178 勇者を懐柔した
魔王を特別崇拝している訳じゃないが、魔王が現れたら取り敢えずそれに従うかくらいの考えだった。
勇者と出逢ってからは、その考えが色々と揺らぎ始めた。
今はどうだろうか。
魔王軍と間違えられる程の軍勢を持ち、荒れ大陸の半分以上を支配下においている。
「もし魔王が現れた時、君等はどうするんだ」と言うハルトの言葉が、俺の頭の中で繰り返される。
なんだ、答えは簡単じゃねえか。
「ハルト、その戦争、俺が止めてやる」
ハルトは面食らった表情をするも、直ぐに笑い出す。
「はははは、どっちの味方にも付かないっていう選択なんだ。それは思いつかなかったよ」
そして俺は真面目な顔でハルトに言った。
「俺はこの大陸の魔物の大多数を勢力下においている。魔王が名乗りを上げても抑え込めるはずだ。だが人間はそうはいかない。だからその時はハルト達、勇者パーティーで人間達を止めてくれ」
ハルト達は「こいつ何を言い出すんだ」みたいな顔で俺を見る。
そう言えばインテリオークが、人間社会の裏から勢力を伸ばそうとしていたな。
それに勇者が加われば、戦争に走る人間達を止められるはずだ。
渋い顔をするハルトに向かって俺は、さらに畳み掛けるように話をすすめる。
「なあハルト、これは魔物と人間が戦争をしない為の最善の方法だと思わないか。魔王は俺が止めるから人間を止めてくれれば良いだけだ。戦争なんか起きなければ、魔物と人間は共存出来るんだよ」
最後の「魔物と人間の共存」という言葉にハルトがピクリとした。
そしてヒマリが嬉しそうに口を開く。
「そうよ、ライの言う通りよ。人間は魔物とだって一緒に暮らせるよ。私達がそれに協力しようよ。そうね、エルドラみたいに魔物がいる街を増やせば良いのよ」
するとリン。
「そういえば、異世界転生する前の人種差別って覚えてるよね。私達アジア人って差別受けてたよね。それと魔物も同じよ。差別しちゃ駄目よ。ねえ、どうなのハルト?」
すると焚き火を見つめていたハルトが顔を上げた。
「話は理解したよ。勇者って魔物を倒して人間に平和をもたらすものだと思っていたよ。神様もそう言ってたし。でも別の方法も有るんだな。でもさ、それってかなり難しくないか」
それを聞いて俺は真剣な顔で答える。
「難しいからハルトに頼んでいるんだ。ハルトにしか出来ないから頼んでいるんだよ」
ハルトの顔が見る見る歪む。
そして手で顔を隠す様にしながら言った。
「その重要な依頼、俺に、任せて、く……れ……」
ヒマリとリンがハルトに近寄り、肩をポンポン叩いている。
その後、久しぶりにぐっすりと眠った。
朝起きるとオーク兵とダック兵が、野営地に合流していた。
オークとダック合わせて三十人ほどだが、全員が対バンパイヤ装備に身を固めていた。
応援に駆けつけてくれたらしいが、ちょっと遅かったな。
獣魔達は主の俺がいないと、少なくともエルドラ周辺以外は出歩けないからお留守番だそうだ。
しばらくすると勇者パーティーのメンバー三人も起きて来て、リンとヒマリが焚火で食事の準備を始める。
リンとヒマリを見ると、朝から化粧が凄い。
俺ならもっとうまく描けるのになどと考えていると、ヒマリがこちらへ小走りで来た。
「ライ、おはよ。朝食は私作るから、ちょっと待っててね」
そんなことを笑顔で言ってきた。
そして焚火の側にいるリンがヒマリに小さい声で「がんばって」と言い、小さく手を振る。
すると何故かヒマリがそれに返す様に小さく手を振った。
何の意味があるのか、人間の風習は分らんのが多い。
取りあえず俺も手を振ってみたら、何故か二人がドン引きした。
人間はやはり難しいな。
ヒマリは焚火へと戻ると、リンと一緒にスープの様な物を作り始めた。
俺は応援に来たオーク達に、事の成り行きを説明しようと振り返ると、そこにはインテリオークが立っていた。
「おっと、インテリオークじゃねえか。いつの間に来たんだよ」
「ライ殿、ご無事のようで安心しました。昨夜からずっとあちらの木陰に潜んでいました」
インテリオークが指し示す木陰は、焚火の直ぐ側だった。
「もしかしてお前、昨夜の俺と勇者パーティーの話、全部聞いていたのかよ」
するとインテリオークは眼鏡をクイッと上げながら言った。
「はい、最初から最後まで、すっかり残さず聞いておりました。さすがライ殿でございます。人間社会を裏から牛耳る作戦を勇者にさせるように仕向けるとは、この私でも思い付きませんでした。勇者を懐柔するなど、きっと魔王でも出来ません。ライ殿は魔王以上でございます。本当に感服しました」
待て~い!
人間社会を牛耳るってなんだよ。
それに魔王越えはよせ!
「おい、勘違いするなよ。俺はただな……」
そこへ急にハルトが話に入ってくる。
「イントリークじゃないか。応援に来てくれたんだってね。いや~、ありがとう」
そのままハルトとインテリオークが話し込んでしまい、俺の出る幕が無くなった。
しかしハルトのご機嫌が良いな。
なんか晴々した雰囲気だし。
その後、ヒマリが作った汁物を食べることになる。
ヒマリは“ヒマリ特性スープ”と言っていたが、何故か俺はスープという言葉がしっくりこない。
スープと言うよりも“汁”の言葉が似合っている見た目だからだ。
確か前にヒマリの汁を食った時は、赤色の汁だったな。
火鍋だったか。
食った途端に口から火が出た汁。
今回は……赤くない、大丈夫だ。
数種類の謎肉と根菜汁。
恐る恐る口に含んでみた。
――――悪くない。
味がちょっと濃いところを抜けば、まずまずの出来といえる。
「ねえ、ねえ、ライ、味はどうかな?」
と、一口目でヒマリに質問されたのだが、まさか「濃い」などと言えば、間違いなくケルベロスが降臨する。
だから答えは決まっている。
「悪く無い味だ」
美味いとは言わないが、不味いとも言ってない。
だが「美味しかった」と聞こえてしまう罠。
長い人間生活で養った危機回避能力である。
「やった、また作るからね。食べたくなったら“ヒマリ特性スープ”が食べたいって言ってね」
「ああ、“ヒマリ汁”だな。覚えておこう」
「……」
ヒマリが突然固まった。
リンは死神の様な顔をしている。
そこへハルトがポンと言霊を投げ込んだ。
「あんまり食べたくないなあ、その汁……」
ケルベロスが降臨した……