186 四階層に出た
三匹のゾンビ化したマンティコア。
恐らく三匹でも俺達なら倒せるだろう。
だが四匹、五匹と徐々に増えていったらどうだろうか。
体力だって無尽蔵では無いし、祈祷師の魔力もいずれ底を着く。
そうなったら終わりだ。
それに負傷者の治療をしないと、助かる者も助からなくなる。
これってもしかして無限地獄なんじゃないのか。
それが分かったとしても、どうにかなる訳でも無い。
現れたマンティコアが攻撃してきた。
倒してやったさ、三匹とも。
そして倒した後も皆、戦闘態勢を崩さない。
この無限地獄に気が付いたからだ。
オーク祈祷師二人は、魔力が残り少なくなったらしく、殆ど魔力消費の無い魔道具に頼りだした。
そして予想通り、四方向の壁から四匹が現れた。
囲まれた状態から始まる戦闘。
ここでふと思ったんだが、奴らは必ず壁から湧き出すよなと。
それなら対処法はある。
まずはこいつらを倒さないといけないが。
今まで直接戦闘に参加しなかったダイが、口に聖銀の小剣を咥えて戦ったおかげで、四匹のゾンビ化マンティコアも大した怪我も無く倒せた。
そして肩で息をしながら、全員が壁際で剣を構えて待った。
壁から湧くのなら、始めからそこで待ち構えていれば良いだけ。
だいだい壁の中央から出現してきていた。
だから全ての壁の中央で武器を構えて待てば、少なくとも先制攻撃が出来るはずだ。
四方の壁から四体のゾンビ化したマンティコアが湧き出した。
あれ?
五体じゃないのか。
湧き出した途端に急所である頭に、聖銀の武器を突き立てる面々。
あんなに苦労したマンティコアだったが、何の攻撃も受けないまま四匹全てを倒してやった。
身体が完全に出現する前に終わらすほど早く。
そして直ぐに一体だけ壁から湧き出した。
五体目か。
ひとつの壁からは、一体ずつしか湧き出さないのかもしれない。
もちろん瞬殺だ。
ということは、次は六体か。
案の定、合計六体が壁から湧き出したが、仕組みが分かれば楽勝だな。
マンティコアの頭が見え始めた途端に剣を突き刺せば終わる。
斬魂の短剣なら、身体の一部が現れたら頭でなくても倒せる。
まさに瞬殺!
「次は七体湧くぞ!」
俺が声を掛けなくても皆分かっているようで、戦闘態勢は崩さない。
七体目になるとダックが面白いことを始めた。
マンティコアが出現する壁の場所は、毎回正確に同じ位置だと気が付いたからだ。
当然ながら頭部の出現位置も同じ。
それを知ったダック達の行動は、頭部が現れる辺りの壁に、初めから剣を突き立てて待っている。
そしてマンティコアが出現すると、勝手に剣に刺ささり勝手に煙と化していった。
ずる賢いダックが考え付きそうなやり方だが、皆が真似をした。
その内ドロップ・アイテムが出た。
木製のレードルだ。
鍋からスープを掬い取る、オタマとも呼ばれる調理道具。
今回出た魔道具は微妙だが、楽して稼げるおいしい狩り場を見つけたかも。
そして九体現れたのを最後に、出口が出現した。
その時二つ目のドロップ・アイテムが出た。
今度は栓がしてある小さな壷。
ポーション容器くらいの、かなり小さな大きさだ。
中身はポーションの可能性もあるな。
急いで拾って戦闘態勢に戻る。
だが何も出現しない。
やはりもう終わったようだ。
そして壁に新しく扉が出現した。
出口だろう。
しかし何故九体なのか考えてみると、もしかして戦っている人数に関係しているのかもしれない。
俺達四人、祈祷師二人、ダック三人の合計九人だ。
これは検証しないと分からないか。
だがこの階層主の出現の仕方だと、俺達みたいな高ランク魔物ならいけそうだが、人間のレベルでは通過が難しいだろうな。
今回みたいなやり方を知らずに真正面から戦うはめになると、それこそ特殊なスキル持ちが多いチームじゃないと苦しそうだ。
人間なら最低でも、金等級以上のパーティーが必要だろう。
取り敢えず今はここから出て、負傷者の治療が最優先だな。
新しく出現した扉から部屋を出ると、二股に別れた通路が続いていた。
ひとつは上へと登る階段で、もうひとつはこの階層、つまり四階層の奥へと続く通路だった。
まずはここで一旦休憩する。
結局、死者は二倍の八人になってしまった。
重傷者が持たなかったからだ。
その殆どが精鋭部隊のオーク兵。
体重がある上に重装備だったのだから、こういう結果になったのだろう。
生き残ったのは、案内人のオークと数名の探索者達だった。
生き残ったとはいえ、負傷者であることに違いはない。
オークの案内人はポーションで何とか命は取りとめたが、歩くのも辛そうだ。
他の生き残り探索者も程度の差はあれ、これ以上の探索は無理だろう。
俺が負傷者を見回していると、ラミに目に留まる。
そこで聞きたかった質問をラミにした。
「なあラミ、あの落とし穴の高さ結構あったよな。何で大した怪我もしなかったんだ?」
「そのことかよ。えっとだな、高いところから落ちる時ラミア族はな、こういう恰好をするんだよ」
そう言ってとった恰好は、蛇がとぐろを巻く姿。
どうやら、とぐろを巻きながら着地するらしい。
そうすると衝撃が和らぐという。
後で分かったのだが、それはバネの原理らしい。
良く分からんが。
そこで感心する俺達に対して、ラミは自慢気に言った。
「なあに、この程度の高さならな、骨が数本折れるだけで済むからな。ぬはははは」
骨折してんじゃねえか!
そうこうしていると、階段から何者かが降りてくるのに気が付いた。
荷物持ちのエミュ族の三人だ。
驚いたことに、三人は逃げなかったらしい。
繰り返そう、「三人は」である。
ダチョウ男がいない!
一応だが「ダチョウ男はどうした」と聞いてみた。
すると「用事を思い出した」と言って、居なくなったそうだ。
それで三人で待っていると、下へと続く階段が現れたから、もしやと思い降りて来たそうだ。
だいたい「用事」って何だよ!
まあ、どうせダンジョンの出入り口で、見張りのオーク兵に捕まるけどな。
そう言えば一階層下へ来たんだから、ここは未発見の四階層ということになるのか。
ちょっと探索したい気にもなるが、負傷者を抱えている状況なので、ここは諦めるしかない。
「三階層に戻るぞ」
俺は階段を登りながらそう言った。
階段を登ると、先程の落とし穴の部屋の前の通路に出た。
ここへ繋がるのか。
さて、ここでまた気になることが思い浮かんでしまった。
落とし穴が起動した際の扉である。
ラミが勝手に開けた扉。
あの扉の先には何があるんだろうか。
ヤバい、気にしたら寝れなくなりそうだ。
俺が立ち止まって考えていると、ダイから念話が届く。
『奥の扉が気になってるな?』
見透かされていたか。
「そうなんだ」
『だったら行って来い』
まさかのダイからのお許し。
「でもな……」
『負傷者は俺達が送り届けるから安心しろ。ハピを連れて行けば先へ進めるんだろ』
「ダイ、悪いな」
ラミに目を向ける。
念話が通じないラミはキョトンとしている。
今回は連れて行けなくなる。
言い出しにくいな。
俺はラミを見つめながら言い出した。
「皆、聞いてくれ。俺は落とし穴に落ちる前の部屋にあった、奥の扉へ行ってみたい。ハピが居れば落ちずに扉の奥へ進めるはずだ。それで悪いんだが、あとの者は負傷者を連れて帰還してくれ」
想像通りラミが真っ先に反対した。
「何で私は連れて行ってくれないんだよ」
「ラミが抜けたら誰が負傷者を守るんだよ」
俺の言葉にラミはメンバーを見回す。
そしてダック達で視線を止め、そのまま見つめるラミ。
そして悔しそうに言った。
「分かったよ。“鳥肉の香草詰め焼”に護衛は無理だからな。今回は仕方ないな。こっちは任せてくれ……じゅるる」
良かった、素直に従ってくれたか。
ん?
素直なのか?