166 新たな部隊が現れた
ローランの伯父さんと思われる集団は、三十人近い兵士と十人近い使用人、そして騎士と思われる二人を引き連れていた。
野営の天幕が幾つも張られているから、恐らく何日かここで俺達が来るのを待っていたんだろう。
ローランの伯父さんは馬車の中にいるのか、今のところ姿は見えない。
このまま行けば、彼らと事を構えることになる。
はっきり言って負ける気はしないのだが、相手は貴族なうえに街が近い。
騒ぎを起こせば街からも衛兵が来て、どうせ俺達が悪いことになるだろう。
なんたって権力は向こうが上だからな。
さて、困ったぞ。
ローランを見ると怯えている。
それ程あの伯父さんが怖いのか。
俺はローランの肩に手を置くと、ビクリと身体が震えた。
「なあローラン。お前はどうしたいんだ?」
俺の質問にローランは視線を落とし、足元の地面を見つめて黙り込む。
ローランの身体が小刻みに震えているのが、肩に置いた手から伝わる。
そこでラミが一歩前に出て言った。
「なあ、ライ。命令さえあれば、私とハピで直ぐに奴らを排除出来るぞ」
そんなこと分かっている。
問題はその後だ。
この分だと冒険者ギルド前でも見張っていそうだな。
そうなるとハピによる空からのローラン輸送は無理だ。
仕方ない、まずは話し合いの方向で進めるか。
駄目なら一旦は逃げる。
「ローラン、覚悟を決めろ。その伯父さんと話してみるが、最悪の場合は話し合いじゃ済まなくなる。あとで僕は知りませんでしたは通用しないからな」
「で、でも……」
「なあに、安心しろ。奴らには絶対渡さないと約束する」
ローランは黙っているが、瞳はうるうるしていた。
一旦はハピも降りてきて貰い、万が一の時はローランを連れて空に逃げてもらうつもりだ。
俺達が街道を真直ぐ歩いて行くと、兵士の何人かが俺達に気が付いたらしく、指を差して騒ぎ始めた。
そして騎士の指揮のもと、兵士達は武器を手にして隊列を組み始める。
これは話し合いなど出来る雰囲気じゃないだろ。
このまま近づいて大丈夫か?
そこへ後方から馬車の走る音が聞こえてた。
振り向けば数台の馬車が結構な速度で、後方から迫って来るのが見えた。
まずいな、挟み撃ちって作戦か。
こうなるとこっちも戦闘態勢をとらざるを得ない。
オーク兵にはローランを守る様に伝え、ハピとラミは前方の警戒、俺は後方からの馬車群の警戒に目を向ける。
砂埃を舞い上げ、先頭を走る幌馬車が俺に迫る。
俺は槍を構えた。
しかし幌馬車の列は徐々に速度を落とし、俺の手前で停車。
御者席には武装した獣人が二人座っている。
先頭の幌馬車が止まると、後方の馬車群も次々に停まっていった。
後方の馬車も全て獣人が馬車を操作しているようだ。
獣人だけの馬車部隊など初めて見る。
獣人は卑下されているから、大抵は下働きが小間使いが殆んどだ。
良くて冒険者だろうか。
そして先頭の幌馬車から見覚えのある顔が現れた。
「ライ殿、大変遅くなりました。護衛部隊を率いて参りましたので、ご安心ください。刺客など本部ごと潰してやります」
インテリオークだ。
他の馬車からも次々に獣人が降りて来るのだが、オーク兵はインテリオークの副官と護衛の数人だけ。
それ以外は全て武装した獣人だ。
さすがに不思議に思い質問した。
「応援に来たのは分かるが、獣人ばかりなのは何故だ。オーク兵や鳥系亜人はどうした?」
そう俺が質問すると、インテリオークは眼鏡をクイッと上げて言った。
「オーク兵では人間社会で行動し難いですから、だいぶ前から獣人族を集めて部隊の訓練をしておりました。その中でも今回は精鋭を集めてきましたので、そこらの人間ごときに遅れは取りません」
インテリオークの説明の間にも獣人兵達は馬車から降りて、士官らしい獣人の指示で隊列を組んでいく。
その兵士の数は五十人くらいだろうか。
それ以外にも雑用係的な獣人も多数いる。
総勢で七十人を超えている。
隊列を組み終えると、獣人士官が俺の元へ来て片膝を突く。
「我ら獣人部族はずっと虐げられた生活をしてきました。それをライ様が救ってくれました。この御恩は決して忘れません。我らはライ様に忠誠を誓います。どうぞご命令を!」
いや、俺は何もやってないんだけどな。
全てインテリオークの掌で転がされているだけだからな。
まあ、お互いに悪い話じゃないだろうから、その辺りは黙っておく。
ラミとハピは特に驚いた様子もなく見ているが、ローランは獣人の士官が俺に忠誠を誓っているのを見て、目が飛び出そうなほど驚いている。
そしてローランは俺の袖を引っ張る。
「ねえ、ねえ、ライ。これはどういう事か説明して欲しいんだけど」
説明と言われてもな、俺にもどうなってるのか良く分からない。
「インテリオーク――あのオーク士官に聞いてくれ。俺にも良く分からないんだよ。いつものことでな、気が付いたらこうなってた感じだ」
そう言うしかなかった。
しかしローランはインテリオークに声など掛けられるはずもなく、ただただ不思議そうに成り行きを見ていた。
獣人兵が来たおかげで形勢逆転だ。
前方を見れば敵が混乱しているのが見て取れる。
そりゃそうだ。
いきなり数人だった標的が、大部隊に変貌したんだからな。
それも自分らの部隊より数が多い。
そして遂にローランの叔父さんらしい人物が、馬車の中から出てきた。
偉いお貴族様らしく、小綺麗な身なりの白髪のおっさんだ。
ローランに聞いたら伯爵らしい。
そしてローランがオークレイ家の当主となれば爵位は子爵になるという。
ローラン伯父さんが騎士に何か命令すると、騎士二人が兵士達に号令を掛けた。
「二列横隊!」
「急げ〜!」
街の周りは見通しの良い草原が広がっている。
この立地なら弓兵が威力を発揮するが、幸い弓持ちの数は数人のようだ。
残念ながら味方の獣人兵には、一人も弓持ちが居ない。
さて、こちらも隊列を組みますか。
俺はインテリオークに指揮を任せ、ラミを味方の前面に出し、ハピは空に上がらせた。
伯爵の兵士ほどではないが、そこそこ訓練はされている様で、すんなりと隊列を組んでいく。
こちらも二列横隊だ。
隊列が組み上がったところで、俺は自分の仕事をしないといけない。
「俺は話し合いに行ってくる。部隊はここで待機させておけ」
するとインテリオーク。
「ならば私も一緒に参りましょう」
口が上手いインテリオークは話し合いでは重宝するからな。
「そうか、助かる。ならば獣人士官に後は任せるとするか」
すると獣人士官。
「お任せ下さい」
そして俺はインテリオークと獣人兵二人を護衛として連れ、話し合いの為に伯爵の方へと歩きだした。
途中隊列の前面にいるラミとすれ違う時に、「勝手に動き出したら飯抜きだからな」と伝えるのを忘れない。
これを言っておかないと折角の話合いが、ラミの独走で最悪の事態になる恐れがあるからな。
俺が四人だけで歩き出したのを見て、伯爵側もそれに応じる様に、伯爵を含む四人でこちらに歩き出した。
敵味方のちょうど中間辺りで待っていると、急ぐ様子もなく伯爵がやって来た。
伯爵は姿勢がピンとしており、白髪に加えて顔のしわがなければ、三十代と間違えそうな雰囲気を醸し出している。
良く言えば威厳があるが、俺には虚勢を張っているように見えるんだがな。