162 待ち伏せを待ち伏せした
灰色の男達、人目に付く所でも堂々と現れる奴らだ。
もう安全な場所など無いな。
ハピには悪いが馬車で移動中でも、常に認識阻害のマントを羽織って上空警戒をしてもらう。
ダイにも匂いの警戒だ。
ラミは御者台のオークの隣に座ってもらい、周囲の警戒だ。
俺は後方の警戒をする。
その代わり休憩はこまめに取る。
しかしそれも長続きはしないもので、ハピは疲れたと言って何度も空から降りて来るし、ラミとダイは居眠りを始める。
これでは警戒になってないんだよな。
村や街は用事がなければ素通りする。
罰金は懲りた。
宿泊費は基本野営だが、村や街の近くを選ぶ。
食べ物、飲水は必ずダイによる毒物チェック。
何と暮らし辛い環境だろうか。
二度と護衛依頼は受けないぞ!
そんな事を考えながら街道を進んで行く。
ハピが何かを見つけたらしく、マントを取って馬車に降下してきた。
「ライさん、灰色の奴らを見つけましたわよ。細い山道を馬で移動してますわ。人数は十一人ですわね」
宿では確か十二人、二人戦線離脱させたから全部で十人ではないのか。
いや待てよ、井戸に毒物を入れた奴を入れば、合計で十一人で計算が合うか。
「ハピ、奴らから目を離すな。それから時々降りてきて俺に状況の報告はしろよ」
「了解ですわ」
ハピは阻害認識のマントを纏うと、再び空に舞い上がって行った。
灰色の奴らは先回りして、待ち伏せ攻撃を狙っているな。
この先に川が流れていて、そこには橋が架かっている。
橋には通行料の支払いの為に、検問所がある。
そう簡単に待ち伏せ出来るとは思えないが、あいつらならやりかねない。
相手が兵士でも平気で襲う奴らだ。
だがな、居場所が分かれば先手を取れる。
俺は急遽馬車を止めて、全員で作戦会議を行う。
「ハピの話を聞いた通り、灰色部隊は山間の抜け道を使ってこの先の橋へ向かっている。この街道は橋まで一本道だからな、俺達の馬車は確実に橋まで行く。だから奴らは俺達を監視していない。ってことは、今がチャンスという訳だ。奴らに一泡吹かせてやる」
上手くいけば敵の数を大幅に減らせる。
馬車は予定より少し遅れて、橋の料金所が見える辺りまで来た。
橋の長さは百歩ほどで、馬車一台が通れる程の幅しかない木造だ。
橋のたもとに小さな掘っ建て小屋が二箇所ある。
それが詰め所だ。
さらに橋を渡ってしばらく行くと、小さな休憩所があり、簡単な食事の取れる茶屋もある。
ハピの情報によると橋の下に二人、橋の手前の木々の中に四人、橋を渡った林の中に四人と少し、山の斜面に一人の合計十一人だ。
良し、敵の全員を確認している。
見てろよ。
俺達の馬車は詰め所で通行料を支払い、何事もなく橋の中央付近まで来た時点で敵は動いた。
橋の詰め所二箇所を同時に襲ったのだ。
敵ながら見事な制圧で、あっと言う間の出来事だった。
それとほぼ同時に山の斜面の男が、クロスボウで御者席にいる俺を狙撃しようとする。
恐らく毒物を塗ったクォレル。
その時俺は御者席で変身した。
狼へと。
狙撃しようとする男の顔が、驚愕の表情へと変わる。
それでも引き金を絞れたのは感心する。
俺が変身しきった所へ、毒クォレルが迫る。
俺はそれを察知して御者席から飛び降りる。
撃つ瞬間が分かれば、そう簡単に当たるものでもない。
クォレルは御者台に突き刺さった。
「ヴァルルッ」
俺は低い体勢でジグザグに走る。
目指すは前方の灰色の奴ら!
その時、橋の下から上空へとハピが飛び出し叫んだ。
「橋下の雑魚の始末は完了しましたですわ!」
そしてそのまま山の斜面の狙撃手へと向かう。
さらに後方の詰め所では、ラミが乱闘を始めたらしく、俺の耳にラミの怒鳴り声が聞こえる。
「オラオラオラ、灰色の雑魚ども、剣で勝負してみろや!」
これで俺は前方の敵に専念出来るな。
前方の五人は接近戦に備えて、クロスボウを捨て剣を抜く。
狼の姿の俺を見て大分混乱してはいるが、戦闘態勢を崩さないのは、それだけ修羅場を潜り抜けてきた戦士の証か。
俺は大きく跳躍しながら、一番端にいる男に飛び掛かる。
男達が一斉に剣を振るう。
中々の連携だ。
鎧のない首を狙ったんだが少しずれた。
俺は奴らを飛び越して反対側に着地。
直ぐに振り返り、噛み切った肩鎧と肉片を吐き捨てる。
右肩を噛み切られた男は、呻きながら倒れ込んだ。
男達の中の頬に古傷がある奴と目が合った。
その男が突然口を開く。
「貴様、ライカンスロープだったのか。童話や神話の中にしか居ない生き物だと思ってたが、まさか本当にいるとはな」
眼の前で変身したからそりゃバレバレだよな。
仕方ない。
「悪いが、知られたからには生きて帰れないと思えよ、ヴァルル」
「その格好で言葉も話せるのか。情報によると貴様は、金等級冒険者にして魔王軍と呼ばれていらしいな。さらにライカンスロープだったとは驚きだ。それはこっちの情報にもなかったよ。人間じゃないってことは、まさか……貴様はマオ――――」
「ちが〜〜うっ!」
「ふははは、相手にとって不足無し!」
「だから違うっての、ヴァルル」
「言っとくがな、我らは強いぞ」
「言っとくがな、俺はもっと強い」
男達は密集隊形を取り始めた。
この圧倒的な強者の前に関わらず、全く怯む様子もない。
この自信……
魔道具とか持っていそうだな。
さて、どう攻めるか。
ラミの方は早くも決着が着きそうだし、ハピは既に斜面の男を始末して、木の枝に止まってこちらを観察している。
余裕コキやがって。
ならば、俺もてっとり早く終わらせるか。
「悪いが貴様の懐の魔道具はな、ヴァルル、使う暇はないぞ?」
古傷の男がハッとした様子で懐に手を突っ込む。
ヤッパリ持ってやがったか!
「ヴァオオ〜!」
――――地獄のハウリング
空気が振動し大地が揺れる。
男達は耳を抑えてその場で昏倒した。
耳や鼻や口から血を流してピクピクしている。
あっと言う間に終わった。
相手が人間だから短く弱めにしたんだが、それでも瀕死というか半数は死んでいた。
残りもその内に死ぬな。
色々と聞きたかったんだが仕方ない。
あっ、馬車の馬が死んでいる!
やらかした!
仕方ない……
ハピとラミが苦しそうに近付いて来た。
鼻や耳から血を流している。
「やるならやるって初めから言ってくれよ」
「そうですわ、鼻血が止まりませんですわ」
「いや〜すまんな」
そう言いながら、俺は変身を解いて男達の持ち物をチェックする。
「さて、戦利品はと。そうだ、ハピはダイ達を呼んできてくれ」
ダイとオーク兵とローランは、予め安全な所で馬車から降りてもらっていた。
橋を落とすとか、馬車に魔法で火を付けるとか、やりかねない奴らだったからな。
安全策だ。
クロスボウや装備品は金になりそうだが、馬車が使えないとなると、重い戦利品は断念するしかない。
各種毒物も持っていたが、こっちにはラミの毒があるから必要なし。
それと古傷の男の懐から出てきたもの、それは魔法石が嵌め込まれたメダルだった。
確実に魔道具だが、こればっかりは鑑定してもらうしかない。
その他に見つけたのは多少の現金のみ。
取り敢えず有用そうな物だけを懐に仕舞うと、俺達はこの先にある茶屋を目指して歩き始めた。
ストックが全くのゼロとなりました。
ちょいと時間を下さい。