177 勇者達と話し合った
あれほど強かった悪逆のゾエが、呻き声を上げながら燃えていく。
「ぎぎぎ……ふ、ふざけるな。私が負ける訳、無い……ぐぐぐ……これで、終わると思うなよ……」
「ああ、何とでもほざけ。お前が灰になるのを見届けてやる」
ゾエは自分がバンパイヤの始祖だと認めた。
その始祖を倒したということは、バンパイヤとの長い抗争は終わったといっても良いのだろうか。
本来ならば記念すべき時なんだが、俺の正体がバレてしまってはそれも台無しだ。
燃え尽きていくゾエを横目に俺は、ハルト達のところへと行く。
全員の治癒は終わっている様だが、重傷だったハルトとヒマリはまだ辛そうだ。
特にハルト。
リンに声を掛けてみる。
「リン、なるべく早くここを離れたい。二人の容態はどうなんだ?」
「そうだよね。一旦外に出た方が良いよね。えっと、ヒマリは私が連れて行くんで……ハルトを頼んでも良い?」
リンはかなり俺を警戒しているっぽい。目が泳いでいる。
まあ、俺がライカンスロープって知った後じゃそうなるよな。
「分かった。ハルトは俺が担いで行くよ。その前に戦利品を拾って行くから待ってくれ」
バンパイヤの牙の回収、グイドとゾエの分だ。
それに奴らの所持品も。
特にゾエのオリハルコン冒険者章もな。
俺はハルトを背負って部屋を出た。
通路を歩いていると、背中から声がする、
ハルトが俺に話し掛けてきたようだ。
「ライ、さっきのあれ。僕達の為にやったんだろ」
さっきのあれとは、恐らく「貴様程度は人間の力で倒せる」的なことを言って、さらに人間の姿で戦った事についてだろうな。
俺としては、人間を馬鹿にされたのが悔しかったからなんだけど。
俺は人間社会で長く生きているから、情が移ったんだろうな。
特にハルトやリン、そしてヒマリに。
俺は少し考えてからハルトの質問に答えた。
「あの時にも言ったけど、俺は今でも君達を友人だと思っている。それが答えじゃ駄目か」
するとハルトは突然黙り込み、俺の肩に水滴が落ち始めた。
俺は首を傾けてハルトを見ると、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
そこへハルトが嗚咽しながら言った。
「僕は……うう、ライは、ひ、酷い事を言った僕を助けて、くれた。そ、それなのに、ぼ、僕をまだ、友人と……ううう。すまない、僕は、僕は……」
「ハルト、もうそれ以上言うな」
外に出ると眩しいほどの陽の光と、多くの獣人兵達が出迎えてくれた。
ハルトとヒマリは直ぐに毛布に包まれ、馬車に乗せられていく。
俺の傷も心配されたが、これくらいなら放って置いても大丈夫だと伝えた。
ふと気が付いたのだが、獣人兵達はハルトの顔を見て、何とも言えない表情をしている。
そう言えば、ハルトの青タンと下唇がそのままだったな。
ヒマリとの約束だから仕方無い。
重傷者を前になんて奴らだ。
俺は注意しようと口を開く。
「おい、お前ら。ちょっと風変わりな顔面だからってな……」
そこまで言いかけて、ハルトの顔面に視線を移す。
青タン。
下唇の腫れ。
そして泣き腫らした顔。
そのダイナミック過ぎる顔面が俺の琴線に触れる。
気が付いたら俺は木陰で腹を押さえ、肩を震わせていた……
ハルト達を休ませている間に獣人兵にざっと屋敷を調べさせ、怪しそうな書類は回収してハルト達に持たせた。
バンパイヤの証拠はハルト達に渡せば、冒険者ギルドに提出してくれるだろう。
後はここからさっさと逃げるに限る。
俺達は出発した。
さてと、問題はここからだな。
俺が魔物とバレたからには、エルドラの街へは戻れなくなった訳だ。
そうなると獣魔達も居られなくなる。
揺れる馬車の中、俺はハルト達に目を向ける。
看病していたリンは、疲れ果てて眠り込んでいる。
ヒマリも気絶したように眠っている。
顔色は良いとはいえないな。
ハルトは……見ないようにしとくか。
器用な顔しやがって!
俺は声に出さない笑い方を覚えた。
しかし、これでこいつらとも完全に敵同士になる。
俺やハルト達の意思とは別に、お互いに戦うことになるだろう。
俺とは違いハルト達は、人間社会じゃないと生きていけないからだ。
今まで俺は、そこまで考えてなかった。
改めて思考を巡らせると、大変な事態になっていると考えがいきついた。
街道の別れ道で開けた場所を見つけ、ここで今夜は野営となった。
俺やハルト達は焚き火を囲み、食後のハーブティーを味わっているところだ。
ハルト達の傷は大分回復している。
そしてハルトのダイナミックだった顔面は、元通りのイケメンに戻っていた。
ヒマリのお許しが出たんだろう。
「なあ、ハルト。今後についての重要な話がある」
そう声を掛けると、焚き火を見つめていたハルトの視線が俺に向けられる。
ハルトとしても色々と質問がありそうだ。
それで逆にハルトから口火を切られた。
「その前に質問させてくれるか」
今更隠す事もないか。
「ああ、何だ、言ってみてくれ」
「ライがライカンスロープってのは分かったよ。でも何でオークや魔物達が君に従っているんだよ。たった一人のライカンスロープに、全てのオーク族が従ってるとか、どう考えてもおかしい。やはりライは……魔王なのか?」
もう少しで「ちが〜う」って叫ぶとこだったが、何とか堪えた。
「まず初めにこれだけは言っておく、俺は魔王じゃない!」
俺の気迫のこもった否定宣言に、ハルトもそれ以上は言ってこなかった。
「わ、分かったよ」
そこでオーク族との出逢いや、その他の配下のゴブリンとの出逢いを簡単に説明した。
ハルト達三人は、半信半疑っぽい顔をしている。
あと、どうしても伝えなきゃいけない話がある。
「ハルト、リン、ヒマリ、俺の過去の話を簡単に説明する」
そう言ってオーク族との関係以外にも、翼の無い鳥連合会や魔人族についても簡単に説明した。
もちろん三人は終始、怪訝そうな表情だった。
ハルトが何か言おうとしたので、俺は先に言葉を投げた。
「それでも俺は魔王じゃないからな」
話を終えたところでリンが、重要な何かに気が付いたらしい。
「ねえ、もしもよ。ライが魔物って人間に知られたらどうなっちゃうの。ライがお尋ね者となったらさ、オーク達が黙ってないよね?」
そう、オーク族と全面戦争になる。
それはつまり、俺の配下も全て敵に回すことになる。
魔物対人間の全面戦争だ。
俺はリンの疑問に答えないでいると、ヒマリが代わりに答える。
「ね、ね、私さ、良い事思い付いたんだけど」
ハルトとリンがヒマリを見る。
するとヒマリが話を続けだした。
「皆で黙っていれば良いんだよ。ライカンスロープなんて存在しない。それなら今まで通りで、何にも問題無いでしょ。ね、ね、良い考えだと思わない?」
リンが少し考えた様子を見せた後に口を開く。
「う〜ん、考えてみると、それが一番良いかもねえ。他に良い考えも無いし」
しかしハルトは下を見たまま悩んでいる。
そこへリンがハルトの肩に手を乗せ言った。
「ねえ、ハルト。前にハルトが全ての人間が善人じゃないって言ってたよね。盗賊もいるし、弱い者を虐げる悪い人間もいるって。それならよ、魔物にも良い奴と悪い奴がいるんじゃないの。魔物だからって、全部が悪い奴って決めつけるのはどうなの。それにエルドラの街を思い出してよ。魔物と人間が共存してるよね」
おお、上手いこと言ってくれた。
これにはハルトも反論出来ないな。
ハルトは「ふ〜」と大きく息を吐くや、俺を見て言った。
「ライ、ひとつだけ良いか」
「なんだ」
「もし魔王が現れた時、君等はどうするんだ」
どうするとは、どっちの味方をするかという意味だろうな。