161 毒物を入れられた
馬車で正門から出ると、外にはラミとハピ、そしてオーク兵達が集まっていた。
中の騒ぎが聞こえて門に押しかけたそうだ。
もちろん中には入れて貰えず、ここに集まって門番と押し問答していたという訳だ。
それは門番さんには悪いことしたな。
かなり怯えているし。
俺達はそそくさと村の外に出ると、指定された場所で野営の準備を始めた。
無事に朝を迎えた。
正直、全然眠れなかった。
俺はあくびをしながら寝床から這い出し、天幕から外に出るとスープの匂いが漂ってきた。
オーク達が火に掛けた鍋からの匂いだ。
彼らは朝食の支度をしながら、出発の準備も進めていた。
見かけによらず、規則正しい生活だよな。
俺達も朝食の準備をするか。
オーク兵の料理は匂いは良いが、味は微妙だからな。
それに村で買った食材もある。
朝から豪勢にいくか。
そう思い、オーク兵に水場を聞くと井戸を教えてくれた。
井戸は畑の真ん中にあった。
俺達の野営地からは、それほど離れてもいないが、水を汲みに行くのも面倒な距離だ。
面倒だが仕方ない。
井戸で鍋に水を汲み、焚き火に鍋を掛けた。
お湯が沸くまで少し時間が掛かる。
それまでに俺達も出発の準備だな。
俺は天幕に戻り獣魔達を起こし始めた。
「ほら、朝だぞ、起きろ!」
相変わらずラミとハピは、食い物の寝言を言うばかりで中々起きない。
これはいつもの事なんだが、今日はダイもまだ寝ていた。
ダイも昨夜は良く眠れなかったみたいだな。
お湯が沸いた頃、やっと獣魔達が起きて来たので、今度はローランを起こす番だ。
ローランは言ってみれば客人で、天幕を一人で使っている。
俺はローランの天幕に声を掛けて中へ入る。
すると彼は既に起きていて、しっかり身支度を整えていた。
しっかり教育されてるよな。
ますます金持ちの坊ちゃんか貴族に見える。
「ローラン、朝食がそろそろ出来るぞ」
そう言って天幕を出た。
さて、湯が沸いたから食材をぶち込んで、スープを仕上げるか。
そう思って焚き火の鍋の前に来ると、ダイが鍋に鼻を近付けている。
「何だダイ、待ち切れないのか」
そう言うとダイが振り返り、神妙な表情で念話を送ってきた。
『この鍋のお湯、何か入れたのか。僅かに変な匂いがするぞ』
沸かしただけの水なんだが。
俺も鼻を近付けてみたが、人間の姿の俺には全く分からない。
「単に井戸から汲んだだけの水だぞ」
まだ材料どころか味付けの塩も入れてない、まっさらなお湯だ。
匂いがする筈がないんだが。
そんな事を考えていたら、オーク達の野営が騒がしくなった。
目を向けると、オーク達が次々に倒れて行くのが見えた。
どういう事だ。
まさか……
俺はもう一度、火に掛けてある鍋に目を移す。
そして次に井戸に目を向けた。
そういう事か!
「井戸に毒を入れられたかもしれない」
そう言って鍋をひっくり返して中身を捨てた。
そしてダイを連れて井戸へ行く。
直ぐに水を汲んで、ダイに匂いを嗅いでもらった。
『これは……“青傘茸”の匂いだな』
青傘茸とは毒キノコの類で、食べれば数日間は腹痛で苦しむが、死に至りはしない弱い毒性植物だ。
井戸にその青傘茸を入れられた可能性が高い。
弱毒なため中々混入が分かり辛い特性がある。
オーク達の所へ行くと、殆んどが腹を押さえて苦しんでいる。
食中毒の症状だ。
この状態でオーク達は連れては行けない。
幸いなことに、全員が倒れている訳ではない。
強い毒性でもないから、症状はそれぞれである。
それで軽症のオークを一人残して、残りは全員帰るように指示した。
一人残す理由は、俺達の馬車の御者が必要だからだ。
俺一人ではちょっと厳しい。
しかしオーク兵がいなくなると、俺達は一気に人数が減ってしまい、数の有利が無くなった。
これでローランを守れるだろうか。
これは少しでも早く、メイビの街へ行くしかない。
メイビの街の冒険者ギルドは大きい。
中へ入れば常に冒険者がいる。
何かあれば手を貸してくれるはずだ。
そこで時間を待てば良い。
村の者に井戸の話を伝え、早々に俺達は村を出た。
馬車の中で誰に質問する訳でもなく、何となく疑問をつぶやいた。
「井戸の中へ偶然に毒性キノコが入るなんてことあるか?」
ラミとハピは即否定。
「そんなはず無いですわよ」
「そうだよ、誰かが入れたんだよ」
ダイも念話を送ってきた。
『致死性の毒だと、匂いでバレると思ったんだろうよ。青傘茸なら匂いでバレ難いし、熱を通しても毒性は余り落ちないからな。本当に悪知恵が働く奴らだよ』
そしてローランまでも。
「あいつらはさ、そういう奴らなんだよ。平気で汚い手を使うんだよ。今更だよ……」
やはり奴らしかいないよな。
今後は毒にも気を付けないといけないな。
こりゃ更に厳しくなるな。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、灰色マントの男達は先回りするべく、細い抜け道を馬で進んでいた。
若い男の一人が質問する。
「あの冒険者、井戸の毒に気が付くとは驚きですね」
すると頬に古傷がある男が答える。
「俺はそんな予感がしてたよ。だが当初の目的のオーク排除は成功だ」
「はい。宿屋での陽動作戦は上手くいきました。オーク達が正門に集中した隙に、森に隠れていたイサークが井戸に毒物を投げ込む。大成功でしたね」
「だがな、人の目がある宿屋で、奴らは俺達を殺しにきた。大胆というか恐れ知らずというか。おかげでこっちは二人が戦線離脱だ。あそこまで腕が立つとは想定外だ。それにあの子狼め、忌々《いまいま》しい」
「イゴールがやられたのは痛いですね」
「そうだな、これで風魔法が使える者がいなくなったからな」
「あの冒険者、身体強化魔法使ってましたね。そう言えば、あいつの冒険者章見ましたけど、金等級でしたよ」
「あの腕前で金等級は有り得ないだろう。どう見ても白金以上だよ。そりゃあ、毒くらい気が付くか」
「確かにそうですね。でも何て名前の奴ですかね。もしかしたら二つ名持ちの有名冒険者とかじゃないですか」
古傷の男は少し考えてから返答した。
「そうだな。本部には連絡しておくか。もしかして本部なら何か情報を持っているかもしれない。伝書カラスを飛すぞ」
こうして男達は伝書カラスを飛ばすのだった。