170 ハルトが絵を描いた
お待たせいたしました。
エルドラの街に戻り冒険者ギルドに依頼完了の報告へ行くと、ホールに併設されたテーブルで女性が突っ伏しているのが見えた。
誰も声を掛けないどころか、避けている様にさえ見える。
見たところ若い女性だと思うのだが、何故か誰も声を掛けない。
と思ったら、一人のチャラそうな若い男が声を掛けた。
「どうしたのかな。悲しい事があれば俺が聞いてあげるよ」
その途端、女性は突っ伏したまま片手を振り回した。
「うるさいからっ」
「ふがっ!」
声を掛けた男が吹っ飛んで壁に激突した。
それを見て分かった。
誰も声を掛けたがらない理由が。
しかしあの力は高ランク冒険者だな。
それに声からして……
俺は女性に近付いて行き、その後ろで立ち止まる。
「よお、ヒマリ、具合でも悪いのか?」
そう、こいつは白金等級冒険者、勇者パーティーのヒマリだ。
腕の一振りで低ランク冒険者など軽く吹っ飛ばせる。
しかしリンやハルトと錬金術師のルリ・ルールが居ない。
ヒマリがガバッと顔を上げて振り返る。
その顔は泣き腫らして酷い状態だった。
そして俺を見るや再び泣き出し、俺の胸に飛び込んで来た。
「うえっ、うえっ、うええええ~っ」
「う、うわっ、な、何!」
あまりに凄い泣き顔で驚いた。
もう少しで避けるとこだったじゃねえか。
多分、避けていたら災害が発生してたと思う。
俺、良くやった。
「お、おい、ヒマリ。何があったんだ?」
しかし酷い顔だな。
口に出したら最後だから気を付けよう。
「う、うええええ」
詳しい話を聞きたいんだがな。
確か勇者パーティーは、バンパイヤの討伐依頼へ行っていたはずだ。
まさか誰か死んだのか?
それでヒマリが泣いている……有り得る。
死ぬとしたら……ルリ・ルールか。
あいつだけ異世界人じゃなく、加護持ちでもないからな。
「なあ、ヒマリ。もしかしてパーティーメンバーの誰かが死んだとか?」
「そんな訳ないでしょ!」
ちゃんと喋れるじゃねえか。
しかし周りから注目されている様なので、場所を変えた方が良さそうだ。
「ヒマリ、場所を変えるぞ。その前に依頼完了の報告をしてくる」
俺が依頼完了報告から戻ると、そこには服を着替え化粧をしっかり施したヒマリがいた。
一言で表現するならば“別人”である。
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俺はヒマリを連れて食事が出来る店に向かった。
この街で俺が行く店はもう決まっている。
バルテク・エルドラ支店、楽団が演奏してくれる店だ。
相変わらず混んでいる。
だがいつも通り俺達は脇をすり抜けて、行列する人達の羨望の眼差しを浴びつつ、堂々と店内へと入って行く。
そしていつもの楽団の真ん前の一等席、予約と書かれたテーブルへと案内された。
泣き腫らした顔のヒマリと、テーブルを挟んで向き合う。
すると楽団の演奏が始まった。
物悲しいメロディーだ。
獣人の給仕が食前酒のワインを持って来て、用意されたゴブレットに注ぐ。
まずは再会に乾杯した。
「さて、ヒマリ。そろそろ理由を話してくれないか?」
音楽がスリリングな曲調に変わり、ドラムがドコドコと静かに音を奏でる。
「えっとね、ハルトと喧嘩したの……」
ドラムに加えてシンバルの音が、狙い澄ました様に演奏に加わる。
俺はというと、勢いでテーブルを引っ繰り返しそうになった。
ただの喧嘩かよ!
いかん、冷静にいこう。
再び音楽は落ち着いた静かな曲調を奏で出した。
「ヒマリ、本当にそれだけが理由で泣いていたのか」
ヒマリはテーブルを見つめたまま頷く。
いや、喧嘩にも色々あるからな。
それこそ殺意ある喧嘩もある。
「なあ、喧嘩の原因を教えてもらえるか」
またもドラムがドコドコと静かに鳴り始め、緊迫した雰囲気を醸し出す。
すると暫くは俯いていたヒマリだが、やっと囁く様な声で言葉を発した。
「顔にイタズラ書きされたの……」
ドラムがダダーンと鳴り、シンバルがジャカジャ~ンと鳴り響き、追い討ちを掛けるようにソプラノの声が高らかに響く。
今日一の盛り上がりだ。
ハルトめ、地獄の番犬を呼び起こす大罪を起こすとは!
きっとヒマリはケルベロスになっただろうな。
だが、よく喧嘩で済んだと思う。
これに関して俺は、ヒマリに言葉なんか掛けられるはずないだろ。
困ったな、それでも何か言葉を見つけないと。
「ヒマリ、このままで良いのか。ハルトと喧嘩別れしたままずっと別行動してて良いのか。加護持ちの勇者パーティーなんだろ」
「だって、前みたいに……私が寝ている間に描かれたんだもん……ゆ、許せないじゃん」
俺と同じ手口じゃねえか!
こいつは困った。
「分かった。一緒に仲直りしに行こう」
「え、良いの?」
原因が原因だけに仕方ないだろ。
「ほら、支度しろ。ハルト達はどこにいるんだ?」
「えっと、バンパイヤ討伐に行ってる」
まだ終わってないのかよ!
くそ〜、行きたくないなあ。
それに獣魔達は家に帰らせちまったしなあ。
仕方ない、奴らは今回お留守番だな。
街の門を出ると、そこにはいつもの馬車と獣人兵が待っていた。
ヒマリが魔法のワンドを構えて警戒する。
「あんた達、何か用?」
慌てて俺がヒマリを止める。
「ヒマリ、違うんだ。こいつら獣人兵はオーク兵に変わって、新しく護衛をやってもらっているメンバーだよ」
「新しい護衛?」
「そう、そう。亜人が入れない街が多いだろ。それで獣人兵を雇ってるんだよ」
「へえ〜、そうなんだ。ちゃんと考えてるんだね〜。でもさ、ライに護衛なんて必要ないでしょ、そんなに強いんだから」
確かにそうなんだが、助かる時もあったりするからな。
「馬車番とか夜番を任せられるから、結構助かっているんだよ」
「ふ〜ん」
「ほらヒマリ、馬車に乗って」
護衛の馬車は一台付いて来るようだ。
そうなるとやはり、十人近くの獣人兵護衛が付いて来るってことか。
オーク兵よりも身体能力は低いから、ちょっと心配になるんだがその反面、獣人はオークよりも人間社会の常識を知っている。
それに言葉に変な訛りはないし、字を書いたり読めたり出来る者も多いから、戦闘以外では便利な存在ではある。
望むならば、料理が上手い奴がいれば嬉しい。
こうして俺達は、ハルト達がいるであろう場所へと向かった。
何とか投稿出来ました。
これからこの先を執筆しますので、もう少し時間をください。
<(_ _)>