175 勇者に剣を向けられた
グイドの身体が徐々に炎に包まれていく。
灰色の煙が部屋にたち込める。
俺は狼の姿のまま炎を見つめる。
俺はハルト達とは目を合わせられず、背中を向けたままだ。
もしかしたらハルト達は、俺に攻撃してくるかもしれない。
その時俺はどうしたら良いのだろうか。
反撃する?
今の俺にそれが出来るのか?
――――出来ない、出来る訳ない。
ハルト、リン、ヒマリ……
俺にとっては人間社会での友人。
だがライカンスロープとバレてしまっては、もはや友人とは認めてもらえないだろう。
そして俺は人間社会ではお尋ね者になる。
例え勇者パーティーが襲ってこなくても、冒険者達が俺を狙って襲って来る。
それこそ友人だと思っていた傍若のアオも、賞金首目当てで俺に襲い掛かって来るだろうな。
でもその時俺は戦えるのだろうか。
何だか胸が締め付けられるようだ。
俺はゆっくりと振り返る。
ハルトと視線が合う。
相変わらず青タンの片目と下唇が腫れたままだ。
ハルトは慌てて剣を構える。
それに合わせてリンもワンドを構える。
ヒマリは困惑したまま固まっている。
俺は咥えていた短剣を床に置いて語りかける。
「ヴァルル……俺を殺すのか」
ピクリとハルトが反応するが剣は構えたままだ。
何か言おうとするのだが、言葉が出てこないみたいだな。
代わりにリンが言葉を掛けてきた。
「本当にライ、なの?」
「ああ、そうだ。俺はライカンスロープ、ウェアウルフって種族になるな。ヴァルル、人間が魔物と呼んでいる種族だよ」
ハルトがやっと言葉を発した。
「何で、何で今まで黙っていたんだ。僕達を騙してたのかよ」
言葉を返せない。
騙していたのは間違いない。
そんなこと言える訳ないからな。
「すまんな。ヴォルル……ライカンスロープの俺は人間社会に溶け込んで、身を隠して生き残ってきたんだ。それこそ伝説上の魔物として、存在を忘れられるほどに長きに渡ってな」
ハルトが改めて剣を握り直して言った。
「僕は、僕は勇者だ。魔物を滅ぼすのが勇者の使命なんだよ……」
そう言って剣を上段に構える。
俺はハルトに向かって返答する。
「そうか、戦わなきゃいけないのか。ヴォルル、だがな、これだけは知っておいてくれ。俺は君達を今でも友人と思っている。ここでの勝敗の結果がどうなっても、その思いは変わらない」
ハルトがグッと唇を嚙みしめる。
そこでヒマリが言葉を挟む。
「ハルト、前に言ってたじゃん。魔物に転生した異世界人もいるんだって、言ってたじゃん。魔物だからって悪い奴ばかりじゃないんだよって。それにハピにラミにダイはどうなのよ。あの子達も魔物だからって斬り捨てる気なの?」
ハルトの眉間にシワが寄る。
そして何とか言葉を発した。
「……でもさ、神様に言われたんだよ。勇者の使命は魔物を倒すことだって」
ヒマリがヨロヨロと立ち上がり、必死に俺の方へ歩いて来る。
そのまま俺の目の前に背中を向けて立った。
「ハルト、悪いけど、私はライを守るよ」
驚きの表情でヒマリを見るハルトだったが、直ぐにヒマリに対して声を荒げる。
「よせっ、後ろを見てみろ。鋭い牙に爪、それに人を射貫く様な眼光。誰がどう見ても魔物だよ。急に襲い掛かって来るかもしれないんだぞ!」
しかしヒマリは怯まない。
「私はライを信じているの。私、だって私、ずっとライのこと、好きだったんだもん。ずっと好きだったのに実は魔物だったなんて……それでもっ、私はやっぱりライが好きなの。だから信じる。ライの事、信じるよ」
ヒマリの背中が小刻みに震えている。
床にポタポタと涙が落ちていく。
俺にはどうする事も出来ない。
ただヒマリの震える背中を見つめるだけだった。
次第に床に血が混じり出す。
ヒマリの傷口が開いてしまったんだろう。
思わず声を掛けた。
「ヒマリ、傷が悪化してる。もう良いから休むんだ、ヴァルル」
するとヒマリ。
「いやよ。私はライが魔物でも……好きに変わりないんだもん。自分の気持ちに嘘はつきたくないんだもん!」
ハルトが剣の構えを解き、こちらに向かって歩き出した。
ヒマリは両手を広げて立ち塞がる。
ハルトがヒマリの前で止まり口を開く。
「ヒマリ、分かっているのか。人間を敵に回すことになるんだぞ?」
「それでも良いの。だって、どうしょもないじゃん。好きなんだもん。ハルトは愛する人を敵に回せっていうの。私にはそんな事できないよ、そんなの悲しいよ……うああああ」
遂にはその場に崩れる様にしゃがみ込み、ポロポロと涙を流すヒマリ。
ハルトは剣を正眼に構え、さらに声を張る。
「ヒマリ、そこをどくんだ!」
そこで突然、入り口の扉が勢いよく開いた。
皆が開いた扉の方へ視線を向ける。
するとそこには三人の男が立っていた。
剣士に魔法使いにレンジャーといった風貌だ。
そして直ぐ後から女が一人入って来た。
その女を一目見て思い出した。
ハルトも思い出したらしくつぶやいた。
「悪逆のゾエ……」
オリハルコン級冒険者のゾエと奴隷戦士達だった。
これはマズい状況となった。
オリハルコン級冒険者、それも悪名高い悪逆のゾエだ。
しかも今の俺の姿は狼ときた。
入り口は抑えられていて、これは逃げ道が無くなった。
奴隷戦士の一人が俺達を見て言った。
「おいおい、派手にやってくれたじゃねえか。姐さん、こいつらどうしてやりますか?」
この状況を見て変な事を言ってきた。
するとゾエ。
「何だ、勇者パーティーじゃないの。それに……魔物使いも一緒なのね。自分から来てくれたのは良いけど、ここを破壊されたのはちょっと頭にくるわね」
変だな。狼の姿の俺を見て、魔物使いと言ったな。
そこでハルトがゾエ達に声を掛ける。
「気を付けてくれ、こいつはウェアウルフだ」
するとゾエ。
「あらあら、仲間割れかしら。まあどうでも良いけどね。ここは私の寝床よ。よくも破壊してくれたわね。悪いけどタダで帰す気はないから」
何か混乱する。
口ぶりからするとゾエはバンパイヤだ。
だけど前に会った時は昼間で、フードも被っていなかったはず。
日光に直接当たっていたということ。
バンパイヤだとしたら身体が燃えてしまうはずだ。
それに今ここに来るのにも、外は昼間で日光が降り注いでいる。
まさか……
「悪逆のゾエ。ヴァルル、お前、バンパイヤの始祖だな」
ゾエはニコリと不気味に嗤う。
「あら、気が付いたみたいね。まあどうせここからは生きて帰れないから良いわ」
それを聞いてハルト達は驚きを隠せないでいる。
それはそうだろう。情報量が多過ぎるこの状況だ。
動揺もするだろう。
奴隷戦士三人が武器を抜き構えだす。
そして悪逆のゾエが腰に吊った長い鞭を手に持って言った。
「それじゃあ始めましょうか。殺戮の時間よ」
悪逆のゾエはダイ133話で登場しています。