、実はザコだったという落ちかよ。
俺は一人ブツブツ言いながら、路地裏を走るのだった。




