191 行軍が始まった
「このバッグ、欲しい……」
言ってみるものである。
インテリオークは店の奥へと行くと、店主らしきカラス系男を呼び出し何か会話を始めた。
会話が進んでいくと、店主が俺の方をチラチラと見ながら表情が強張っていく。
インテリオークの表情はこの位置からだと見えないが、間違いなく眼鏡をクイッとやって店主を脅しているはずだ。
きっとあの眼鏡は魔道具に違いない。
それも暗黒系の魔道具。
しばらくすると店主が陳列棚を開けて、中からマジックバッグを取り出し、俺の所へ持って来た。
「これはこれは、ライ様がご来店とは知らずに、大変失礼致しました。とうぞこちらをお納め下さい」
「お、おう。悪いな」
解せぬ店主の態度。
だが「どうぞ」と言われれば、受け取らない訳にはいかない。
断わる理由など、これっぽっちもないからな。
俺はマジックバッグを鷲掴みにした。
ヤバい、顔のニマニマが止まらない。
ついでにハピの「ぷしゅ〜」ってなった、マジックミサイルの弓矢を見てもらったのだが、一時的なものらしく、しばらくすると直るらしい。
それは良かった。
苦労してターナー伯爵から奪い盗った魔道具だからな。
俺はマジックバッグを握り締めながら店を出た。
店を出て直ぐにインテリオークに聞いてみる。
「幾ら払ったんだ?」
多分、俺が軍団長だと証して値切ったんだろうと思ったのだが、そうではなかった。
「お金など払いません。徴用したんです」
恐ろしいこと言うよね。
「店主が良く承知したな」
「店ごと徴用されたいかと聞いたのです。すると店主が涙目で是非これを軍団に役立てて下さいと、勝手に差し出してきたのです。話の分かる店主で助かりました」
血の気が引いた。
俺がマジックバッグを返しに行こうとするとインテリオーク。
「先程のあの店主の様子からいって、受け取るとお思いでしょうか」
絶対受け取らないよな。
仕方無い、今後からあの店を贔屓にしてやるか。
「でもな、こんな高い魔道具をただで持って来てしまって、あの店は潰れないのか」
「ライ殿、そこはご心配無用です。マジックバッグの原料費なんて金貨四、五枚です。最近はダンジョン探索アイテムとして人気があるから、十倍の値段でも売れるのです。だからその程度の金額で店が揺らぎはしません」
そういうことなら、俺は有り難く念願のマジックバッグを貰うこととする。
しかしマジックバッグは、どうやって作るんだろうか。
そっちが気になるよな。
そして急いで遠征の準備を終わらせ、部隊が集まっているという街の外に行った。
おお、集まっている。かなりの数だ。
兵士四千と兵站部隊が千、合計五千名の部隊を注文したのだが、これはもっといそうだな。
指揮官であるオーク兵の将軍に尋ねると、合計で七千名だという。
予定よりも多く集まったのだ。
ただし寄せ集めの兵士と、徴兵した兵士ばかりの為、士気は最低といって良い。
注文通りとはいえ、烏合の衆とも言える数合わせ部隊となった。
インテリオークは念の為、正規部隊を集めて後から来るらしい。
こうして俺は部隊を引き連れ、コボルト族がいる都市へと向かった。
片道二ヶ月の予定だ。
遠征の途中で食糧確保のため周囲の魔物を狩りながら進むのだが、七千名の大所帯となると周辺の魔物を狩り尽くしてしまう。
その結果、後続の部隊が獲物を狩れなくなる。
それを避けるために、部隊を四つに分けて行軍経路を変えた。
これで食糧確保は上手くいったと思う。
もちろん相互連絡は絶やさないようにと、伝令は定期的に送ってやり取りはした。
遠征途中に各種族の村からも徴兵した。
大した数ではないが、無いよりはましである。
それにこの辺りの村は、コボルト族が侵攻して来たら、真っ先に戦場になる。
出し渋っている場合じゃないのは、村の連中もわかっている。
特にオーク族の村などは戦闘民族だけあって、勝手に志願するものが殆んどだった。
初めの内はそれで順調に進んだ。
しかしコボルト族の支配地域に近付いたところで、別れた第四部隊が襲撃を受けた。
待ち伏せ攻撃だ。
しかも兵站部隊を狙われてしまった。
地の利はコボルト族が知り尽くしている地域。
大規模な待ち伏せにも気が付かなかったのだ。
俺達の部隊の警戒能力が低かったのもあるが。
敵の待ち伏せ襲撃部隊の規模は、たかだか五百名とのことだが、兵站部隊へのダメージが大きい。
第四部隊の行軍に連れて来た荷運び兼食糧である家畜の殆んどが、敵の手によって殺されたのだ。
もちろん荷車を牽く使役獣も襲われた。
始めから兵力の削減ではなく、兵站が狙いだったようだ。
そうなると警戒も厳重になり、以前の行軍速度では進めなくなり、行軍速度が遅くなる。
特に使役獣が減らされたことにより、物資の輸送に支障が出て、人力輸送を強いられた。
コボルト族め、侮れないな。
これはダック族を参謀に据えて、ずる賢いやり方で対抗した方が良さそうだ。
まずは強行偵察部隊を送る。
ここはゴブリン族の精鋭である、ゴブリンライダーを使う。
機動力のある部隊は温存したいところだが、今は出し惜しみをしている時じゃない。
ゴブリンライダー四組で一班として、二十班を大地へと放った。
さらに川へはダック兵二十人を斥候として放った。
川はコボルト領の海へと繋がっているからだ。
ダックの泳ぎならば、陸から行くより早い。
武器や荷物は倒木に載せて運ぶ。
ダックとの連絡はゴブリンライダーに任せた。
ただし帰路は川を上るのは辛いため、途中で回収する。
この作戦は各種族の参謀と話し合った結果である。
兵を放って一週間して、ゴブリンライダーの伝令が戻って来た。
ここから歩いて三日程の川の下流で、コボルト族約五百人が野営しているとの情報だ。
そこでダックの斥候は立ち往生しているらしい。
無傷の兵士みたいだから、第四部隊を襲撃した五百人とは別の部隊のようだ。
それに野営地の場所的にも、恐らく俺達第一部隊を待ち伏せするつもりなんだろう。
そこで俺は命令を下した。
「作戦開始!」
数時間ごとに野営地へ、十個ほどの投石をするだけの攻撃、そして直ぐに逃走を繰り返す。
それをゴブリンライダーが四方八方から続ければ、奴らは行動に制限が掛かる。
コボルト族は足は速いが獣や魔物に直接騎乗する習慣はあまりないから、ゴブリンライダーには追い付けない。
それに潜伏場所がバレてしまっては、待ち伏せはもう無理だから退却しかなくなる。
小人数でも撃退出来る、中々ずる賢い作戦だ。