168 条約文書を作成した
メイビの街中を俺達の隊列が行く。
メイビの街は海が近いため、ずっと潮の匂いがしている。
建物の壁は何らかの理由で、白い土壁造りになっていた。
それで街中の建物は全て真っ白。
初めて見たらその景観に圧倒される、そんな街だった。
水上輸送が栄えている街とあって、各地方から来た多種多様な人種が通りを行き交っている。
ただし獣人はいるが亜人や魔物はいない。
俺はもっぱら海産物料理に興味が湧く。
通りには露店が多数出ていて、土地柄か魚介類を売っている店が多い。
ダイもずっと鼻をクンカクンカさせている。
多種多様な人種や物も多いこの街なのだが、どうやら俺達が乗るこの馬車は珍しいらしい。
というか凄く目立っている。
通りを行き交う誰もが二度見するんだが。
馬車に取り付けた風車は速度を出さなければ鳴らないし、戦装束のオーク兵も居ないから、それほど目立っているとは思えないのだがな。
確かに十人以上の武装した獣人兵がいるが、要人護衛では良くあることだし。
そこで思い出す。
初めてこの馬車を見た時の自分の気持ちを。
「そうか、忘れてたな……慣れって怖いよな」
思わずつぶやいていた。
冒険者ギルドが見えてきた。
その近くには十人程の兵士が見える。
装備からして伯爵の部下だ。
やはり居たか。
だがこっちには伯爵本人がいる。
人質としては最高の人材だ。
俺達が冒険者ギルド前に馬車を乗り付けると、ギルド内に待機していたのか、新たに兵士が十人ほど出て来た。
ただし伯爵の兵士とは明らかに違う装備だ。
それを見てローマンが教えてくれた。
「あれはこの街の衛兵だよ。だから今は僕の母上の部下になるかな」
なんだかややこしいな。
冒険者ギルド前には伯爵の兵士とローラン母の兵士、そして味方の獣人兵が対峙した。
お互いに剣の柄に手を掛けたまま、睨み合いが続く。
そこで俺は馬車の扉を勢いよく開ける。
もちろんそこにいる全員が注目する。
俺がゆっくりと馬車から降りると、それに合わせたように翼をひるがえし、空からハピが舞い降りた。
急な来訪者に視線がハピに集中した。
街の真ん中に突然高ランク魔物が飛来したのだ。
当然周囲の者は大慌てだ。
そこでハピは周囲を見まわし口を開く。
「ライさんが通りますわよ、道を開けるのですわ!」
「魔物がしゃべった!」
「何で街中に魔物がいるんだ」
「おい見ろ、獣魔の札を下げてるぞ!」
騒ぎがさらに大きくなるが、獣魔だと知れると手出し出来なくなり、場が膠着してしまった。
その隙に俺はローランを連れて、こっそり冒険者ギルドの中へと入って行った。
冒険者は皆、外の騒ぎの野次馬に出て行き、ギルド内はガランとしていた。
誰も並んでいない受付に行き依頼表を出すと、ギルド員が血相を変えて奥へと行ってしまった。
どういうことだよ、失礼な奴だ。
しかし直ぐに奥から老人が出て来て、ギルド長を名乗った。
俺とローランはそのギルド長に連れられ、こっそりと奥の部屋へと案内される。
案内された部屋の中には貴族風の女性がイスに座って待っていた。
護衛らしき兵士二人が、その女性の両サイドで目を光らせ立っている。
直ぐにローランが反応した。
「母上!」
すると貴族風の女性。
「ローラン、良くぞ遠い道のりをここまで無事に来れましたね……」
見た感じだと敵対はしていない様に思える。
そこで俺は言葉を挟む。
「俺は冒険者のライ。護衛依頼を受けた者だ。ローランを受け渡す相手は貴方で間違いないか」
するとローラン母。
「はい、依頼は私が出しました。ローランの母のベルタと言います。この都度は危険な依頼を受けて下さいまして、本当にありがとうございました。無事にローランは引き取ります」
「そうか。だがな、まだこの依頼を終わらせる訳にはいかなくてな」
ローランの母のベルタ夫人が、不思議そうな顔で聞き返す。
「どういうことでしょうか?」
「実は馬車の中に捕縛した伯爵がいる」
ローラン母と護衛の三人が驚いた表情で俺を見た。
言葉を返せないようなので、俺は話を勝手に続ける。
「この場で伯爵とローラン、そしてベルタ夫人の三人で、領主の引継ぎをしてもらいたい。もちろんちゃんと書類に残す事が前提だ。それに加えて伯爵が今後ローランに悪さをしない事、それと俺達に手出しない事を書類に記して文書に残してもらう。その辺の仕切りは得意な者が部下にいるから任せて欲しい。何か問題あるか」
そこでベルタ夫人の護衛の一人が代わりに答えた。
「何を言うか。領主の引継ぎはちゃんと正式な儀式があるんだぞ。そんなことも知らないのか」
そう言われるのは想定済み。
「そう言うならば外を見てみろ。この混乱する中を移動でもしてみろ。直ぐに毒矢が飛んでくるぞ。あ、それが狙いか?」
護衛の兵士が眉間にシワを寄せて返答した。
「な、何だとっ。無礼な!」
あれ、もしかしてこいつ、伯爵の息が掛かった奴か?
「このギルド内で終わらせれば、直ぐに解決するんじゃないのか。それとも身内の血なまぐさい争いを領民に見てもらいたいのか、それとも調印されるとマズい者でもいるのか?」
「貴様っ――――ベルタ様、こんな冒険者風情の言う事など、お耳を傾けてはいけません!」
しかしベルタ夫人は護衛の男を制した。
「少し黙りなさい」
「し、失礼しました……」
静かになった所でベルタ夫人は話を進めた。
「良い提案です。それでは直ぐにでも始めましょう」
「良い判断だ。ベルタ夫人、貴方はローランの味方のようで安心した」
するとベルタ夫人は笑顔で答えた。
「ライ様、貴方がローランの護衛で幸運でした。それにローランは良い友が出来たみたいですね」
するとローランは一度俺を見た後、ベルタ夫人に言葉を返す。
「ありがとうございます、母上」
ん?
どういうことだろうか。
獣魔達ではなく俺なのか?
その後、駆け足で準備が整えられ、会議室に俺達は集まった。
ローラン側とベルタ夫人、そして伯爵がテーブルの両側に座っている。
見届人として、この街の冒険者ギルドのギルド長がいる。
そして仲介人として俺達が立つ。
俺とインテリオークだ。
ローランは右腕を隠そうともせずに、袖をまくってリザードマンの様な腕を露わにしている。
そしてインテリオークによると文書の内容には、伯爵は今後一切オークレイ家の後継ぎ問題には関われないこと、などが事細かに書かれているという。
それに俺にも手出し出来ないなど、別に文書を作成した。
文書の内容は多岐にわたり書かれていて、俺達の分もローランのも、どちらも一冊の本くらいの厚さがあった。
これは目を通す気も無くなるな。
俺は文書には一切目を通していないのだが、ひとつだけ疑問が湧いたので、インテリオークに聞いてみた。
「もし伯爵が約束を破ったらどうなるんだ?」
すると眼鏡をクイッと上げてニヤリとするインテリオーク。
「我が魔物オウドール混成軍団が、全力で叩き潰します。文書にもしっかりそう書かれています。ただしそれに気が付くには、文書全部を読み解く必要があります」
こいつ、やってくれたな!
ストックが少なくなりました。再び不定期投稿となります。
m(_ _)m