163 峠の茶屋に到着した
道看板によると、茶屋までは歩いて半刻は掛からないくらいの距離らしい。
クネクネと曲がりくねった山間の道を歩いて行くのだが、ローランが予想以上に歩くのが遅い。
結果、半刻以上の時間を掛けてやっとオンボロの建物が見えてきた。
“峠の茶屋”と書かれた看板が出ている。
馬も馬車も止まっていない。
客はいないのかもしれない。
今行けば橋の通行料金はタダなのにな。
俺達が茶屋に近付くと、店員らしき若い女性が店回りを掃除しているのが見えた。
どうやら店自体は営業しているようで一安心。
戦った後なので、喉を潤したいところだ。
それに橋で有った事を教えないと、後々問題になっても困るしな。
伝書カラスが置いてあれば楽なんだが、それは無理ってもんか。
俺達は店に近付くと、腹を空かしたラミがいつもの様に声を掛けた。
「おい、姐ちゃん、大急ぎで食い物と飲み物を頼むぜ」
店員の女は声を掛けられて初めて俺達の存在に気が付き、作り笑顔で返答しようとしたらしいのだが。
「あ、はい、いらっしゃ……ひっ、ひぃ〜〜!」
そうだった。
この辺りの人間は、俺達の事を知らないんだったな。
魔物がいれば驚いて当然か。
さらにハピが追い討ちを掛けた。
「失礼ですわね、啄みますわよ」
「ま、魔物がしゃべ、しゃべべ〜〜!」
最後まで言えてないし。
騒ぎに気付いた別の男性店員が、慌てて店から飛び出して来た。
「ま、魔物!」
ああ面倒臭い。
「違う、俺は冒険者だ。ほら、この冒険者章を見ろ。それからこいつらは獣魔だ、獣魔の札を首から掛けてるだろ」
そう言えはオーク兵は獣魔の札は下げてないか、そこまで細かくは言ってこないだろう。
怯えて俺の言葉が聞こえてない女性店員とは違い、男性店員はなんとか俺の言ってる意味を理解してくれた様だ。
「冒険者、なんですか。なら、そっちの魔物は襲っては来ないですよね……」
「ああ、安心しろ。危害を加えなければ大丈夫だ」
こうしてなんとか誤解を解いた。
他に客は居ないようだが、魔物を店内に入れるのは勘弁してくれと言われ、外のテーブルで休憩することになった。
橋の出来事を伝えたところ、ちょうど交代要員の兵士が来る頃だから、そっちの兵士に伝えてくれと言われ、仕方なくここで食事をしながら待つ。
近くに川があるため水はタダだ。
水は冷たく、暴れた後にはちょうど良い。
しばらくして食事が出てきた。
期待はしてなかったが、美味いもの食い慣れた俺達には、大分物足りない内容だった。
食事は値段違いで3種類あり、俺達は一番高いメニューを選んだ。
それでもガックリな内容だった。
スープにパンと蒸した芋だ。
スープはクズ野菜と僅かな肉片が入った薄味のもの。
パンは携帯食よりは良いが、スープに浸けながら食べないと固くてボソボソ。
唯一、蒸した芋だけは及第点か。
「この芋はホクホクでまあまあだな」
「本当ですわ、芋のくせにナマイキてすわね」
芋以外で言うならば、なんか損した気分だ。
だが、こんな山奥での温かい食事なら、有り難いと思わないといけないのかもしれない。
やはり俺達は贅沢に慣れてしまったな。
ラミやハピが「今ひとつだな」とか「味が薄いですわ」とか愚痴ってるなか、ローランはいつもの様に文句も言わす、黙々とスープを口に運んでいる。
あ、オーク兵も文句言わないな。
そんな食事の最中だった。
足元で食事をしていたダイが、何かに反応して耳をピンと立て、ゆっくりと首を持ち上げた。
俺が「どうしたダイ?」と声掛けると念話を送ってきた。
『馬の蹄の音が近付いて来る……四、いや五頭いるな』
他のメンバーにもその事を伝える。
「馬が近付いて来る。交代兵士かもしれない。下手に威嚇とかするなよ」
俺達は食事をしながら、兵士が登って来るであろう山の下の方の道を眺めていた。
すると突然ハピが短く声を上げた。
「あらっ?」
俺が「どうした?」と聞くとハピ。
「馬の兵士がチラッと見えましたわ。ほら、あそこですわ」
俺は直ぐにハピの指差す先を見る。
ハピの視線は街道ではなく、細い山道の中を進む騎馬だった。
俺の視力じゃ細かくは見えないが、街道ではない裏道を行くのは怪しい。
交代の兵士がわざわざ裏道を通る意味が分からない。
敵かもな。
「食事の途中だが直ぐに出発するぞ」
俺が立ち上がりながら言うと、ローランとダイも直ぐに立ち上がる。
さらにオーク兵は荷物を担ぎ始める。
だが食意地が張った二人は、追加した料理を口に押し込みながら文句を垂れる。
「ほぐっ、まだ、食べてる、ふぐっ、って」
「食事中ですわっ、モグッモグ……」
そんな二人の頭をバチ〜ンと引っ叩いて言った。
「飯抜き三日とどっちが良い?」
二人は黙って動き出した。
茶屋を出発したは良いが、あの騎馬連中はどこかで街道に合流するはずだ。
上手くいけば躱せるが、下手をするとかち合うことになる。
そして運が悪いことに、最悪な場所でかち合ってしまった。
右側は谷底、左側は崖の一本道だ。
引返すか迷ったのだが、前に進む方を選んだのが失敗だった。
前方から馬に跨がった五人の男達が現れた。
これはもう逃げられない。
仕方なくそのまま進む。
ヘラヘラと談笑しながら、ゆっくりとこちらに向かって来る。
装備はバラバラで統一感はなく、冒険者に見えなくもない。
だが冒険者者章は見当たらないってことは、傭兵や賞金稼ぎの可能性がある。
少なくても橋に駐留する兵士の交代要員ではないな。
俺は小声で「油断するな」とつぶやく。
そのままローランを囲う様にしながら歩を進める。
声が届く距離まで来ると、男の一人が声を上げた。
「おい、見ろよ。オーク奴隷とラミアの獣魔らしいぜ」
他の男達もこちらを見て話し始める。
「ラミアかよ、すっげえな、あんなの初めて見るぜ」
「怖えな、襲って来ないだろうな」
そんな話をしながら、俺達の横を馬の蹄を鳴らしながら通り過ぎて行く。
俺の勘ぐり過ぎか。
そう思った時だ。
最後尾の男が乗る馬が突然暴れ出した。
男が馬をなだめようとする。
「おおっと、どうした。ドウドウ、静まらんか!」
そして馬は後ろ脚で立ち上がるや、前脚を振り上げてこちらに迫って来た。