164 またしても襲撃された
俺は直ぐにローランを暴れる馬から遠ざけたが、どういう訳か馬はこちらに向かって追い掛ける様に前脚を振り上げで来る。
こういう行動に出られると、敵かどうか判断に迷う。
事故に見せかけて油断を誘おうとしているのか、たまたま馬が暴れ出しただけなのか。
そこへ突然、ラミが剣を振り抜いた。
馬が嘶き鮮血が空中を舞う。
首を切り裂かれた馬がドウッと地面に倒れた。
乗っていた男は驚いた顔をしながらも、上手く受け身を取りながら地面に転がる。
え?
いきなり斬り付けたのかよ!
俺は呆気に取られてラミと馬を交互に見つめる。
まだ敵と確定した訳でもないのに、なんてことしやがる……
向こうの男達も想像の斜め上をいったようで、露骨に驚いた顔をしている。
そこでラミが剣の血を振り払いながら言った。
「面倒臭えやり方すんじゃねえよ。サッサと掛かってこいや!」
その言葉が引き金になった。
男達は馬から降りるや一斉に剣を抜く。
そして落馬して地面に転がった男が、ゆっくりと起き上がり言った。
「いてえじゃねえか、ったく。だけどよ、どこで勘付いた?」
ああ、良かった、こいつら刺客だ……
俺は冷静を装い返答する。
「最初に見た時からだよ」
大嘘である。
すると男。
「灰色マントの奴らはどうなった?」
「全滅に決まってんだろ」
「そういう事か。なら仕方ない」
五人の男達が斬り掛かって来た。
否、四人だけだ。
一人が後方で詠唱している!
ラミが蛇の身体をくねらせ前に出る。
男が振り下ろした剣をラミが盾で振り払う。
それを隙と見たもう一人の男が、ラミの側面に回り込む。
「甘いんだよっ」
そう言いながらラミの剣が、回り込もうとした男へ向かう。
男は盾でラミの斬撃を防ぐも身体ごと吹っ飛ばされる。
だがラミに斬りかかった男はもう二人いる。
詠唱の男以外の四人全員がラミに集中したからだ。
正面から来た二人の男が、ラミの顔面に何かの小瓶二つを投げ付ける。
ラミはクルッと身体をクネらせるや、蛇の尻尾でそれらを叩き落とす。
すると小瓶は空中で飛散し、中身の液体がラミに降り掛かる。
そこで男が「今だ!」と声を上げた。
その言葉を合図に詠唱の男が魔法を放つ。
――――と思われた
詠唱の男の悲鳴が響く。
「ぎゃああっ」
詠唱の男の頭には、ハピの鋭い爪が食い込んでいた。
認識阻害のマントを使って接近したようだ。
ハピはそのまま空高く舞い上がると、掴んだ男を谷底へ放り投げた。
「ウジ虫は捨てますわね」
残った男達は慌てるも、そこへ先ほど落馬した男が怒鳴る。
「落ち着けっ、まだ勝負は付いてねえ!」
途端に男達は冷静になる。
落馬した男がリーダーらしいな。
油の匂いが鼻を突く。
「ラミ、お前に掛けられたのは油だ。火に気を付けろよ」
俺がそう言うとラミは「どうりで臭いと思ったんだよ」と言いつつ、男達に斬り込んだ。
詠唱の男は火系の魔法を放ち、ラミを火だるまにしようとしたんだろう。
ラミが剣を振るうと、男がそれを正面から剣で受け止めようとした。
しかし身体能力が人間とは圧倒的に差があるのだ。
受けた男は吹っ飛ばされて、背中を崖にめり込ませる。
「ぐはっ」
男は血を吐き崩れ落ちた。
成すすべもなく三人となった男達だが、それでも逃げようとする気配がない。
さらにもう一人男が、ハピの爪で切り裂かれて絶命した。
残るは二人、それも前後をラミとハピに挟まれた状態だ。
そこで俺は声を掛けた。
「降伏しろ」
すると二人は小声で何か話し、お互いに目配せしたかと思うと突然走り出す。
ラミの両側を同時にすり抜けるように。
最期の賭けに出たか。
狙うはローランだろうな。
だが俺は腕を組んでそれを見ていた。
ダイもお座り状態のまま、後ろ脚で耳の後ろを掻いている。
二人の男が「取った」とばかりに、笑顔で斬り掛かってきた。
だが、そうはならなかった。
ラミの尻尾が二人を薙ぎ払ったからだ。
ラミはその場でクルッと一回転しただけで、リーダーを含む二人の男は、ラミの尻尾の一撃で吹っ飛ばされた。
吹き飛ばされた二人は、体の各所を曲がるはずがない方向へと曲げ、そのまま谷底へと落下していった。
あのリーダーの男くらいなら、勝てる見込みがないことくらい、分かっていたはずなんだがな。
男達五人中の四人は谷底。
残る一人は崖にめり込んでいる。
そこで崖にめり込んだ男が、まだ息があるのに気が付いた。
近くまで行きローランに聞いてみた。
「こいつは知ってるか」
ローランは首を横に振る。
新手ってことか。
男に声を掛ける。
「何者だ、返答によってはポーションを使ってやるぞ」
すると男はゆっくりと片手を上げ、中指をおっ立てた。
俺は舌打ちしながら男の胸元に短剣を差し込む。
そこで俺は何気なしにつぶやいた。
「何でここまで狙われるんだよ、ローラン?」
俺達みたいな強力な護衛がいるのが分かっていながら、執拗に襲って来る。
異常ともいえる執念を感じる。
依頼内容に関しての事。
聞くのはルール違反だと直ぐに気が付き、訂正しようとしたのだが。
「叔父は僕が邪魔なんだよ……」
ローランがポロリと話し出した。
「どういうことだ?」
「父は流行り病で亡くなったんだ。そこで後継ぎは兄になったんだ。まあ普通の流れだよね。でもね、その兄まで流行り病で亡くなったんだ。そうなると継承権は僕にくる。弟がいるけどまだ六才なんだよ」
そこまで聞いて腕の鱗は関係ないのかと疑問に思い、ローランの右手をじっと見てしまう。
するとそれに気が付いたローランが、腕をマントの中に隠しながら話を続けた。