167 捕縛してやった
初めに口を開いたのは伯爵だった。
「冒険者風情がワシに何用か」
どうやら俺には名乗りもしないつもりのようだ。
平民とは交渉出来ないとか言いそうだし、仕方無いから懐から英雄の称号を取り出し胸に着けた。
この称号があれば貴族扱いのはずだ。
当然のごとく伯爵達四人は、俺が胸に着けた称号を凝視する。
伯爵は小さく「ふんっ」と鼻を鳴らし、「だからどうした」的な顔だが、一緒に来た士官らしき人物は違った。
露骨に驚いた表情をして言葉を漏らした。
「英雄の称号……ま、まさか魔物使いと言われた、ダンジョンを討伐したというあの―――」
伯爵が士官をジロリと睨むと、士官は目を伏せて口を噤んだ。
まだ前の呼び名で通ってた。
魔王軍団とは言われなかったぞ。
しかし伯爵が余計な事を言ってくれた。
「貴様が最近売り出している魔王軍団の冒険者か」
俺は拳を握り締めて怒りを堪える。
そして訂正する。
「冒険者のライと言う者だ。その通り名はよしてもらおうか。さて、こちらの要望を伝える。俺は冒険者ギルドの依頼である人物を無事に届けるのが任務だ。だからここを通してももらいたい」
すると伯爵は不快感を隠そうともせずに言い放つ。
「ふざけた事を言いおって。魔物や下賤な者達を引き連れて、お山の大将気取りか。まあ良い、それで依頼料金は幾らだ。これで足りるだろう」
そう言って伯爵は懐から布袋を取り出し、俺の目の前に投げた。
地面に投げられた布袋は、ジャラリと音がして金色に輝くコインがこぼれ出る。
一瞬「おっ!」と思い、手が出そうになるが必死に堪える。
そして冷静を装い返答した。
「金の問題じゃない。諦めてここを通してくれないか」
しかし伯爵は頑固なようだ。
というよりも、今更あとに引けない感じか。
「通りたければローランを引き渡せ」
これは何を言っても駄目だな。
「どうやら話し合いは決裂だな。ならば力尽くで押し通るまでだ」
「貴様、ワシに楯突く気か。たかが英雄程度で伯爵のこのワシに逆らうとは、世間を知らないのか。後で後悔するぞ」
「この戦力差を見て勝てると? 後悔するのはお前だよ」
そう言って俺は、話を切り上げてサッサと自軍陣営に戻って来た。
仕方無い。
こうなったら出来るだけ負傷者が少ない方法をとるか。
俺はハピを呼び戻し耳打ちする。
そしてインテリオークや士官達に作戦を伝えた。
伯爵の部隊は人数が少ないからか防御に徹するようで、隊列を組んだまま動かない。
それは俺達にとっては都合が良い。
俺はラミとハピを引き連れて味方の前に出る。
そして部隊に下がる様に指示を出した。
すると隊列を組んだまま徐々に後退する獣人兵部隊。
俺とラミとハピの三人だけがゆっくりと前に歩いて行く。
敵にしたら高レベル魔物のラミアと特殊個体のハーピーだ。
たった二体と言えども強敵に変わりない。
兵士達は今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。
そこで俺は大きく片手を挙げて合図して、ハピに「よし行け!」と言葉を掛けた。
「お任せ下さいですわ!」
空に舞い上がるハピ。
後方にいる獣人部隊は目を伏せ耳を塞ぎだした。
ラミも同様な行動をしている。
伯爵部隊は何が起こるのかとざわつき始める。
そこで空中のハピがタンバリンを取り出して、演奏を始めた。
もちろん奇妙な舞の合わせ技だ。
「パリラ~、パリラリラ~」
さらに独特な歌声が響く。
初めは何事かと上空のハピを眺めていた伯爵部隊だが、直ぐに全員が恐怖の表情へと変わり、あちこちから悲鳴のような言葉が聞こえてきた。
「うわ~、助けてくれ」
「恐ろしい、殺される」
「うわ~、やめろ、やめてくれ」
伯爵部隊の兵士達はその場に這いつくばる者、しゃがみこんで顔を隠す者、気を失う者など、最早戦いどころではない状態だ。
伯爵の部隊全員が恐怖に飲み込まれていた。
伯爵はどうかと言えば、腰を抜かして地面に座り込んで、ハピを見ながら震えて動けないでいる。
味方は耳を塞ぎ目を背けているから大丈夫そうだ。
ただ俺にはハピの姿や演奏は、笑いしか込み上げてこない。
今にも吹き出しそうな気持ちに堪えて、必死に平常心を保つ。
見たところ敵は戦意を完全に喪失している。
俺はハピに合図を送り演奏を止めさせて、味方に戦いは終わったと伝えさせた。
あとはラミと一緒に奴らをロープで縛るだけだ。
獣人兵も直ぐに手伝いに来てくれて、なんとか伯爵部隊を捕縛することに成功した。
腰が抜けた伯爵なんかは、起き上がらせるのも一苦労だった。
だがこれで一件落着とはいかない。
まだ街中に伯爵部隊がいるかもしれない。
捕虜はこの場に残し、伯爵だけを連れて街中へ行くことにした。
捕虜の見張りは獣人兵十五名とラミとオーク兵に任せる。
そこへ後ろから独特の風車音を響かせて、馬車がやって来た。
見れば暗色のデザインにドクロのオブジェ、橋に置いてきた俺達の馬車だ。
どうやら回収して来たらしい。
インテリオーク曰く、回収に手間取りそうだったから後から来させたそうだ。
だが六頭立てだった馬車が、四頭立てになっている。
馬の数が足りなかったようだ。
そう言えば刺客の馬を四頭連れて来ていたな。
それを提供するか。
しかしこれで歩かなくて済む。
すっかり乗り慣れてしまった馬車に乗り込む。
インテリオークは使えそうだから一緒に連れて行くとして、それ以外はオレとダイ、そしてローランと縛られた伯爵も連れて行く。
御者には二人の獣人兵を使う。
それ以外の獣人兵十三人は、隊列を組んで徒歩で門へと向かった。
街の門の前に到着すると、門番は戦闘の様子を全て見ていたらしく、ある程度の経緯を把握していた。
それで思ったほど警戒されなかった。
距離があったからか、ハピの忌わしい演奏は届かなかったようだ。
一応、領主には報告したらしいが、手出しはするなと言われていたそうだ。
領主とは、今はローランの母親が代理を務めているはずだ。
ローラン母が味方かどうかはちょっと分からないので、一応警戒はする。
馬車の中を確認する際に門番は、一瞬インテリオークに面食らったが、魔物が混じった戦いだったのを見ていたので、オークだろうと俺達の部下と認めて、ビクビクしながらも街に入る許可をもらえた。
それならハピも大丈夫かと思い上空を指差すと、ハピも許可をもらえた。
恐らく次期領主になるかもしれない、ローランが一緒だったからだと思う。
それと何も言わなかったが、門番は縛られた伯爵を見て憐れむ顔をしていたな。
今ではあの威厳のある伯爵の風貌は皆無で、おどおどする白髪の老人でしかない。
こうして俺達はメイビの街へと入って行った。
大ミスを発見しました。
少年の名前ですが、正式にはローランです。
どういうわけか途中からローマンになってました。
取り急ぎ修正しました。