194 宴会した
やらかした……
戦いの跡を見ながらそう思った。
今はすっかり落ち着いて、人間の姿でいる。
交渉?
話し合い?
和平?
そんな言葉はすっかり忘れていた。
血を浴びたのがいけなかったようだ。
つい、カッとなってしまった。
砦のあちこちに無残な屍の山。
俺一人がやった訳じゃないが、間違いなくその中心人物だったと自覚はある。
しかも俺はコボルト兵を殺すなとまで言った人物である。
それなのに部下の兵を見ると、そんな事など無かったかのように皆が意気揚々としていて、士気が無茶苦茶高くなっているのが感じ取れる。
明らかに前の烏合の衆とは違う。
それに部下の兵達は俺を羨望の眼差しで見てくる。
やめてくれ!
俺はそんな凄い人物じゃない。
なんか恥ずかしいじゃねえか。
そう言えばラミとハピが見当たらない。
ダイは砦内の各所でマーキングしているのが見えるんだがな。
まさか、貯蔵庫か!
それだとマズい。
部隊の食糧の確保をしなくちゃいけないのに、全部喰われちまう。
俺は部下の兵に貯蔵庫の場所を聞くと、急いで現場に向かった。
すると予想通り奴らはそこに居た。
貯蔵庫の中で手当たり次第に貪り食う魔物が二匹。
俺は二人の真後ろにそっと立つ。
「美味しいか?」
小さい声で話しかけると、二人は飛び上がって驚いた。
そして操り人形の様な動きで振り返るラミとハピ。
あれ? 前にこんな事を体験した様な……
「ラ、ライさん、ち、違うんだよ。たまたま山に、し、芝刈りだったんだよ」
「そ、そ、そうですわ。ちょっと、か、川に洗濯ですわっ」
支離滅裂過ぎる言い訳。
本当に分かり易いリアクション。
しかしな、今の俺がキツく言えた立場じゃない。
「二人とも、ここは兵站部隊に任せて戻るぞ。後始末がまだ残ってるからな」
二人は俺が怒らなかったことに少し驚きながらも、素直に外に出て行った。
生き残った敵兵の扱いや、戦利品の回収と分配。
荒れた砦内の片付け。
やることは多い。
俺はなんとなく、砦が見渡せる見張り塔の上に登った。
そこから部下の作業を何となく眺めていると、オーク将軍がやって来て俺の隣に並んだ。
「見事な戦いっぷりでした。この素人集団でよくぞこの砦を落とせました。この戦いはきっと、伝説に残るでしょう」
「やめろ、やめてくれ。俺は和平交渉に来たのであって、戦いに来たんじゃない。あれほど味方には戦うなと命令しておいて、それが自ら敵陣へ突っ込んでこの有り様だ。軍団長失格だ」
すると将軍は笑いながら言った。
「ははは、何を言ってますか。周りを見て下さい。この部隊の連中が、そんな程度を気にすると思いますか?」
ハッとして作業する部下達をゆっくりと眺めてみた。
オーク兵の一人が、物陰で戦利品を懐へと入れている。
取っ組み合いの喧嘩をする者。
瓦礫に隠れて酒を飲んでいる者。
ああ、言われてみれば確かにそうだ。
一時的に士気は上がったとはいえ、所詮は統制のとれない寄せ集め部隊。
部隊のためとか勝利のためとかより、自分が如何に楽するかしか考えてない連中。
そんな部隊のトップが何しようと、気に掛ける奴などいないか。
そうだ。
俺達は人間じゃなく、魔物なんだ。
人間の倫理観なんて関係無い。
戦いの後で和平交渉をしたっておかしくない。
和平交渉中に暴れ出すのも魔物だ。
終わった後の言い訳が「そうしたかったから」、それが魔物。
何だ、簡単なことじゃないか。
俺達も相手も魔物。
敵に魔王が居たとしても同じだ。
魔王だって魔物なんだ。
「オーク将軍、皆に言いたいことがある」
俺はそう言って塔の上から叫んだ。
「我が魔物オウドール混成軍団の兵達よ、良く聞いてくれ。俺達は敵の前哨基地とも言える、ウォール砦を陥落させた。この勢いでもって和平交渉を有利に進める。これも皆の勇敢なる行動のおかげだ。それで今晩は宴会だ。兵達よ、思う存分に飲んで食って騒げ!」
たちまち砦内が大歓声に包まれた。
「軍団長ばんざ〜いっ」
「俺達最強だ〜!」
「和平交渉突撃ばんざ〜い!」
なに?
何か聞こえちゃ駄目な言葉が聞こえた気がする。
戦利品を投げ上げて大喜びする者達。
喧嘩していた者同士が、抱き合って歓声を上げている。
陰で酒を飲んでいた者が、小躍りして喜びを表している。
それを見た他の者も、次々に踊り出す。
ハピも興奮してきてのか、踊り出してタンバリンを叩き始めて……
「待て〜〜、それはいかんだろうが〜〜っっ!」
・
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その夜はずっと魔物の騒ぐ声が絶えなかった。
それも過ぎてしまえば些細なことだ。
翌朝の砦内は酷い有り様だった。
折角片付けた砦内が、荒れに荒れていた。
もう笑うしかない。
そう言えは昨夜なんだが、兵達が「鮮血の魔物狼様バンザイ」とか言って騒いでいたな。
きっとダイのことだろう。
中には略して「鮮血マオオ様」と言う者までいた。
その呼び名じゃ、魔王と勘違いされてしまうよな。
可哀そうな奴だ。
はははは。
――――などと笑っていた時期も有りました。
まさかそれが俺の事とか思わないだろ。
笑っていた俺が恥ずかしい!
その後、大量の戦利品を得たことで、味方の兵の武器の質が上がった。
現地調達の徴兵だったから、碌な武器も持たずに戦わせていたからな。
それに大きいのは、食糧と荷車や使役獣を得たこと。
これで行軍速度が戻る。
捕虜は五十人程だが、味方三百人の兵と一緒に砦に残すつもりだ。
ここなら地下牢もあるから管理しやすい。
それと負傷者もここに残す。
そして三日後、再び俺達は行軍を始めた。
今回も四部隊に分けての行軍だ。
俺達第一部隊が目指す地は、コボルト族の街「ドギ」だ。
他の部隊もそれぞれ目標の街がある。
最終的にコボルトの本拠地の大都市で合流する予定だ。
情報によるとドギの街は、それ程大きな都市ではない。
だが広大な畑を保有するため、コボルト族の主食の大半を担っているらしい。
その主食とは彼らが「ドグフー」と呼んでいるもので、豆粒ほどの大きさの、肉や麦から作られた食べ物らしい。
何でも乾燥タイプと半生タイプの二種類があるという。
ちょっと興味がわいた。
このドギの街に立ち寄り、物資を補給する手はずだ。
もちろんウォール砦が落ちた情報は伝わっているはずだから、多少の抵抗はあると予想している。
しかし敵にとって砦の陥落は予想外のはず。
だから多くの兵は居ないと予想した。
二、三数百人程度じゃなかろうか。
その途中、コボルトの村落を通り、村から食糧の接収も行う予定だ。
その最初の村が見えてきた。