169 弱みを握った
既に簡易だが式典は始まっている。
文書はベルタ夫人とローラン、そしてインテリオークの三人が話し合いの上で作成した。
俺はいつものようにノータッチだが、少しは文書の内容を聞いておけば良かったもしれない。
インテリオークのことだ。
もっと何か文書に仕込んでいそうで恐い。
伯爵は後継ぎ問題には無関係なので、今はこの場で見ているだけで発言権さえない。
ムスッとした表情でずっと黙っている。
そして最後に文書にサインをする。
先ずはローランがサインした。
この瞬間、ローランはオークレイ家の当主となり、この領地の領主となった。
そして伯爵がサインする番だ。
俺は伯爵に向かって言い放つ。
「次は伯爵の番だ。文書を確認したら速やかにサインするんだ。二箇所ともな」
だが伯爵は二冊ある文書を確認さえせずに、いきなり駄々をこねる。
「ワシは認めんぞ。魔物の腕をした者が領主だと、ふざけるな。そんな奴の領地はおろか、親族の領地にだって恐がって近付かなくなるぞ」
認めないといっても、ローランはサインしているから、正式に領主である。
伯爵が何を言っても通用しない。
伯爵のサインはあくまでも、手出ししないと制約するだけのもの。
それでもサインしないのは、単にこいつが意地を張っているだけだ。
確かに伯爵が心配するのも分からなくはないが、エルドラの街なんかオーク兵が歩き回っているが、人の出入りは変わってないように思えるんだけどな。
そんな事を考えていたら、座っていたローランが突然立ち上がる。
その顔は見たことが無いほど真剣なものだった。
そしてテーブルの上に鱗の右腕を出す。
何をする気だ?
皆も何事かと注目する。
「これさえ無ければ良いんだろ!」
そうローランが叫んで小剣を抜く。
まさか!
次の瞬間だった。
ローランは自分の右腕に小剣を叩き落とした。
「ぐわあああっ」
鮮血が飛び散り叫び声が響く。
ローランは苦しそうに切断された腕を抱える。
俺はローランに駆け寄り声を上げた。
「ポーションだ、誰かポーションを持って来い!」
そのままローランの身体を抱きかかえる様に支え、そっとイスに座らせた。
伯爵はイスから転げ落ちて腰を抜かし、青ざめた顔でローランを見ている。
冒険者ギルドとあって、ポーションは豊富に置いてある。
ギルド員が持って来たのは高級ポーションだ。
相手を見てそれを選んだのだろうな。
母親のベルタ夫人は気が動転している様子で、ギルド員が治療する側でウロウロするばかり。
ローランはというと、痛みに堪えつつしっかり意識を保っている。
思ったより根性はあるみたいだ。
だが、顔中に脂汗が滲んでいる。
苦しいことには変わらない。
普通なら話が出来る状態ではないのだが、ローランは腰を抜かした伯爵を見て口を開いた。
「魔物の腕とは、何のことだ?」
とぼけて見せたのだ。
どこに魔物の腕があるのだ、と言いたいのだろう。
これには俺も頭が下がる思いだった。
ただ、今の伯爵には答えられる余裕もないみたいだがな。
そこで俺は追い討ちを掛ける。
「伯爵よ、問題無いならさっさとサインしようか」
ギルド員に両脇を抱えられて、伯爵はイスに座り直すや、あっという間に二冊の文書にサインした。
そして最後にギルド長。
「これにて特に問題無く、領主交代の儀を終える」
こうして閉幕した。
公式見解ではローマンは、初めから魔物の手など無かったとされた。
俺としては「スケールハンド」の領主として生きて欲しかったんだがな。
儀式が終わると直ぐにローランは気を失った。
治癒士によると問題無いらしいが、普通ならばとっくに気を失っていたと言う。
ローランはローランなりに頑張ったのだな。
さて、これでやっと帰れる。
最後に挨拶をしたかったが、それどころではない雰囲気だ。
ローランには悪いがベルタ夫人に言伝を頼み、俺達は帰路についた。
帰り道に馬車の中で、俺はインテリオークに疑問点を聞いてみた。
「あんな文書ひとつで、ローランの命を守れるのかよ。伯爵が暗殺者を送り込んだ証拠が出なかったら、それこそ伯爵はとぼけて済ますだろう?」
するとインテリオークは眼鏡をクイッと上げて返答する。
「ローラン様が怪我しただけで、伯爵に責任が及ぶ制約です。それこそ命の危険があっただけで伯爵家は取り潰しです。そういう契約の文書です」
さ、さすがインテリオーク。
絶対に敵にしてはいけない相手だな。
さらにインテリオークは説明を続ける。
まだ何かあるらしい。
「メイビの街の近くに、大きな川が流れているのはご存知でしょうか」
「ああ、来る時に見たよ。それがどうしたんだ」
「あの川の支流の上流は、ダース領のグレイ湖に繋がっております。どういう事かと言えば、グレイガニをあの川で素早くここまで輸送が出来るのです」
ああ、日持ちしないザリガニの事か。
インテリオークが属国化した領地の名産品だな。
「でも直ぐに傷むんだろ、あのザリガニ」
するとインテリオークは眼鏡をクイッとしてニヤリとする。
「ライ殿、ヒールポーションの材料になる紅キノコを覚えていますか」
トロオークが食料にしてたキノコのことだな。
「覚えているよ。食料になんて勿体無いからな」
「あの紅キノコでグレイガニを煮込むと、十日ほど日持ちいたします」
マジか!
凄い発見じゃねえか!
「それは凄いな。それでローランに川の利用の許可は取ったのか?」
「はい、しっかり別の契約文書に記されています。さらに――――」
「さらにだと……」
インテリオークは勝ち誇った様な顔で、トレードマークの眼鏡を二度ほどクイックイッと上げて言葉を続けた。
何か腹立つんだよな。
「海上輸送に加えて、幾つかの出店を予定しております」
なんて奴だ。
「俺達の言いなりじゃねえか。よくそんな契約出来たな」
「はい、ベルタ夫人の秘密を掴みましたので」
ちょっと待て。
秘密だと?
「はい、ここだけの話ですが――――」
獣魔達は馬車に揺られて寝入っているから、話をしても問題無いだろう。
俺は頷いて話の続きを促した。
「ローラン様の父上と兄上の死ですが、ベルタ夫人が関与しております」
衝撃的な事実!
「マジかよ……」
「流行り病など大嘘でした。植物系の毒物が原因の死です。恐らくですが、辛い思いをしていたローラン様を追放した事に恨みがあったのでしょう。ローラン様が領主になれば、ベルタ夫人は一緒に暮らせますからね」
「でもローランの兄なんか実の息子だろ。よく暗殺とか出来たな」
「はい、調べましたところ兄は側室の子で、ベルタ夫人とは血の繋がりはありませんでした」
「ああそういうことか。それでベルタ夫人は何と言ってたんだ?」
「否定はしませんでした。それでベルタ夫人が領主代行の内に契約をしたのです。はっきり言ってオークレイ家は、ライ様の言いなりでございます。言い方変えますと属国ですか」
こ、こいつ、何をやってくれたんだよ!
「なあ、もしかしてだが、お前は人間社会を裏からどうかしようとしてないか?」
インテリオークが視線を逸らした。
「さて、何を言ってるのか理解出来ませんね」
こいつこそが真の魔王だな!
ちょっと体調崩しました。
投稿間隔空くかも……




