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193 ウォール砦で暴れた





 俺は左右にラミとハピを従え、小脇にダイを抱えてウォール砦の門の前に立った。


 たった数歩先には、先程送った特使の血溜まりがある。

 丸太は引き上げられたようで、門の上部の隙間にぶら下がっているのが見える。

 その丸太からはまだ血がしたたっている。

 嫌な光景だな。


 真っ先にラミが大声でしゃべり出した。


「門を開けやがれ。ライさんがわざわざここまで来たんだぞ。何とか言え、こら!」


 続いてハピ。


「軍団長のライさんが来たんですわよ。早く開けないと、強行突破しますわよ!」


 言葉が悪い!

 っていうか、好戦的すぎるだろ!


 案の定、俺達の目の前の血溜まりに、矢が数本突き立った。


 警告だけか……


 俺達には直接攻撃してこないということは、俺がどういう身分の者か敵は理解したってことだろう。

 これなら交渉のチャンスはあるはず。


「ラミ、ハピ、ちょっとお前らは黙ってろ。俺が交渉する」


 俺はダイを抱えたまま数歩前に出る。

 そして敢えてダイを撫でて余裕を見せつつ、ゆっくりと門を見上げた。


 さて、ここからが腕の見せどころだ。

 ただでさえ士気の低い、数千の味方の視線が俺に集まっているのだ。

 散々殺すなと言い続けてのこの場面。

 ここで穏便に砦内部へと入って交渉の場に立てれば、俺の株も上がるってもんだ。


 俺は門塔に目を移し、門番に声を掛けようとしたその時だった。



――――ドスンッ!



 丸太が落ちてきたのだ。



 ちょっとだけヒビった。


 でも身体が後ろへ仰け反っただけだ。

 全然余裕なんだからね。

 

 ちゃんと俺は、血溜まりの手前で立ち止まっていたし。


 丸太は想定内で前回と同じ場所、つまり血溜まりの上に落下しただけだ。

  

 ただ、想定外もあった。


 大量の血が俺に跳ねたのだ。


 「バシャッ」、そんな音を立てて俺は頭から血を被り、全身赤く染まった。


 もちろんダイも赤く染まる。


 ダイを撫でていた手が止まった。


 何か得体の知れない感情が湧き上がってくる。


 後方の味方部隊からどよめきが起こる。


 反対にウォール砦からは笑い声が聞こえた。

 問塔に詰めているコボルト兵の門番達だ。

 俺をからかう言葉までも聞こえてくる。


 俺は必死に冷静を保ちつつ、ゆっくりとダイを地面に置いた。

 するとダイはブルルッと全身を震わせ、身体に着いた血液を振り飛ばす。

 そして天に鼻先を向けて、長い遠吠えを発した。


 一瞬で静まる門番のコボルト兵達。

 砦内部のざわめきまでも静かになった。


 犬の亜人種であるコボルト族にとって、遠吠えには意味があり、彼らはダイの声に反応したらしい。


 俺が呆然としていると、視界を血以外の何かがさえぎっているのに気が付いた。

 

 それを手でぬぐうと黒い何かが手に付いた。


 血で染まったカラスの肉片と羽だ。


 こめかみが引き付く。


 自然と喉から唸り声が漏れた。


 ここは耐えるんだ。

 何としても砦内へ入って、交渉の場を作らなければ……


 俺は血だらけのまま歩き出す。


 丸太を乗り越え、門の目の前に来た。

 そして門の扉に両手を当て門塔を見上げる。


 門番のコボルト兵達が、奇異な目を俺に向けているのが見えた。

 だが何もしてこない。

 ただ「何をする気だ?」という顔で俺を凝視しているだけだ。


 両腕に力を込める。


 扉はピクリともしない。


 だが俺はそれを止めない。


 ラミとハピが走り寄って、俺の横に並ぶ。


「ライさん、手伝うぜ」

「何だか面白そうですわね」


 三人で巨大な門の扉を押し始めた。


 そこで門番らは俺達が何をしようとしているのか理解したらしい。

 門塔の中から笑い声がいくつも響き始め、俺達をからかう言葉もエスカレートしてきた。


 俺は唸り声を上げる。


「ヴァルルル……」


 両腕の筋肉が盛り上がり躍動やくどうし、続いて両足の筋肉が盛り上がる。

 そして背中、腰へと移り、全身に狼の毛がブワリと生えてきた。


 そう、俺は狼の姿へと変身した。


 全身に力がみなぎり身体が軽くなる。


 気分はハイ。


 全てから解放されたようだ。


 俺は天に向けて雄叫びを上げた。


「ヴァオオオオ〜」


 両腕の筋肉がさらに盛り上がる。


 門扉がきしみ、ミシミシと音を発した。


「おうりゃあっ、これは開くんじゃねえのか!」

「きっと……開きますわっ」

 

 ラミとハピも必死だ。


 門扉のきしみ音が聞こえたのか、扉の向こう側のコボルト兵が騒がしくなってきた。


 さらに先程まで笑っていた門塔のコボルト兵達が、血相を変えて慌てだす。

 突然人間の姿の俺が狼に変身したのだ。

 それは驚くだろう。


 そのコボルト兵達の表情から読み取れるのは、激しい動揺。


 その時だ。


 ダイが俺の肩を踏み台にして跳躍ちょうやく


 壁を蹴って門塔へと乗り移り、監視窓から内部へ侵入。


 塔内からは悲鳴の数々。


 そして血の匂い。


 俺は吠えた!


「ヴォオオオ〜〜!」


 扉の表面に亀裂が入る。


 そしてバリバリッという音と共に、門扉が半壊しながら開いた。


 後方の味方からどよめきと歓声が上がる。


 門扉が崩れると砦の内部が見えた。

 コボルト兵の視線が俺に集まっている。

 どいつも面食らったような顔をしていた。


 俺は自然と口角が上がり、牙が剥き出しになる。


 すると奴らの表情は、恐怖で埋め尽くされた。


 俺が一歩前へ踏み出す。


 すると奴らは後ずさりする。


 俺の中で暴れたいという衝動しょうどうが膨れ上がってきた。


 本能が血を欲しがっている!


「ガルルルッ!」


 俺は走り出した。


 そこにいるのはもはや敵兵ではなく獲物。


 狼狽ろうばいした獲物が目前に迫る。


 喉元に喰らいつく。


 肉を裂き骨を砕く。


 そうだ、これだ、この感触を欲していたんだ!


 すぐさま隣の獲物に喰らいつく。


 首を振って肉を引き裂く。


 右に左にと鮮血が飛び散る。


「ガルルル……」


 周囲を見回す。


 獲物が徒党ととうを組んで槍を構えているのが目に入った。


 大量の獲物だ。


 そこへ迷わず飛び込んだ。


 爪で槍の穂先をぎ払い、近くの獲物の顔面に喰らいつく。


 獲物の集団は一瞬でパニックと化した。


 前脚を振るごとに獲物の身体の一部が千切れ飛ぶ。


 逃げ惑う獲物の背中に爪を喰い込ませる。

 

 生暖かい感触。


 そのまま爪で引き裂く。


 左右に逃げようとする獲物を同時に切り裂く。


 腰を抜かした最後の獲物が、座り込んで俺を見る。

 何かつぶやいているのか、口が僅かに動いている。


 俺はそいつを踏み潰して黙らせる。


 槍を持った集団は、あっという間に血溜まりに変わった。


 辺りを見回すと、ラミとハピも好き勝手に暴れているようだ。


 そこへ何かが飛んできて、俺の背中に刺さるが直ぐにポロリと抜け落ちた。

 

 首を傾けると矢のようだ。


 目線をその先へ移すと、建物が見える。

 その建物の階段の上にクロスボウを持った獲物がいた。


 そこか!


 建物目掛けて疾走する。


 階段を駆け上がる。


 すると獲物は、叫びながらクロスボウを向けてきた。


 爪で払うと、クロスボウが子供のおもちゃのように壊れた。


 その先には、恐怖に歪んだ顔があった。


 俺は迷わずその歪んだ顔を噛み潰す。


 そのまま建物内部へと入り込む。


 全ての部屋の扉を砕き、全ての部屋を血に染めた。


 一体だけ抵抗する獲物がいた。


 頑丈そうな鎧を全身に着込んでいる。

 こいつがこの砦の指揮官なんだろう。


 中々鋭い剣捌けんさばきをしてきたが、所詮は獲物。

 狩られる側でしかない。


 その獲物の剣先が、俺の尻尾の毛の数本を斬り裂いた。


 だがそこまでだ。


 犬の亜人では人狼には勝てない。


 盾を持った左手を喰い千切ってやった。


 だが残った右手の剣でまだあらがおうとする。


 残った右手を爪で引き裂いてやった。


 するとガックリと両膝を床に突いた。


 観念したらしい。


 最後に喉笛を掻き切ると、やっと静かになる。


 こいつを最後に、この建物の中には獲物は居なくなった。


 俺が建物から出ると、砦の内部には多数の味方が入り込んでいるのが見えた。

 壊れた門扉からなだれ込んだのだろう。

 多数の敵兵の屍が横たわり、立っているのは味方ばかりだ。


 そこで再び遠吠えが聞こえた。


 遠吠えの方向を見ると、見張り塔の上のダイだった。

 勝ち名乗りのつもりらしい。


 それに合わせて味方から歓声が上がった。


 ウォール砦の陥落だ。


 そこでふと思い出した。


 あ、そうだ。

 和平交渉を忘れてた!






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