184 階層主の部屋の扉を開けた
唖然としてマーキングを見守る中、片脚を上げたままダイが首を後ろに向けて念話を送ってきた。
『あいつらは何を見てんだ。失礼な奴らだな』
詠唱を終えた祈祷師二人が、ダイと俺を交互に見ながら何か訴え掛けてくる。
その目は「魔法をぶち込んでも良いよな?」と聞いている様にしか見えなかった。
雰囲気が悪くなったじゃねえか。
「この部屋には居ない。移動するぞ!」
俺の声で皆が部屋から撤収して行く。
撤収しながらラミとハピがブツブツ言っていた。
「危っねえ。本気で斬るとこだったぜ」
「わたくしも、タンバリン叩きそうでしたわよ」
良かった、俺や祈祷師だけじゃなかった。
さて、こうなるとどこを探せば良いだろうか。
取り敢えず、この三階層をウロウロするしかないか。
つまり普通のダンジョン探索だな。
三階層に湧くアンデッドは、そこそこの強さを持つ魔物だ。
スケルトンでもランクが上の奴だったり、ゾンビでも魔物型だったりだ。
いつも温存されて実戦経験が少ないオーク祈祷師には、かなり良い経験が積めそうだ。
しばらくはオーク達に先頭を任せ、俺や獣魔は手を出さないようにしていた。
ちょうどスケルタルナイトを全滅させた時、ダンジョンの奥が騒がしいのに気が付いた。
他の探索者チームだろうか、何やら騒いでいる声が響いてきた。
面白そうなのでちょっと様子を見に行ってみるか。
それほど離れている場所ではなかった。
案内役のオークが言うには、三階層の階層主の部屋の前かららしい。
現場に到着すると、階層主の部屋と思われる扉の前に、幾つかのチームの探索者達が集まっている。
俺が「何があったんだ?」と聞くと直ぐ答えが返ってきた。
「ゾエがこの部屋に逃げ込んだグワ」
答えたのは、ゾエの似顔絵を持ったダックの探索者だ。
手配書を持っているようだ。
何でもゾエを見つけて追い掛けて来たら、この階層主の部屋に入ったという。
しかし階層主の部屋とは言ってるが、誰も入ったことはない。
二階層でさえ階層主はスケルタル・ドラゴンなのだ。
三階層はそれ以下とは思えず、進入禁止命令を出している。
それで未だに三階層の階層主はおろか、その部屋も分かっていない。
ただ探索の結果、その部屋しか残って無いから、そこが階層主の部屋と勝手に呼んでいるだけだ。
ゾエがその部屋に入ったなら、階層主はどんな対応をするんだろうか。
ダンジョン内の魔物同士だから戦わないのか、それとも魔物同士でも戦うのか。
中に入りたい衝動に駆られる。
その前に扉は開くのだろうか。
前にあったように、誰か入ると閉まる仕様の可能性もある。
俺は扉の取手を掴む。
それを見て他の探索者チームまでもが、武器を構え出す。
頼もしい奴らだな。
俺は取手を持つ手に力を入れた。
どうやら開くようだ。
ならばと思い、一気に扉を開け放った。
「どけ、どけ、どけ、私が一番乗りだよ!」
俺や周りを掻き分けて、ラミが勝手に部屋の中に突入した。
「はあ?!」とか思ってる間にも、後ろからの圧で俺も部屋の中へと押し流された。
部屋に入ると中は明るい。
部屋の四隅に松明が掛かっているからだ。
そこで部屋の中には味方しか居ないと気が付いた。
俺達は二十人近くいるから、一気になだれ込むと敵の確認も出来ない。
結局、俺達の討伐チームと、たまたま居合わせた探索者チーム二組が部屋の中に入り込んでいる。
全員が部屋の中央付近で背中合わせでかたまり、周囲を見回している。
壁に松明が掛けられた、何も無い広いだけの部屋だ。
ただし反対側の壁にはもう一つ扉がある。
ちょっと気が抜けてしまったな。
ダイはその集団をトコトコと抜けて行く。
当然、皆の視線がダイに集まる。
ダイはそのまま壁際に向かった。
はは〜ん、あいつ、またマーキングするつもりだな。
皆がダイに注目する隙に、ラミはもう一つの扉に向かっていた。
いち早くラミの行動に気が付いた俺は、直ぐに声を上げた。
「おいっ、ラミ。勝手な真似するな!」
だが俺が叫んだ時にはもう遅かった。
ラミが扉を開いていた。
その瞬間、足元のなんとも言えない浮遊感。
ふと下を見る。
暗闇。
床が抜けたのか!
それに気が付いたと同時に、部屋にいる全員が一緒に、その暗闇へと落ちて行った。
俺は落下しながら思い出す。
二階層の階層主の部屋も確か、床が抜けるトラップだったとハルトが言っていたな。
ハピが空中で俺の背中を掴む。
落下を途中で防いでくれたのだ。
ダイは四方の壁を蹴りながら、余裕で下に着地している。
ラミはダイに向かって「私にお◯っこ掛けやがったな!」とか、激しく文句を言いながら落下。
ハピに掴まれた俺も徐々に下へと降りて行く。
すると先に落ちた者からだろうか、暗い底のあちこちから悲鳴や呻き声が聞こえ始めた。
薄暗い中、段々目が慣れてきた。
底は大きな部屋の様だ。
そこで俺はハピに言った。
「ハピ、そろそろ底に着きそうだ。降ろしてくれるか」
ハピは「了解ですわ」と言って、ゆっくりと底に降ろしてくれた。
周囲を見回すと酷い状況だった。
結構な高さを落ちたので被害は凄まじく、死者四名に重軽傷多数。
時間が経てばさらに死者は増えそうだ。
そして、まともに戦えるのはたったの五名。
祈祷師二名は魔法を使って無傷。
その他には比較的軽い体重のダックの中の三名が、なんとか軽傷で済んだ。
さすが鳥系だな。
そして俺達四人。
体重の重い者達は軒並み重傷だった。
しかしラミはというと。
「いってえなあ〜。落とし穴とかせこい真似すんなよな〜」
どうしてその程度の傷で済んだか全く理解出来ない。
本当の痛みを感じるのに時間が掛かるのか。
そう言えばエミュ族は落ちていないな。
ってことは扉の前で待機してるのか。
そこで声を掛けようとして上を向いたところ、天井が閉じ始めていた。
落とし穴の蓋が閉じようとしているのだ。
そこで再びハルトの言葉を思い出す。
「落下した場所で階層主が湧いた」と。
俺は「はっ」として声を上げた。
「階層主が出るぞ、戦闘準備!」
祈祷師の二人は直ぐにライトの魔法で光源を出して、さらに詠唱を始めた。
俺はダックに向かって叫ぶ、
「お前らは祈祷師を守れ!」
「了解グワ!」
この状態で階層主が出現したら、間違いなく負傷者は全滅する。
だが今の俺にはそれを防ぐ手立てが無い。
そして思った通り、壁から魔物が湧いて出て来た。
四足歩行の魔物。
ただし肉は腐り掛け、所々から骨が見える。
つまりゾンビ化しているってこと。
ダイが念話を送ってきた。
『あれはマンティコアだな』
名前は聞いた事があるが、俺にとってそれは初めて見る魔物だった。