174 後悔した
剣を握りしめたグイドの右腕が、鮮血を撒き散らしながら空中に舞った。
ハルトがグイドの腕を斬り飛ばしたのだ。
凄いな、腕を上げたようだ。
ハルト達は猛烈な勢いで成長している。
さすが加護持ちの勇者達だ。
「ぐわあああっ」
グイドが悲鳴を上げながら無くなった腕を抱える。
しかし見ているそばから無くなった右腕の傷口が再生されていく。
さすがに新しく生えてはこないみたいだが、その再生速度は尋常ではない。
やはりグイドは高レベルのバンパイヤなんだろう。
そしてこれが本来の彼の実力なのだろう。
だがこの程度の実力ならば、このメンバーで何とかなる。
リンから再び対アンデッド用の魔法が放たれる。
さらにヒマリから炎系の魔法が放たれた。
しかしグイドの動きは早い。
魔法が放たれた場所にはもういない。
あの速度について行くには人間の身体では無理だ。
かといってハルト達の前で変身など出来ない。
ああ、もどかしい!
グイドの背中から突然、翼が生えた。
蝙蝠の翼だ。
そのまま舞い上がり、高い天井の隅にコウモリの様にぶら下がった。
「油断したが、ここまでだ。私が本気を出したら貴様らではついて来れまい。確かライとか言ったかな。その姿で私に勝てるとでも思ってるのか。遠慮しないで変身すれば良いじゃないか」
マズいな。
俺の正体がバラされる。
なんとか話を逸らさないと。
「片腕が無くなった奴が何を言っている。お前にはもう生き残る手段はないぞ」
大丈夫だ、ハルト達が気にした様子はない。
だがグイドがしつこく言ってくる。
「おい、勇者達、まさかそこにいる人間の恰好をした魔物の正体を知らないのか?」
「うん?」
「は?」
「獣魔達は今日いないわよ?」
ハルト達が困惑している。
俺は慌ててフォローを入れる。
「皆、気を付けろ。こいつは俺達を混乱させようとしている」
するとハルト。
「あ、ああ、そう言う事か」
しかしグイドは続ける。
「そうかそうか、こいつが人狼だということを知らないのか。ならば教えてやろう。こいつは人間社会に潜むライカンスロープなんだよ。人狼、ウェアウルフ、狼男なんて呼ばれている魔物だよ」
直ぐにヒマリが言葉を返す。
「バンパイヤが何を言っても信じるはずないでしょ。ダメよ、皆。聞く耳を持たないで」
「ふはははは、信頼されたもんだな。ならば、その人間の姿でどこまで戦えるか見てみようか」
グイドはそう言って無くなった右腕を前に出す。
すると傷口が徐々に盛り上がっていく。
まさか……
斬り飛ばされた右腕が新たに生え始めている。
それを見た勇者達は息をのむ。
人間の魔法ではそれが出来ないからだ。
右腕が完全に再生されると、グイドは右腕をくるくると回しながら余裕そうに言った。
「さてと、それでは本気で行くとしますか」
次の瞬間、グイドの姿が消えた。
違う、あまりの速度に視力が付いていけないだけだ。
リンが何かを悟って魔法の準備をするが、直ぐに吹っ飛ばされて壁にドンと激突する。
「くふっ」
そのまま崩れる様にへたり込む。
ヒマリは直ぐに反応して、ワンドから火の球の弾幕を作る。
必死に応戦するヒマリのすぐ横にグイドが突然現れて囁く。
「私はここだよ」
「いや、来ないでぇ~」
ヒマリが叫びながらワンドの向きを変えるが、その時すでにグイドはヒマリの真後ろに移動していた。
グイドの拳がヒマリの脇腹に入る。
「こふっ」
ヒマリの身体は激しく床を転がる。
「リン、ヒマリ!」
ハルトが怒りを露わにして斬撃を放つ。
これは相手の力量を見誤ってしまった俺達のミスだと悟った。
相手を前にして自分よりも強いかどうかを見極める力は重要だ。
自分よりも強い相手と戦わないという選択は卑怯ではなく、生き残るために必要なスキルだ。
だからここは逃げるという選択が正しい。
俺は冷静に状況判断する。
ヒマリとリンは重傷だがまだ生きている。
意識はあり、ポーションを使おうとしている。
こうなると負傷者二人を抱えて逃げる選択は最善ではない。
ハルトと二人で奴を倒す?
それで倒せる可能性は低いな。
どうする?
ハルトが無駄だと分かっているが斬撃を連続で飛ばす。
もちろん全て誰も居ない床や壁に放たれている。
ハルトは逃げるつもりはないのだろう。
仲間を置いて逃げる選択は無いということ。
ーーーー仲間か
俺の選択は……
両脚の筋肉が盛り上がる。
背中、腹、両腕の筋肉が盛り上り、狼の体毛が伸びる。
牙が伸び爪が伸びる。
「ヴォオオ~~」
一気に狼の姿に変身した。
グイドが笑い声を響かせる。
「フハハハハ、そうだ、そうこなくては面白くない!」
俺は口に斬魂の短剣を咥えて床を蹴る。
一足飛びにグイドの正面に出ると、その勢いのまま飛び掛かる。
グイドは直ぐに避け、俺の側面に回り込もうとする。
だが見える。
狼の姿なら奴の動きが追える。
俺も成長している!
「ヴォルル!」
前脚の爪を振るい、斬魂の短剣を振るう。
グイドが言葉を漏らす。
「くそ、前よりも早くなっているというのか!」
勇者ほどではないが、自分が急速に成長しているのは自覚した。
斬魂の短剣がグイドの腹に喰い込んだ。
俺はそのまま首を振って腹を切り裂く。
「ぐわああああっ」
俺は止まらない。
奴の拳を避けて肩を爪で切り裂く。
さらに背中に斬魂の短剣を突き入れる。
「ぐうっ」
傷を与える度にグイドから悲痛の声が漏れだす。
そこで俺の視界にハルト達が映った。
唖然としていた。
ハルトが目を見開いて俺を見ている。
リンが壁際に身を寄せて、恐怖の表情を浮かべて俺を見ている。
ヒマリは座り込んだまま口を手で押さえ、目に涙を貯めている。
そうだ、俺は魔物であって人間じゃないんだ。
魔物は人間の敵であって仲間に成れるはずなんてなかった。
何を俺は勘違いしていたんだろうか。
俺は自分の都合の良いように考えていただけじゃないか。
俺は最後に斬魂の短剣をグイドの心臓に突き刺した。
するとグイドの身体が灰色の煙と共に燃え出した。