187 ゾエちゃんと戯れた
俺は負傷者チームを送り出し、ハピを連れて落とし穴部屋の前に立つ。
そっと扉を開けてみる。
開けた扉の中を見ると、部屋の反対の壁にはもう一つ別の扉がある。
あれを開けたら落とし穴が作動したんだったな。
俺はゆっくりと部屋に入り、反対の扉の前まで進む。
ここまでは特に変わった様子はないな。
何も言わなくてもハピは、俺の腰を直ぐに抱えられる距離にいる。
「ハピ、扉を開けるぞ」
そう宣言して扉の取手を掴もうとして留まった。
「何だこれ?」
俺が扉をジロジロ観察していると、不思議に思ったハピが声を掛けてきた。
「どうしたのですの?」
「この取手に仕掛けがあるみたいだな。それにこの黒くなったとこ、変だと思わないか」
これは引き扉なのだが、取手の横に多数の手垢で黒くなった部分があるのだ。
もしかしてこれ、トラップ付きのシークレットドアじゃないのか。
俺は扉の取手を触らず、手垢で黒くなった部分を押してみた。
ズズズ……
何かがズレ動く音。
思わず扉から跳ね退く。
ハピも翼を広げて警戒する。
しかしその音は扉の直ぐ隣の壁からのものだった。
壁の一部分が扉の様に開き、その先には通路が見えた。
やはりシークレットドアか。
俺は警戒しながら通路を覗く。
右側に伸びている。
その通路の先には新たな扉が見える。
隠し部屋だろうか。
そこでマンティコアとの戦いの場所を思い出す。
あれは下の階層での戦いだった。
下に落ちたなら、四階層の戦いになるはず。
となると三階層の階層主とはまだ戦ってないことになる。
つまりここが本当の階層主の部屋なのかもしれない。
俺は開いた壁を抜け、通路を進む。
そして新たな扉の前に立った。
そこで一度深呼吸してから扉を開けた。
何だここは……
異様な臭いが漂っている。
カビ臭く血の臭いがたちこめる。
ダンジョン内は臭いが薄いのだが、ここだけは違った。
部屋の様だがかなり薄暗い。
部屋の四隅に灯る、ローソクの火だけが光源だ。
部屋の中央に何か置いてある。
近寄って見れば棺桶だと分かる。
そうなると、ここの階層主はバンパイヤか。
ってっことは……
「ハピ、ここの階層主はゾエだ!」
俺が剣を抜き放つと、ハピも短ハルバートを構える。
すると部屋に不気味な声が響いた。
「またお前か。何でわざわざここまで来て私の邪魔をするか」
暗い上に声が反響して、どこから声がするか分からない。
しかしその声は間違いなくゾエ。
「こんな穴倉に籠ってないで、広い外の世界に出て来たらどうなんだ」
俺が嫌みったらしく言うとゾエが激しく反応した。
「お、お前のせいだろうがっ……ふん、変な武器を使いやがってね。だけどね、私は今ここの階層主よ。ここは私の領域なのよ。前みたいにはいかないから覚悟しな!」
ゾエが言い終わると暗闇から人影が現れる。
冒険者っぽい格好をしている二人の人間。
薄暗い中、僅かに確認できる冒険者章。
金等級か。
装備からして剣士が二人。
このダンジョンに探索に来た冒険者なんだろう。
ゾエのエサにされたか。
人間をエサに出来たからには、減少したゾエの力が復活していてもおかしくない。
さらにダンジョン魔物という立ち位置ならば、ダンジョンからの恩恵も受けているはずだ。
勇者の加護みたいなものだ。
厄介だな。
冒険者が徐々に近付いて来る。
その手に持つ武器は聖銀製の武器。
城ダンジョンに入ってくるなら当然の装備だ。
しかし聖銀はライカンスロープである俺にも効果がある武器となる。
まあ、当たらなければ問題ないし、ハピには全く関係無い。
「ハピ、ザコは任せる!」
「了解ですわ!」
ザコの冒険者はハピに任せて、俺はゾエを探す。
ハピが翼を広げて舞い上がり、暗闇に行こうとした。
俺は慌てて叫ぶ。
「ハピ、違〜〜う!」
ハピはホバリングしながら振り返る。
「ライさん、どうしましたですの?」
「俺が言った“ザコ”ってのはな、ゾエじゃないぞ。あの冒険者達だぞ!」
「あら、そうでしての。ゾエの方がザコかと思いましたですわ」
その俺達の会話が聞こえたらしい。
天井の暗闇から突然姿を現した悪逆のゾエ。
「誰がザコなのよ!!」
コウモリの羽根を広げ、鞭を手に持ち……いや、持っているのは小剣か。
鞭なんて珍しい武器は、ここでは手に入らなかった様だ。
ゾエの小剣が俺に迫る。
あれ、ハッキリと動きが見えるな。
相当能力が下がっているみたいだ。
速さが無いゾエなど敵ではない。
俺は難なく右手の小剣でゾエの小剣を弾く。
ギンッと音を鳴らして火花が飛ぶ。
「くっ」
思わず言葉が漏れた。
その剣戟は思った以上に重い。
今の一撃を弾いただけで、俺の聖銀の小剣にヒビが入った。
この力はダンジョンから受けた能力なのか。
しかしそれよりも驚いたことがある。
近くで見て分かったんだが、ゾエの身体が前より小さくなっている。
姿はそのまま、全体的に小さくなっている。
「おい、ゾエ。お前、何ちっちゃくなってんだよ」
思わず言葉に出してしまった。
すると、顔を真っ赤にして叫び出すゾエ。
「うるさい、うるさい、うるさ〜いっ。勝手なこと言ってんな。今の私はね、ダンジョンから力の恩恵を貰ってんだよ。前の私とは違うんだよ。お前になんか負けないんだよ!」
やはりダンジョンから能力を貰っていたか。
「何だ、魂の力が弱まってちっちゃくなったんだな。声も何だか子供っぽいし。これは“悪餓鬼のゾエちゃん”に二つ名を変えないと駄目だな」
「や、やめろ〜。ちゃん付けは、ちゃん付けだけは許さないからね!」
ゾエちゃんが小剣を振るいながら詠唱を始めた。
「あらら、ゾエちゃんは攻撃しながら魔法も使えるんでしゅか?」
「赤ちゃん言葉はよせ〜!」
詠唱を中断してまで文句を言ってきたな。
取り敢えず詠唱遮断成功だ。
「許さないから〜!」とか叫びながら、再び小剣を振るうゾエちゃん。
それは難なく避けてやる。
「おやおや、ゾエちゃんは強くなったんでしゅね〜」
頭に血が上ったゾエちゃんは、次第に剣さばきが乱暴になってくる。
思うツボだな。
「私を馬鹿にするな〜!」
剣戟は受けるとヤバいから全て避ける。
「あらまあ、ゾエちゃん恐いでしゅね〜」
「お前、絶対に血祭りに上げてやる!」
「ゾエちゃんはお祭り好きなんでしゅね〜」
「こんのおおっ」
ゾエちゃん、かなり興奮してきたな。
これなら魔法は防いだようなもんだし、怖いものはない。
ゾエちゃんが小剣を大きく上段に振りかぶる。
チラリと見えた表情がもの凄い。
怒りを込めた渾身の一撃みたいだ。
「死ねえ〜〜!」
剣を振り下ろした。
俺はひょいとそれを避けた。
すると破片が飛び散り、剣が床に深く突き刺さる。
「避けるな〜!」
そう言われてもなあ。
ゾエちゃんが剣を引き抜く前に急接近する。
そしてヒビが入った小剣を捨て、右手を空いた状態にした。
ピタリとゾエちゃんに密着してやった。
驚いた顔を見せるゾエちゃん。
そこで俺はゾエちゃんの頭に右手を置くと、耳元に顔を近付けて囁いた。
「鉄等級からやり直しでしゅね、ゾエちゃん」
そう言って頭をポンポンと軽く叩いてやった。
「おま、お前……=-O∌%$£µ℉△☒!!」
言葉にならない奇声を発しながら、ゾエちゃんは小剣をブンブンと振り回す。
壊れたな……