172 仲直りの仲介をした
最後の一体であるバンパイヤの親玉が、想像以上に強かったのだ。
真っ先に殺られたのは十人のバンパイヤ・ハンター達だった。
バンパイヤ・ハンターの精鋭のパーティーが、あっと言う間に全滅させられた。
それを目の当たりにしたハルト達は、危険を感じて撤退行動に移り、一旦は屋敷の外に脱出。
そこへ第二陣のバンパイヤ・ハンター十五人が到着。
そこで屋敷を囲みつつ作戦を練っている時に「ハルトのイタズラ描き」事件が勃発。
ヒマリ離脱。
つまりそこからどうなったかは、今のハルトとリンを見れば分かる。
十五人のバンパイヤ・ハンターは恐らく全滅だな。
それでハルトとリンは命からがら逃げて来たという流れだろう。
現在の太陽の位置は、あと半刻ほどで沈むところにある。
問題は陽が沈んだ後の話だ。
バンパイヤが追撃して来る可能性、逃走する可能性、屋敷に留まる可能性の三つだな。
だがリンの話だとハルトは、バンパイヤの親玉に必殺の一撃を与えたと言っている。
きっと“あれ”だ。
毎回名称が変わるから覚えて無いが、「スーパーなんちゃらスマッシュ」とか叫ぶ“あれ”だな。
確かに“あれ”が決まればバンパイヤと言えども、かなりのダメージになるはずだ。
そう考えると、まだ屋敷の中にいるんじゃないだろうか。
奴らは棺桶で眠るからな。
逃走するにしても勇者の一撃を負っていては、一人では難しいのではないか。
そう考えると、もしかして倒すチャンスなんじゃないだろうか。
ヒマリとハルトを仲直りさせる為に来たのだが、これを聞いてしまったら行動に出たくなる。
「なあ、ヒマリ。バンパイヤの屋敷の場所は分かるよな?」
「うん、分かるけど」
「案内してくれるか」
するとヒマリは少し慌てだす。
「もしかして、ハルト達の仕返しをしようとしてる?」
結果としてそうなるかもしれないが、俺にしたら種族間の因縁の対決だ。
「やれるかは分からないがな。やってみる価値はありそうだ」
「そっかあ。そういうことなら案内するけど、無理は駄目だからね」
「ああ、危なそうなら逃げるよ。出発は明日の朝一だ。準備しておけよ」
そして翌日の早朝。
出発の準備をしていると、獣人兵達もゴソゴソと準備を始めている。
こいつらも来るつもりらしい。
いくらなんでもバンパイヤ・ハンターが束になっても無理だった相手に、対バンパイヤ装備が無い獣人族が挑んでも全滅するだけだ。
馬車番に数人残して帰らせようかと考えていると、ハルトとリンが獣人兵に交じって荷物の準備しているのを見つけた。
近付いて声を掛ける。
「ハルト、リン。もう起きて大丈夫なのか」
俺がそう言うとハルト。
「ライ、世話を掛けたみたいだね。助かったよ。ちょうど僕達も準備終わるところだよ」
さらにリン。
「みっともない姿を見せちゃったみたいね。ごめんね。でもね、もう大丈夫だから」
何だか二人も行く気満々みたいだよな。
獣人兵に俺がバンパイヤの屋敷に行くのを聞いたのだろうな。
だけどな、治癒魔法で怪我は治っても、体力は完全には戻らないんだぞ。
「なあハルト、もしかしてその身体でバンパイヤの屋敷に行く気か?」
「当り前だろ。ライとヒマリが行くのに僕達が行かない理由は無いだろ」
これは何を言っても駄目っぽいな。
「ヒマリとも約束したんだが、決して無理はしないって守れるか」
「了解。無理はしないよ。それにライが居るなら負ける気がしないしね」
俺のこと過大評価しすぎだよ。
獣魔が居ない俺は大したことないぞ?
そこで俺は、どうしても聞いておかなければいけない話を切り出した。
周囲にヒマリが居ないことを確認した上で、ハルトに近付き小声で質問した。
「ヒマリと何があったんだ?」
すると気まずそうな表情でハルトが答えた。
「ヒマリが寝ている時なんだけどさ、ツケまが片方取れそうだったんだよ。それで直そうとして……」
「ちょっと待て。そのツケマまってなんだ?」
「あ、そっか。でもこの世界だと何て言うのかな。えっと、ツケまつげ……そうだな、目に付けるつけヒゲの一種と考えてくれ」
「つけひげねえ……まあいいや、続けてくれ」
「そのツケまつげがさ、それが片側だけ落ちかけてたんだよ。でもヒマリはぐっすり寝ていたもんだからさ、起こすのも悪いと思って、そおっと直そうとしてたんだよ。そしたら急にヒマリが目を覚ましたんで、僕は慌ててツケまから手を離したんだ。それがたまたま鼻の下に張り付いてね、髭みたいになっちゃったんだよ――――」
話は良く分からないが、悪気は無かったようには聞こえる。
だけどヒマリにヒゲか……それはヤバいな。
さらにハルトが言いにくそうに話を続ける。
「――――そのヒマリの顔が想像の斜め上だったんだよ。あれはズルいよ。今思い出しても込み上げてくるものがあるよ」
相当な破壊力だったらしい。
「まさか、ハルト。吹き出したのか」
ハルトは遠くを見ながら静かに答えた。
「ああ、腹がよじれるほど笑ったよ……」
アウトじゃねえか!
「なあ、それでヒマリにはちゃんと謝ったのか」
「もちらん謝ろうとはしたんだよ。だけど、だけどさ、顔見たら笑っちゃうんだよ」
ハルトの奴、言い訳しながら笑いを堪えていやがるな。
「なあハルト、ヒマリに一発殴られろ。それで俺が話をつけてやる」
しばらく考えていたハルトだが、晴々とした顔で俺に返答した。
「分かった。ライ、頼む」
その後、ハルトとヒマリを二人きりにして話し合いをさせた。
しばらくして二人は戻って来たのだが、俺はハルトを見て驚いた。
ハルトは右目と下唇を腫らしていたからだ。
殴るのは一発だけじゃなかったのかよ。
これは二発殴られているよな……まあ、丸く収まったのだから良いか。
リンもドン引きしている。
話を聞くとヒマリの希望により、ヒマリが許可するまでは“治癒はしないまま過ごす”という約束となったらしい。
俺はそんなハルトの顔をマジマジと見る。
折角のイケメンなのに、下唇を腫らし右目に青タンが出来ている。
ハルトがジロリと俺を見た。
俺は直ぐに目を逸らす。
仲直りは上手くいったんだから、結果オーライだよな?
俺は無言で出発の準備を進めるのだった。