173 久しぶりの対面をした
陽が登り始めた頃、屋敷が見えて来た。
人里から離れた場所に建てられた、かなり古い屋敷のようだ。
周囲にはいくつか民家があった形跡はあるが、今は使われていないようで廃墟と化していた。
馬車は連れて来た獣人兵に任せて、俺達は屋敷の敷地へと入って行った。
商人の屋敷にしてはかなりの大きさがある。
貴族の屋敷と言われても違和感はない。
室内に入ると所々に戦闘の跡は残るが、建物や調度品は金の掛かった豪華なものだと分かる。
バンパイヤのくせに生意気だ。
色々と見て回りたい気もするが、当然のことながらハルトは真っ直ぐ地下室へと向かう。
俺はただ付いていくだけだ。
地下室への通路は暗く、魔道具の小さな光源が壁に取り付けてあり、かろうじてここが通路だと分かる程度の明るさしかない。
ヒマリがライトの魔法を出すと、通路の奥まで見えてきた。
通路の左右に幾つかの扉があるのが見えるが、それら全ては壊されている。
ハルトはその壊された扉は素通りで、最奥の扉へと向かって行く。
その最奥の扉だけは壊されずに残っていた。
その扉だけは頑丈そうな造りだ。
ハルトは扉の前に立つと、前を見たまま言った。
「居るならこの扉の向こうだ。皆、準備は良いか」
俺は腰の短剣を抜く。
赤いブレードのダガーだ。
“斬魂のダガー”と名付けられた魔法の短剣である。
ダンジョン産のドロップ品で、その名の通り相手の魂を斬る短剣。
バンパイヤにも有効だ。
残念なのは短剣ということ。
せめて小剣くらいの刃渡りがあれば、メインの武器に成り得たんだがな。
そうは言っても俺が今持っている武器の中では、バンパイヤに対して一番有効な武器ではある。
そう言えば神官戦士のリンは、魔道具である聖印を持っているし、“ホーリー・ターン・アンデッド”とかいう強力な魔法をもっているはずだ。
以前にそれらを使って俺の見てる前で、バンパイヤを燃やした。
ここに居るバンパイヤにもそれを使ったと思うが、効かなかったのだろうか。
扉を開ける前にリンが、俺とハルトに防御と身体強化の魔法を掛けてくれた。
気休め程度の効果かも知れないが、無いよりましである。
ハルトが扉を勢い良く開いた。
室内は思った以上に広く、天井もかなり高い。
照明はあるが薄暗く、不気味な雰囲気をかもし出している。
その部屋の中には、いくつもの棺桶が置かれているのだが、それ以外には何も無い殺風景な部屋だった。
棺桶の殆んどは蓋が開いた状態だが、ひとつだけ閉まったままな棺桶がある。
ハルトが小声で言った。
「良し、寝ているみたいだ。今の内に叩き斬るぞ」
蓋がしてある棺桶の中に、お目当てのバンパイヤがいるらしい。
ハルトが剣を構えてそっと近付いて行く。
後ろからリンとヒマリが魔法を詠唱している。
だが俺は違和感を感じていた。
蓋がしてある棺桶からは、気配が全く感じられないからだ。
アンデッドだから、寝ていると気配が無いのかもしれないか。
そしてハルトが叫びなから剣を振り下ろした。
「エキセントリック・ウルトラ・アターック!」
ハルトの剣は棺桶を両断する。
しかし、棺桶の中身は空だ。
次の瞬間、鋭い殺気が真上から襲って来た。
ハルトもそれに気が付き、横に転がりながらその殺気を避ける。
その殺気の塊は棺桶を粉砕。
粉塵を舞い上げる。
そしてその粉塵の中に赤い目が光る。
ヒマリとリンがほぼ同時に魔法を放つ。
ヒマリは雷撃の魔法、リンは「ホーリー・ターン・アンデッド」の魔法だ。
ヒマリの雷撃が粉塵を消し飛ばしてバンパイヤに命中し、リンのアンデッド特攻魔法もバンパイヤに命中。
――――否、命中する寸前にバンパイヤが腕を振るって雷撃を弾いた。
しかし遅れて命中したリンの魔法は、バンパイヤの身体を燃やし始めた。
バンパイヤは燃える身体を気にした様子はなく、何故か俺に視線を向けるとニヤリと笑う。
そこで俺は思い出した。
見覚えのある顔。
だが前に見た時より若返っている。
「お前、グイドか……」
俺がそうつぶやくと、バンパイヤは嬉しそうに答えた。
「覚えていたとは、嬉しいねえ。それにわざわざここまで来てくれるとは、手間が省けたというものだ。新しい刺客を送らずに済んだよ」
グイド
――――俺が以前にレッドキャップという盗賊討伐の時に捕らえたバンパイヤで、冒険者ギルドに突き出してやったが脱走した奴である。
こいつ新しい刺客と言った。
ということは、俺の家を襲撃したのはこいつなんだろうな。
「死にぞこないがまだ生きていたとはな。だがな、ここで貴様は終わりだ!」
俺はそう言って走り出す。
足の筋肉が盛り上り加速する。
リンの魔法が良く効いていて、いつもより軽やかだ。
ハルトも剣を振りかぶる。
目の前にまで迫ったグイドへ、斬魂の短剣を突き入れる。
一瞬、グイドが鼻で笑った様に見えた。
タイミング的には確実に心臓に突き刺したはずだった。
だが目の前にグイドはいない。
遅れてハルトの剣が床に振り下ろされた。
グイドの動きが早すぎて追えない。
ハルトが叫ぶ。
「奴はどこだ!」
俺はグイドの姿を発見して声を上げる。
「ハルト後ろだ、避けろ!」
ハルトは再び床を転がって避ける。
そこへグイドの剣が床に当たって火花を散らす。
すかさず俺はグイドへ短剣を突き入れる。
だが俺の短剣が届く前に奴の蹴りが俺の横腹を襲った。
「ぐふっ」
口から血が溢れ出た。
リンが俺に向かって治癒の魔法を放つ。
しかしそれがいけなかった。
グイドがリンに矛先を向けたからだ。
神官はバンパイヤにとって、一番厄介な存在である。
当然狙われる。
ヒマリが直ぐに魔法を放つ。
今度は攻撃魔法ではなく防御魔法だった。
グイドが到達する寸前に、リンの目の前に炎の壁が出現した。
グイドは舌打ちしながら急停止。
そこへハルトが離れた所で剣を振るう。
「これでどうだ!」
すると斬撃だけが、グイドの背中に向かって飛んでいった。
グイドは振り返りながらその斬撃を剣で振り払う。
そして今度は矛先をヒマリに向けた。
ヒマリがワンドをグイドに向けるや、その先から握り拳ほどの火の玉が連続で発射される。
グイドは右に左にとそれを避けながら、ヒマリに接近する。
俺は叫びながらグイドに迫る。
「させるかよっ!」
足の筋肉が盛り上がり、腕の筋肉も盛り上がる。
身体が加速し、短剣を振り下ろす速度も加速する。
しかしグイドの反応速度があまりに早い。
「届けぇ〜っ」
俺は短剣を振るった。
グイドが振り返る。
剣先が僅かに奴の右腕に届いた。
慌ててグイドが間合いを空けるが、右腕からは鮮血が飛び散り苦悶の表情を見せた。
「うぐっ」
斬魂の短剣の効果だろう。
刃先とはいえ、奴の魂に直接斬りつけたのだ。
それは痛いだろうな。
グイドが左腕を振るう。
すると周囲に鋭い氷の刃が何本も飛んでいく。
その隙に一気に俺達との距離を置くグイド。
そこへハルトがグイドの側面に現れた。
「俺を忘れているぞ!」
ハルトが剣を振るうとグイドの悲鳴が室内に響いた。
斬魂の短剣は142話で鑑定してもらった魔法の武器です。
そしてグイドは九話に出て来たバンパイヤです。
やっと回収w