195 コボルト村を見た
あらかじめ斥候を出して、この村の情報は得ている。
周囲は畑が広がっていて、近くには森や小川が流れ、生活するには良い環境の土地のようだ。
建物の数からして、恐らく二百人くらいの村だろう。
だったら守備兵は数十人と予想され、たかが知れている。
村の住人が総出で抵抗したとしても、こちらは四つに分けたとはいえ、総勢千五百人はいる部隊。
負ける気はしないな。
俺達の第一部隊は、この村に真正面から行くことにした。
特に声を上げて突撃する訳でもなく、行軍する隊列のまま村へと入って向かった。
収穫が終わった畑の中を進んで行くと、村の外壁が見えてきた。
外壁といっても簡単な柵の様なもので、せいぜい低級魔物程度しか防げないだろう。
さすがに千五百人で村の中へ行くのも混乱しそうなので、十人ほどのオーク兵を従えて歩き出した。
獣魔達だけでも十分なんだが、舐められない様にある程度の数は必要だ。
残りの兵には、村の周囲を囲ませるように命令した。
村を囲む外壁と言っても、木製の柵と言った方が当てはまる程度。
俺の胸くらいの高さしかない。
門らしい所まで来たが、誰もいないし、扉にカギもかかってない。
俺達はそのまま村の中へと入って行く。
誰も見当たらないのだが、気配だけはする。
家の中に隠れているようだ。
俺達はそのまま村の中心部へと歩を進める。
貧相な建物が幾つも建っていて、これまた貧相な農具が立て掛けてあったりする。
あまり良い暮らしはしてないみたいだ。
ダイが念話を送ってきた。
『家の中に二十人位のコボルトが隠れているが、村の住人にしては少ない。一応気を付けておけよ』
隠れているのは、武装した兵士の可能性もある。
だけどたかが二十人のコボルト兵だ。
ラミとハピの遊び相手にしかならない。
村の中心まで来たところで、お約束のようにラミとハピが大声を上げた。
「ライさんが来たのに誰もお出迎え無しとは、良い根性してるじゃねえか。滅ぼされてえのかっ!」
とラミが言えば次にハピ。
「はい、村人の皆さん。出て来ないと、我が主である“鮮血の魔物狼”と恐れられたライさんが暴れますわよ。ちなみに略すと“鮮血のマオ……」
「略すなっ!」
あっぶねえ。
ハピめ、何を言い出しやがるんだか。
また変なワードが流行り出しやがったか。
マオウにマオオ、ああ面倒臭い!
そこへ一人の痩せ細った老コボルトが、家の中から現れた。
直ぐにオーク兵がそいつの両脇を押さえて、俺の前に連れて来た。
そこで俺は尋ねた。
「お前が長老か?」
老コボルトは頷く。
「この村は俺の部下が取り囲んでいる。抵抗しても無駄だ。家の中に隠れている兵達に出て来いと言え」
すると諦めた様子で長老は「分かりました」と返答。
そして家々に向かって声を掛けた。
「皆の者、出て来なさい」
すると武装したコボルト達が、次々に家の中から出て来た。
どいつも兵士にしては武装が貧弱な上に、痩せ細っていた。
正規兵ではなく自衛団ってとこか。
それに若いコボルトしかいない。
恐らく戦える若いコボルト以外は、村の外へと逃がしたんだろう。
自衛団は長老の周りに集まる。
武器は構えたままだ。
全員揃ったのか、長老は自衛団を一旦見回し俺に向かって言った。
「これで全員ですじゃ」
するとハピ。
「他の住人が見当たらないですわよ」
すると長老。
「恐れをなして皆、逃げましたのじゃ」
森の中へでも隠れているんだろうな。
そこで俺が口を開く。
「端的に言う。この村へは食糧を得るために来た。悪いが貯蔵庫まで案内してくれ」
すると長老は諦めた様子で言った。
「案内はしますが、中央から来た役人に税を払ったばかりですじゃ。殆んど残っとらんです」
言われるがまま、村の貯蔵庫に案内されるが、中は話の通りで、殆んど残って無い。
この備蓄でどうやって生活するんだよと、聞きたいくらいだ。
するとラミ。
「どっかに隠してやがるな。せこい真似すんじゃねえぞ」
それも有り得無くもないが、自衛団のあの痩せ細った体つきを見るに、まともな食生活を送ってないと思われる。
備蓄はあるとは思うが、それを差し出したらこいつらの命が無いんだろう。
これは接収出来ないじゃねえか。
こうなると他の村々でも同じだろうな。
そこへダック兵数人が、村へと入って来た。
何人かのコボルトを引き連れている。
「軍団長、森で隠れていたコボルトを捕まえましたグワ」
村人のようだ。
やはりどいつも痩せ細っている。
その中の一人は女性で、子供を三人連れていた。
その子供達も酷い痩せようだ。
特に母親が抱えている子供は酷い。
完全に栄養が足りてないと分かるほど衰弱していた。
仕方無い。
「兵站部の隊長を至急ここに呼べ!」
俺が声を上げると、慌ててオーク兵が村の外へ走り出した。
まずはマジックバッグからポーションを取り出す。
確かヒールポーションでも、弱った身体には効果あるって聞いた。
「おい、これをそいつに飲ませろ」
そう言って母親にポーションを手渡す。
しかし母親は怯えるだけで、それを手に取ろうとしない。
ポーションも知らないのかもしれない。
あとは知っていても見たことないとか。
ならばと保存食である、ナッツ類の入った小袋を二人の子供の方に渡す。
子供は正直だった。
素直に受取り、小袋の中身を二人で覗き込む。
「すげえ、ナッツだ」
「すげ〜、ごちそうだよ」
二人の子供は奪い合いようにナッツを食べ始めた。
それを見た母親は、驚いた様子で俺を見つめる。
「ほら、このポーションをその子供に飲ませろ」
もう一度ポーションを差し出すと、母親はやっと受け取り、半信半疑といった様子で抱えている子供にそれを飲ませた。
すると弱り切っていた子供の顔色が、徐々に良くなっていく。
母親はまるで奇跡を見るように、泣いて喜んだ。
兵站部の隊長のオーク兵がやっと来たので、直ぐに俺は命令を伝える。
「早急に炊き出しの準備をせよ!」
オーク兵の隊長は「食事の時間はまだ早いよね?」といった顔をしつつも、命令通りに準備を始めるのだった。