190 欲しかった品物が売ってた
カラス男の店員は、ダンジョン産の小さな壺を前に説明を始めた。
「中身はポーションで、効果は牙や角の再生だったよ。効果そのものは大した事は無いけど、かなり珍しいポーションだな。知り合いの鑑定士に聞いても誰も知らなかったんだ。こんなポーション俺も初めて目にしたよ。それでな、うちで引き取らせてくれるなら、金貨七枚出すぜ?」
牙と角にしか効かないって、かなり微妙な効果だよな。
でもレアポーションらしい。
値段は悪く無いんだが、レアとなるとどうするか悩むよなあ。
オークションに出品すればもっと高値がつきそうだし、直ぐに手放さなくても良いか。
「売るかどうかは、もうちよっと考えてからにする」
そう返答すると、カラス男は素直に諦めてくれた。
そしてカラス男は次に、調理道具であるレードル、通称“オタマ”をカウンターに置いた。
木製のオタマであり、庶民の家庭でも普通に見られる調理道具である。
カラス男はそれを見つめながら説明を始めた。
「このオタマなんだがな、これで調理すると美味しさが増すらしいんだ。だがな、その増す度合いというのが個人差があるんだよ。ある者は凄く美味しく感じるが、ある者はそこそこの味と感じたりと、非常に差が出るんだよ。決して味が落ちることは無いらしいが、効果が微妙なんだよな。どうする、売るなら金貨三枚で引き取る。せめて金属のオタマならもうちょっと色を付けられたんだが」
これまた微妙な効能の魔道具だな。
だけど必ず美味しくなるなら、売らずに持っておくか。
「それは持っておく。次の説明を頼む」
「そうか。なら次が最後の品物だな」
そう言ってカラス男は小さな槍を手に持ち、説明を始めた。
「こいつは凄いぜ、だんな。大きさが変わる槍なんだよ。ロングスピア、ショートスピア、スローイングスピアと長さと形状が変わるんだよ。それに貫通効果が加わる。と言っても必ず貫通効果が表れるんじゃなくて、それはランダムみたいだ。だけど形状変化と貫通の二種類の効果付与は珍しいぜ。金貨十二枚出す。どうだ?」
ぜってぇ売らねえ。
だが返答はやんわりと。
「それも少し考えておく」
そう言って結局鑑定料金だけ支払って、何も売らなかった。
これだと赤字なのだがな。
だがゾエちゃんのエサだった、部下の冒険者の装備が残っている。
これが高く売れれば最低限の金にはなる。
ただしここではなく、武具屋へ持って行く。
専門の店の方が高く売れるからな。
それと折角来たんだから、何か有用な物はないか店内を物色しておくか。
城ダンジョンの近くだけあって品数は豊富だし、人間社会で買うよりも安い。
それを知っている商人達は、この街で魔道具を仕入れて人間社会で売りさばき、結構な利益を上げていると聞いた。
だが荒れ大陸の移動はリスクが大きいし、護衛にも金が掛かる。
それこそ命懸けな仕事だ。
果たして命に見合う仕事なのだろうか。
あ、それって冒険者と一緒か。
それに気が付いて思わずニヤけてしまう。
そのニヤけ顔が直ぐに真剣な表情に戻る。
盗難防止の格子が入った陳列棚の中の品物を見たからだ。
「ま、まさか、マジックバック……なのか?」
防犯用の格子が入った陳列棚の品物、それはつまり高価な品物が陳列してあることを意味する。
やはりマジックバックに違いない!
陳列されたマジックバックが輝いて見える。
俺は直ぐに近くの店員に声を掛けた。
「そこのマジックバックは売り物なのか!」
ちょっと声を荒げてしまいビビらせてしまったが、恐る恐るだが店員は説明してくれた。
「確かに先程入荷したばかりの品物です。容量が樽一つ分の“マジックバック”です。もちろん販売しています……」
これはツイている!
「値段を教えてくれっ」
「は、はい。金貨四十枚です」
「……」
終わったな……
とても払えねえ!
冒険者だから信用買いも出来ないしな。
くそ、なんか良い手は無いだろうか。
周囲を見回す。
用心棒はダークオークが一人だけだ。
もしかしたら他にもいるかもしれないが、所詮はダークオーク。
俺一人でも余裕だ。
それに外には強力な獣魔達がいるし、護衛オークもいる。
ダークオークなら一個分隊居ても楽勝だ。
これはイケるんとちゃうか?
俺の魔物としての邪心が目覚め始め、腰の剣に手が伸びる。
――――「ライ殿」
突然背後から声が掛かった。
心臓が口から出そうとは、このことを言うのだろう。
背筋がピーンと張り、身体が石の様に硬直し、肌がブツブツと粟立ち、心臓がドクドクと激しく鼓動する。
声のする方へ振り返ろうとするが、なかなか身体が言うことを聞かない。
ぎこち無い動作なのが自分でも分かる。
やっと振り返ると、そこにはインテリオークが立っていた。
「ライ殿、どうしたのですか。動きがカラクリ人形ですが」
そう言って眼鏡をクイッと上げる。
その眼鏡、叩き潰したろか!
いつも絶妙なタイミングで現れやがる。
「な、何しに来た」
俺が何とか声を絞り出すとインテリオーク。
「はい、兵士が集まりましたのでご連絡に参りました」
まだ、約束の一週間も経ってないぞ。
「お、おう。早かったな」
「はい、ライ殿が兵の質は問わないとおっしゃりましたので、兵から物資まで全て現地調達しました」
あ、それって鳥系住人が多い、グースタウンで徴用と徴兵をしたのか。
そうなると鳥系ばかりの兵が集まったことになる。
ちょっと不安が残るが、今回は和平交渉だ。
ただ舐められない様に、兵士の数は揃えただけだ。
もしかしたら魔王がいるかも知れない。
俺の個人的な考えだと、魔王がいると思う。
コボルト族が大都市を築き港湾施設を造るとか、とても考えられない。
それが魔王が現れたせいならあり得る
そうなると、これ以上刺激してはマズい。
準備が出来たなら出発するか。
だがその前にやることがある。
俺はインテリオークの真正面に腕を組んで立ちはだかり、重い口を開いた。
「このバッグ、欲しい……」
インテリオークは目を大きく見開いたのだった。